経験豊富な深浦九段と期待の若手・豊島七段が対決:第2期 叡王戦本戦観戦記
プロ棋士とコンピュータ将棋の頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。2期目となる今回は、羽生善治九段も参戦し、ますます注目が集まっています。
ニコニコでは、初代叡王・山崎隆之八段と段位別予選を勝ち抜いた精鋭たち16名による本戦トーナメントの様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。
流行の形
タイトル獲得3期の実績を持つ深浦康市九段と、驚異的な勢いで今期をひた走る豊島将之七段が相まみえた。10月11日、振り駒を終えて両者が盤の前に座ると、深浦から「もう並べていいんですか」の問いかけ。思えば深浦は今回が初の本戦。豊島は前期に続いての本戦進出である。
対局が始まると、スラスラと手が進んで角換わりの流行形になった。豊島が▲4五歩(第1図)と仕掛けて戦いに。先手は4八金・2九飛型で角の打ち込みに強い形を作り、▲6六角と打つ余地を残し、玉の移動を最小限に留めた攻撃的な布陣だ。
棋士の思考
第1図の先後を逆にすれば、9月25日に行われた叡王戦本戦の広瀬章人八段(先)―千田翔太五段戦とよく似た局面になる。違いは第1図でいえば△9四歩が突いてあるか否かという点だ。
豊島は「(9筋の)端攻めがない代わりに、△9四角の筋がある。どちらが得をしているかは難しい」と話した。本譜は第1図から△7五歩▲同歩△6五桂と進んだが、このとき▲7六銀と立って、△8六歩に▲6六歩と桂取りを狙う順には、△9四角(A図)が銀を狙う切り札になる。深浦は「端の形が生かせるのでやってみた、というところはある」。わずかな形の違いをどう生かすか。論理的に突き詰める思考が、新しい定跡を生んでいく。
ところが、先手は△9四角の筋があるにせよ、▲7六銀と立つべきだったというのだから将棋は難しい。本譜、先手は「桂先の銀」の格言どおりに▲6六銀と逃げたが、ある筋に怯えることになった。
壮絶な攻め合い
激しい攻め合いに突入して迎えた第2図、△4七歩を見て豊島の手が止まる。絶妙なタイミングの好手だった。豊島の視線は盤上に注がれ、右手の指が小刻みに動く。「対局中はどうすればいいかわからなかった。検討してみると自信がない」と豊島。鋭い反撃で深浦がペースを握った。
第2図から▲3三桂成△同桂とひとまず銀を取ったが、そこで▲3四歩と攻めるのは△7六桂が痛打で、先手玉は一気に寄り形になる。この△7六桂の筋を消すために、先手は▲7六銀とすべきだったわけだ。本譜は急所を突かれないように辛抱したが、後手に好手順が生じた。
明快な順を逃す
深浦は第3図で△3七歩成と遠巻きに迫ったが、これが緩手。局後、深浦は第一声で「歩成りが甘かったですね」と嘆いた。
第3図では△4六桂が素朴な好手。以下▲5九金△3八桂成▲2六飛△7七歩(B図)は後手よしだ。深浦は感想戦で「そうか、なるほど。桂が明快なのか」と天を仰いだ。
ただ、最善を逃したとはいえ、形勢はまだ難しい。本譜、後手は飛車を取らせる間にと金で先手玉に迫る。▲7七玉(第4図)に対する次の一手が問題だった。
痛恨の落手
局後、深浦は第4図で「△3五角のつもりだった」と話した。以下▲8一飛△4一歩▲6一馬△4四角▲5五銀打△同銀▲5二馬△5六銀▲8六玉△4二金打(C図)の進行は、「馬をどこかに逃げて大変そう」と豊島。これなら形勢不明の激戦が続いていた。
本譜は△2八とが痛恨の落手。「▲6一馬で受けが難しいので、はっきりよくなったと思いました」と豊島。深浦は「強気すぎましたね」とため息をついた。
鮮やかな収束
深浦はうなだれ、唇をかむ。豊島は深呼吸をして盤に向かう。収束に入ってからは早かった。▲1二銀(第5図)が華麗な捨て駒で、△同香と取らせることで後手玉を狭くしつつ、▲1一飛に合駒を出させて寄せに活用した。
午後4時、深浦投了。投了図から△1三玉は▲2二角、△3二玉は▲4二金△2一玉▲2二金までの詰みだ。
優位に進めていた深浦だが、ミスが重なって逆転を許す結果に。終局直後、バシッと膝をたたいて首を振る姿は、自らの不甲斐なさを責めているようにも見えた。
豊島は土俵際での強さを見せて勝利。この対局が行われた前日、第4回将棋電王トーナメントでは「Ponanza」が連覇を達成した。新バージョンのPonanzaは、本局の検討に使った旧バージョンに9割の勝率があるという。そのことを豊島に話すと、「すごいですね。自分なら1年で2、3パーセント強くなってればいいな、という感じ」と笑った。
豊島の次の相手は関西が誇る振り飛車党、久保利明九段。豊島は私の顔をまっすぐに見据えて、「集中していい将棋が指せるように頑張りたいです」と話した。
(観戦記者:松本哲平)