『アウトレイジ』三部作で「ヤクザ映画」を復活させた北野武――評論家が語る、最終章で見せた「ビヨンドからの“引き算”の進化」とは
北野武さんが監督・主演を務めるバイオレンスアクションシリーズの最新作『アウトレイジ 最終章』が興行収入3億5,200万円を記録しました。
これを受け今回の『WOWOWぷらすと』ではミュージシャンのピエール中野さん、映画ジャーナリストの宇野維正さん、タレントの笹木香利さんが『アウトレイジ』三作品を「ヤクザ映画史のルネッサンス」とたとえて、北野武さんがアウトレイジシリーズで表現したかったことを紐解いていきます。
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アウトレイジは北野武の「漫才」か
スタッフ:
他の映画関係者が「『アウトレイジ』は強い」と言っていました。平日もお客さんがいっぱい入ってる。
笹木:
入ってます。レンタルビデオショップも何軒回ったか。
宇野:
僕も見直そうと思って各ストリーミングサービスを探したんですが、全然なくて。オフィス北野がある程度権利を持っているのもあるのでしょうけれど、今時めずらしく借りに行かないと観れない映画です。
笹木:
渋谷の店だったんですが一本もなくて。これ借りるのも大変かもって思って。それくらい人気なんだなとひしひしと感じました。
ピエール中野:
北野映画全般に通じる話なんですが、また観たくなっちゃうんですよね。あの世界に浸りたいっていうのがあるから、『アウトレイジ 最終章』の公開をきっかけに見直そうという人が一定数あらわれる。その規模がどんどん増えていっているというのは感じますね。
宇野:
僕は高校生とか大学生のときに観ていたから、全部をリアルタイムで観てきているんですよ。この仕事をする前から。中野さんはどのタイミングからたけしさんの映画を観はじめたんですか。
ピエール中野:
僕は『3-4X10月』ですね。
宇野:
『3-4X10月』って昔昼間やってませんでした? 昔、週末の午後二時頃にやっていて「これ昼にやるか!?」みたいな。映画自体が放送事故みたいな映画じゃないですか(笑)。
ピエール中野:
あの時間の流れ方が不思議な広がり方をする映画だなと思って。何回も観たくなるというのがあります。北野監督の予想の裏切り方の速さがすごくクセになって。それ以降の作品はずっと観ています。
宇野:
『その男、凶暴につき』って、たけしさんが監督するはずの作品ではなかったんですよね。深作欣二さんが松竹で撮る企画で進んでいたんだけど、他の作品との都合で急に降りたんですよね。脚本はもう亡くなっちゃったんですが、野沢尚さんで進んでいた。
そういう座組の中でたけしさんは役者として出る予定だったのが、深作さんが降板したことによって急にプロデューサーに「やってみろ」と言われてやることになった。
ピエール中野:
そっか、北野組じゃなかったんだ。
宇野:
どんなものか観てみたいっていう感じ。芸能界のトップなんだけど、映画界の中でいきなりやった作品があれだったんですよね。それで『アウトレイジ ビヨンド』はたけしさんの作品の中でも一番深作さんに近い作品だと思っていて、変化球ですよね。
宇野:
たけしさんにもやれることとやれないことがあって、やれることの範囲の中で作った作品でつたないところもあって、そのつたないのが良さ。『アウトレイジ ビヨンド』を観ると、本当に脂の乗り切った頃の深作さんの上手さを発揮されていて。
そういう意味で、25年くらい経って「映画作家・北野武」というのは、ここまで成長と言うか……。深作欣二さんの穴を埋めるところから、こんな深作欣二的な映画を作れるようになった。
ピエール中野:
共通点は何なんですか。
宇野:
簡単に言うと、深作欣二さんは『仁義なき戦い』ですよね。『仁義なき戦い』の一番いい部分が『アウトレイジ ビヨンド』で言うと、スピーディーな展開ですよね。あと投げっぱなしじゃないですか。起承転結と言うか。
たけしさんの今までの作品って、投げっぱなしの美学的なものがあったんだけども、『アウトレイジ ビヨンド』は全部回収してる。
笹木:
すごいスッキリしましたもん。
ピエール中野:
あれだけの人が出ていて。
宇野:
そう。ある種、オーソドックスな映画の作り方もここまでできるんだと思った。
笹木:
昔のビートたけしさんのイメージはツービートとかお笑いをやっていたというのも、イマイチよく知らない世代なんです。バラエティでMCをしている大御所のイメージだったので、どっちのイメージもないと言うか。
お笑いのイメージも監督のイメージもないままきていたので、『アウトレイジ ビヨンド』を観たときに、お笑いとしてトップにいる意味がわかると言うか……。芸人さんがネタ見せをするときって、観客に一個でも疑問に残しちゃいけない。
最後までモヤッとするところを残すと笑えなくなるから、伏線をちゃんと回収していることが大事ということを芸人さんは教え込まれているらしいんですね。それが『アウトレイジ ビヨンド』を観たときのスッキリ感に似ていて。
笹木:
三浦友和さんがケチだっていう話を西田敏行さんが言ったあとに、三浦友和さんが出所してくる組員に対して「何かあるものを持って行けよ、買わなくてもいいだろう」みたいなセリフを言うシーンがあるときに、こういう感じでケチっていうのを一つのセリフですぐに回収するのがすごく印象的でした。
ピエール中野:
やっぱりセリフの言い回しだったりテンポ感だったりとかが『アウトレイジ ビヨンド』はそれで展開している感じが面白かったなと思っています。そこが評価が高くなっている理由の一つかなと思います。
宇野:
『アウトレイジ』シリーズの三作って、全部が全然違うんですよね。
ピエール中野:
全然違うカラーを持っていますよね。
宇野:
北野監督の2010年代って『龍三と七人の子分たち』を除くと、『アウトレイジ』の三作なんですよ。特に『アウトレイジ』と『アウトレイジ ビヨンド』までの期間は二年でしょう。
それにもかかわらず結構違っていて、今回の『アウトレイジ 最終章』も結構違っていて、そこがやっぱりこのシリーズの面白さだし、たけしさんの面白さ。続編でも同じことをやらない。
笹木:
『アウトレイジ ビヨンド』を作ったときにはもう『アウトレイジ 最終章』を書いていたという話をされていましたね。
スタッフ:
この三部作は全く違うんだけど、逆に共通点を探していくと北野映画のいろいろな方向が見えてくるかなとも思うんです。たとえばそのケチの話でも、今回の最終章でも服役してきた人に対するケチぶりが出てくるじゃない。
ああいうところもたけしさんの中で、ケチっていうやつはああいうものなんだという人生哲学が垣間見られるし、あとやっぱり人は裏切るんだというのはあるんだけど、その裏切り方というところに品がないとダメだよなというようなたけしさんの人生観が三部作を通すと共通点が見えてくる。
ピエール中野:
そういうところで乾いた感じと言うか湿度がない状態になっているのかなと感じたんですけれど。
ヤクザ映画って湿度が高い印象があって、女性の方が観るのってとっつきづらいイメージがあるんですけれど、『アウトレイジ』に関してはジメっとした感じが全然なくて、カラっと観れるというところがいいのかなというところと、一作目からそうですがテンポ感がすごくいいところが、共通点としてあるのかなと。
アウトレイジの功労者、音楽担当鈴木慶一
ピエール中野:
あと音楽の話は聞きたいなと思うんですけれど。
宇野:
久石譲さんがちょっと主張が強すぎるということで鈴木慶一さんに変わった。鈴木慶一さんの仕事はもっとみんな褒めるべきですよ(笑)。
素晴らしいですよ。海外とかだと元ロックミュージシャンが映画音楽とか作りはじめて、それがキャリアの積み方になっちゃっていて、どんどん新しい感じになっているんだけど、よく考えたら日本では鈴木慶一さんがいるなと。もちろんたけしさんと一緒に組む前にときどきやってたんだけど、どんどん上手くなっているし。
主張しすぎない。たけし・久石譲時代を踏まえているのかわからないですけれど、やっぱり前に出ないという職人として素晴らしい仕事をされています。
スタッフ:
鈴木慶一さんはやっぱり芝居をやっているからだと思うんだよね。役者としても映画に参加しているから。
ピエール中野:
その気持ちがわかるから、ぶつからないということですか。
スタッフ:
結局、主張しないということの意味がちゃんとわかっている。主張しないって個性を出さないっていうことじゃないじゃない。優先順位がはっきりしていることだと思うんだけど、そういう意味で言うと、今回も素晴らしいです。
ピエール中野:
劇団作家として本当に優秀な方なんだなと。思いきった音の使い方もするし。パンフレットにも書いてあるんですけれど、音響効果の方とすり合わせと言うか、銃声で低音がくるからそこは抜いておこうとか、全部計算してて。
北野監督の指示も的確で、「思いきってリズムをなくしちゃって」とか「想像ができるリズムの音は使わないでくれ」とか。一作目からドイツのシンセサイザーしか使ってないんです。ドイツのシンセサイザーって、僕からしたらドツボなんですよ。
クラフトワーク大好きだし、YMOとかもドイツのシンセサイザーライクな音をずっと使っているんです。その感じの相性がすごく良かったのかな。不穏な空気も出せるし、リズムも出せないわけじゃないので印象に残るし、全然邪魔をしないし、パッと音を聞いてもすぐに思い出せないというのが理想なのかな。
宇野:
鈴木慶一さんの音楽は『アウトレイジ』シリーズの一つのキーですよね。
スタッフ:
久石譲さんの時代とは違って、ベタになってしまう瞬間が……。
ピエール中野:
「ここで感動させたい」とか。それはそれで僕は好きだったんですけれど……。
スタッフ:
だから久石譲さんはバランスがすごく重い気はするんですよね。
ピエール中野:
あと『Dolls』のときにも「衣装に完全に負けた」という話をしていて、自分の作ろうとしている映画に対して、それを越えてくる個性というのは自分の映画には必要ないと。
宇野:
役者に何か言われるのもすごい嫌いだし、「これちょっと違うんじゃないですか?」とか言った日にはもう絶対に使わないとか。
ピエール中野:
逆に何も言わないらしいですね。
宇野:
誰が言ったんだろうなとか思うんだけど(笑)。
スタッフ:
『HANABI』は賞を取ってたんだけど、音楽が主張しすぎてた。だから音が先行するとダメなんだよね。
ピエール中野:
音を聞いていると、不思議な音の使い方をしていたりする。『アウトレイジ 最終章』の序盤の車の音とかもブレーキの音とかしか使ってないんですよ。それで北野映画っぽくなったねとか。そういうところまで細かく作ってる。
スタッフ:
映画を引きずらないようにしていくっていうのがたけしさんのスタンスだったけど、そこに音の引き算をしたということか。
宇野:
『アウトレイジ』シリーズの大前提として、三本の中で何が一番好き? っていう話になってくると、『アウトレイジ 最終章』って引き算が極まりすぎちゃった感じがちょっとするんですよね。盆栽的な(笑)。
笹木:
すごいわかります。
ピエール中野:
「もうちょっとここを見せてよ!」っていうところを全然見せない(笑)。
宇野:
余計な金を全然使っていないところとか。『アウトレイジ』シリーズと言えば、始まりのシーンは車でしょうと思うんだけど、今回は海から始まるじゃないですか。「この海、見たことあるな」と思っていたら、うちの仕事場の近くだなと思って(笑)。あれって千葉で撮っているんですよ。
ピエール中野:
そうなんですね、現地で撮ってるのかと。
宇野:
そう思ったほうがいいのかもしれない(笑)。前作は15億くらいいっていて、制作費とのバランスを考えたら費用対効果と言うか、回収率がかなりいい作品になっている。だからケチる必要は本当はないと思うんだけどね。
たけしさんの映画って自己資金力が高いだろうから、そんなに金をかけられないとは思うんですよね。ただ、やっぱり韓国には行ってほしかったなとは思うんですよね。たぶんたけしさんのスケジュールのこともあるのかなと。お金よりもスケジュールかなと思っていて。
スタッフ:
俺は韓国に行かないのは全然ありだと思うんだよ。韓国の色の強さっていうのが、映画に入り込みすぎちゃうと違うリズムになってくるような気がして。たけしさんが見た風景ということで言うと、あんな感じなんだろうなと思っちゃう。
笹木:
インタビューで海と空から始めようとは思ったけれども、青い海、青い空じゃ困るから曇天を探したという話をされていましたね。
宇野:
もっと言うと、たけしさんは日本における数少ない車が撮れる監督なんですよ。
宇野:
要するに、日本の監督って貧乏なので車を知らないんですよ。それで車を知らないと、やっぱり車って撮れないんですよ。車種のチョイスからして話にならないんですよ。
だから絶対に音楽の選曲アドバイザーのように、車のアドバイザーというのは絶対につけるべきだと思っていて、僕はいつでもやりますよって言っているんですけれどね(笑)。
一同:
(笑)
宇野:
『アウトレイジ』シリーズは今の暴対法が厳しくなった中における、経済的にそれほど羽振りの良くないヤクザというのはあるかもしれないですね。ただヒットシリーズにもかかわらず、ロケにあまりお金をかけていないのが盆栽みたいだなと思ったんですよね。