永瀬叡王就位記念インタビュー 大好きな漫画を力説「チェンソーマンは1筋から9筋まで全部駒をぶつけるような漫画」
将棋・第4期叡王戦七番勝負で高見泰地前叡王(26)をストレートで破り、3回目の挑戦で初のタイトルを獲得した永瀬拓矢新叡王(26)。
「将棋に才能なんて必要ないんです、どれだけ努力したかで決まるんです」と力強く断言する「努力」の人。将棋ファンには「軍曹」の愛称で親しまれ、そのストイックな姿勢に畏怖すら覚える。
その一方、漫画を読むのが唯一の趣味で、『週刊少年ジャンプ』は毎週10回以上見直す程の大ファン。漫画から学んだことは? オススメの漫画は? 才能とは努力とは何か? 棋士の目線から努力・勝利を紐解いていく。
文・取材/松本博文
趣味の漫画について
──「週刊少年ジャンプ」が好きだとうかがいました。
永瀬:
ここ十数年は、毎週欠かさず買って読んでます。
──掲載されている全ての漫画を読んでるんですか?
永瀬:
いや、だいたい1つぐらい読まないのがあるんです(笑)。その分、損したなとは思いますけれど。展開が読めるのが好きではないんですよね。
──それはもう、相当熱心な読者ですね。いまだと、たとえばどのようなものが面白いですか?
永瀬:
最近ジャンプで『チェンソーマン』というのがあるんですよ。1筋から9筋まで全部駒をぶつけるような漫画なんです。登場人物を全員殺していって。
──ほおー(笑)。
永瀬:
むちゃくちゃなんです。自分はこれ、どうまとめるのかよくわからなかった。興味津々だったんですけれど、なんかまとめ方が一般的で、もうちょっとうまいまとめ方があれば面白いなと思ったんですけれど。
──永瀬さんのその解説で、漫画に造詣が深いであろうことはよくわかりました。インタビュアーに素養がなくて、なかなかついていけないのが残念です。将棋の漫画は読まれますか?
永瀬:
はい。今は『ふたりの太星』という将棋の漫画がジャンプで連載されていますね。(女流棋士の)里見咲紀さんが監修をされています。(ひとしきり細かい指摘があって)
──いやあ、よく見てるなあ……。そういうのをちゃんとチェックしながら読むんですね。
永瀬:
ジャンプだと、何十回も読むので。
──はあー(笑)。
永瀬:
読むんです。読み込むタイプなんです(笑)。それが唯一の趣味なので。そこに全ての負荷がかかってます。単行本もたくさん買っていました。『ベイビーステップ』っていうテニスの漫画があって、将棋にいきる部分があって読んでいました。
──将棋にいきる。
永瀬:
テニスで、奥に打って、次に手前に打てば、才能がなくても勝てるみたいな描き方なんですね。相手の球を打ち返すことができて、コントロールさえできれば勝てる、みたいな。
──基本を押さえていれば、ということなんですね。
永瀬:
理屈としてはそうなんですよね。それが全てだ、みたいな。
──なるほど。
永瀬:
自分は漫画家ではないのですが、自分が漫画を読む理由として、自分が逆の立場になって作れないであろうものが面白い、すごいなと思うんです。自分の想像だったり、価値観だったりを超えている作品だと、とても読みがいがあります。いまだと『キングダム』がすごいです。ジャンプだと『鬼滅の刃』というのがあるんですけれど、けっこう人気みたいですね。少し前だと『HUNTER×HUNTER』(ハンターハンター)。いまたぶん、若い人は知ってる人は少ないと思いますが(笑)。
──『HUNTER×HUNTER』は連載が長いんですよね。断続的に掲載さてるんでしたっけ。
永瀬:
そうなんです。半年とか空いてしまうと、ストーリーがわかんなくなってしまって(笑)。最初の頃「念」というものが出てきますが、それは才能に近いと思うんです。それは人間に似ている本質なのかな、と思ってまして。
──いまフジテレビで「99人の壁」という、自分の好きなジャンルで挑戦できるクイズ番組がありますが、たとえば「少年ジャンプ」で出られたらいかがでしょうか。相当いいところまでいけるのでは。
永瀬:
読み込んではいますけど、たとえば、あるページを示されて「この船の名前は?」とか言われると、わからないかもしれません。ただ、熱心には読んでますね。
──世の中には『ONE PIECE』のことなら、ほぼ何でも知ってる、みたいな人もいますね。
永瀬:
『ONE PIECE』は読んではいますが、それほど詳しくはないですね。好きではありますけど。
──もしオススメの漫画を5つ紹介するとしたら何でしょう。
永瀬:
『キングダム』は鉄板ですし……。あとは難しいです。選択肢がありすぎて。自分が好きな漫画をあげていきますと……。
──もちろん、5つだけではなくて、いくらでも結構です。
永瀬:
『BLEACH』(ブリーチ)はもう終わってしまったんですけれど、これも好きで。最後のあたりは難しすぎてよく理解できなかったんですが(苦笑)。
『ONE PIECE』も好きですね。最近新しい漫画ですと『チェンソーマン』がかなり注目で。「こんなに駒をぶつけてどうするのか」と注目してます。
『鬼滅の刃』は佳境です。
あとは『火ノ丸相撲』(ひのまるずもう)という相撲の漫画があるんですが、これもとても好きなんですよ。相撲は身体能力が大きいので、身体の小さい力士は小さいというだけで、フィジカルで劣ってしまう、才能が劣るという感じにされてしまうんですが、その中でどうやって、身体もしっかりして、才能もあって、実績もあって、格もある横綱をどう倒すかというストーリーで。人の本質もかなり描かれていると思っていますね。その中で「修羅」(しゅら)という言い方をするんですね。もう少し言い方を変えると、一生懸命とか、無我夢中とか、前に進んでいくイメージだと思うんです。そうやって何かを頑張るというのは、将棋に近いところはあるのかな、と思いますね。
最近始まった『ビーストチルドレン』というのがありまして。これがですね、泣けましたね。ストーリーとしては、5年4か月ぐらいラグビーを一人で練習していて、きっかけがあって、ラグビーができるという感じなんですけど、これが、なんというか……。誰にも頑張ることは阻止できませんし、ずっとやりたかったものをできるという気持ちは、とても共感できる部分なので。はい、これは泣けましたね。
──やっぱり、めちゃめちゃ詳しいじゃないですか。
永瀬:
何十回も読んでますから(笑)。今はジャンプがメインになっちゃってますね。一時期は全部に手を出そうかと思ったんですが。連載系って、途中からじゃないですか。そうすると逆算して全部買わなくちゃいけないじゃないですか。それはできないので、やめました。
──はあ……(絶句)。
永瀬:
どなたか送ってくだされば。
──もし漫画雑誌を処分されようとしている方がいらっしゃれば、ぜひお願いします(笑)。
将棋の漫画と映画
──将棋の漫画を監修してほしいという依頼があったら、いかがですか?
永瀬:
もちろん、前向きに考えます。(ある将棋漫画の名をあげて)これ、間違いが多いんですね。それは一般の方から見たらわからないと思いますが、こちらは棋士で、何十回も読んでるんですよ。だから間違いに気づく。監修の棋士にはチェックの段階で、何十回も読んでもらいたいですね。こちらは何十回も読むので、そういう気持ちでいってもらわないと困る。
──それはもう、永瀬さん自身が監修をされた方が、話が早いと思います(笑)。鈴木大介九段が監修をされていた『ハチワンダイバー』は、作者の柴田ヨクサルさんも将棋に詳しい方でした。
永瀬:
『ハチワンダイバー』は私も読んでいました。二こ神(にこがみ)とか、受け師とか。
──二こ神は雁木の使い手の真剣師ですね。受け師は主人公のメイドさんが超絶に将棋の強い「アキバの受け師」で。木村一基九段の現在の愛称である「千駄ヶ谷の受け師」の由来にもなっています。
永瀬:
『ハチワンダイバー』は鈴木先生も出てきますね。
──主人公である菅田健太郎の師匠役で。
永瀬:
とても面白かったです。『3月のライオン』も将棋の漫画なので好きですね。あっ、『将棋めし』も。
──ぜひぜひ、永瀬さんが監修される将棋の漫画も楽しみにしています。将棋の映画は観たりしますか?
永瀬:
『聖の青春』は観ましたね。
──瀬川さんの映画『泣き虫しょったんの奇跡』は関係者が多数出演していましたが、永瀬さんは出なかったんですか?
永瀬:
出なかったですね(笑)。(永瀬叡王、瀬川六段、青嶋未来五段は同じ安恵照剛八段門下で)同門の青嶋君は出たみたいですね。
──青嶋さんは編入試験の第1局で登場した、当時奨励会三段だった、佐藤天彦さんの役でしたね。棋士が他の棋士を演じるという。
永瀬:
それ、斬新だなと思ったですけどね(笑)。あれ、ありなんですかね。まあ確かに、天彦さんが出るわけにはいかないんでしょうけれど。
──将棋ファンや関係者は、みんな棋士の顔を知ってますからね(笑)。
永瀬:
映画はいいですよね。観たいんですけれど……。
──普段は映画やテレビは観たりはしないんですか?
永瀬:
「テレビは年に1回だけ観てよい」ということにしています。
──年に1回! それはまたどういう……。自分のルールですか?
永瀬:
ルールじゃないんですけれど、テレビが好きなので……。観ちゃうんですよね。アニメが大好きなんです! 『化物語』(ばけものがたり)とか『東京喰種 トーキョーグール』とか。これはいかんですね……。すごい好きなので。好きなアニメが多すぎるんです。最近はジブリの曲を流すだけにとどめています。トトロとか(笑)。
──そこはまたかわいいですね(笑)。
永瀬:
テレビは時間を食べてしまうんですよね。やっぱり、ニコ生さんとかで将棋をやってて、観ると勉強になるわけじゃないですか。テレビだと余計な情報が入ってくる場合があるので。たとえば、勉強する気でテレビを観るとした時に、どう頑張っても勉強にならない場合ってあるんです。それは自分としては、代わりに詰将棋をやった方がいいかなと思ってしまうんで。ただ、テレビは面白いんですよ。熱意をかけて作ってあるので。はまってしまうんですよ、その罠に。なので、自分はテレビは……。将棋番組は観ますよ、NHK杯とかは。そういうのじゃないテレビは、自分は観ない方がいいかな、と思いますね。
──高見泰地さん(前叡王、現七段)が将棋の中継をよく観るというのは有名でしたが、永瀬さんも?
永瀬:
家ではそうですね、まめに開いてますね。よくコメントしてますよ。
──あっ、そうなんですか。やっぱり野生のプロ棋士はいるんですね。何とコメントを?
永瀬:
(将棋ソフトが示す)評価値は何か、と(笑)。同じ視聴者の方が、けっこう教えてくれるんですよ。
才能と好きであること
永瀬:
あと『アクタージュ act-age』っていうのが好きなんですけど、役者さんの話なんです。役者さんにも天才がいるんですね。いま進展して、その天才が、努力すればできる芝居の方法を取り入れた、みたいなところです。才能って資源だと思ってるんです。
──資源?
永瀬:
資源。これは『HUNTER×HUNTER』に通じるものなんですけど、『HUNTER×HUNTER』で出てくる「念」を自分は才能と置き換えているんですが、この才能を燃費のわるい形で、念というものは何でもできるみたいな。人間の範囲なら、もう一人の自分、ダブルを作れたりするみたいな感じの話ではあったんですけど。そういう人間のなんていうか……(言葉を探しながら)努力に近い話で、違う方向性で、なんというか……。うーん、人の常識を超えないのが大事というか。うーん、難しいんですけど。そういう現実的なもの、ことの中で、才能、資源を使うのもやっぱり大事なこと……なのかなあ……と思ったんですけど、うまく……(うまく言葉に表せない感じで)。なんというか、そうですね。漫画というのは、超能力とか多いじゃないですか。
──多いですね。
永瀬:
あれは才能と置き換えてるんです。チートみたいな能力があるキャラがいるじゃないですか。あれも才能と置き換えています。人の才能って、アンフェアじゃないですか。すごいアンフェアだと思うんですよ、子どもの頃って。
──なるほど、わかります。
永瀬:
それを子どもの頃から思ってて。「なんで佐々木勇気さんはあれだけ頑張らなくて勝てるのかな」とか。
──そういう話ですね。永瀬さんと佐々木勇気さんの関係性はレベルが高い上でのものですが、どんなレベルでも、そういうことはありそうです。
永瀬:
いやこれは、かなりの葛藤ではありました。十代ではキツいですよ。14歳の頃に、彼を見てて。「なんでだ」と思ったり。ただやっぱり、外にぶつかるんじゃなくて、中で解決して。彼のいいところを探してみたり。そういうのはとても、大事なことですよね。やっぱりそういう才能がある人というのは、絶対に尊敬できる部分があるはずなので。なので、自分はけっこう漫画が好きなんですが(手振りでぐるっと回すしぐさで)やっぱりそこに回って戻るようにしたいな、という意識で漫画は読んでます。
──漫画を読みながら、自身のことに置き換えたりする……。
永瀬:
置き換えるということは少ないんですが……。『キングダム』が戦(いくさ)の話なんですけれど、『キングダム』は変換しなくて勉強になるので、すごいですね。なんというか、そういう超能力だと、実在しないわけじゃないですか。『キングダム』というのは、手から魔法は出ませんし。自分としては、すごい解釈がしやすくて。その上で、自分の想像を上回る。今日も新宿の道場に行ってきたんですけど、新宿駅の壁にキングダム名言のポスターが張ってあったんです。新宿の道場に行く前にはそれを見て、うなずいてから行ってました(笑)。あれ、欲しいんですけれど(笑)。『キングダム』は名言が多いんです。
──最近、Twitter上で、将棋の名言を車内広告風にする、というのが流行ってたんですが、その中にも永瀬さんの名言がありましたね。
永瀬:
なんかありました?
──「将棋に才能は必要ない。必要なのは努力だけだ」とか。
永瀬:
ああー、そうですか。
──心にとめている名言はありますか?
永瀬:
(小考して)まあ定番の「継続は力なり」と。ただ、継続だけじゃいけないぞ、と。方向性が大事だな、と思ってますけれど。あと継続しても、好きじゃなかったら、続けても意味がないと思ってます。将棋はやっぱり、好きかどうかはかなりデカいですね。
──Twitterでよく見る将棋の名言で、豊島将之名人の言葉があって。それは豊島さんが20歳の時に王将戦で久保利明王将(当時)に挑戦した時のことなんですけれど、第1局に負けた翌日に、その地で子ども将棋大会があった。そこで挨拶したわけなんですが、こう言ったんです。「将棋は本当に楽しいです。昨日負けた私が言うのですから、間違いないと思います」。
永瀬:
ああ、聞いたことがあります。
──これ、私はたまたま中継で現地にいたので、感心して書き留めたんですけれど、負けた後で、こういう立派なあいさつができるものかな、と。将棋って、負けると嫌いになったりすることもあると思うんですが。
永瀬:
(驚いた顔で)あるんですか? トップの方がよくおっしゃってますけど、「将棋に負けて自分を嫌いになることはあっても、将棋を嫌いになることはない」と。聞かないですか?
──自分を嫌いになっても、将棋を嫌いにはならない……。なるほど……。
永瀬:
そういう方が多いかな、と思いますね。
──そう思える人が、第一線で長く続けられるということですかね。
永瀬:
だと思いますね。将棋のせいにしちゃいけないですよね。指してるのは自分ですから。勝手に駒が動いているわけではないですから(笑)。自分で考えて、自分の責任でやってるわけですから。負けても、自分を嫌いになっても。
9月2日(月)から王座戦5番勝負に挑戦する永瀬叡王の『永瀬叡王就位記念グッズ』をドワンゴジェイピーストアにて販売しています。
商品は、ミニキャラクターになったかわいい永瀬叡王の缶バッチ&クリアファイルや、第4期叡王戦の終局図を印刷した記念Tシャツ(S/M/Lサイズ)の2種類。それぞれ数に限りがあり、無くなり次第終了となりますので、お早めにお買い求めください。
■販売ページリンク
・叡王戦 セット(A4クリアファイル+缶バッジ)
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