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45秒で大型百貨店が崩壊 鉄筋の代わりに石油缶など、手抜き工事が原因で1400人が死傷した1995年韓国「三豊(サンプン)百貨店崩壊事故」を解説

 今回紹介するのは、ゆっくりするところさんが投稿した『大型百貨店が突然崩壊 鉄骨の変わりに石油缶を使うという杜撰な建設・・・1400人が犠牲に『サンプン百貨店崩壊』【1995年】』。
 この動画では、1995年韓国ソウルで発生した三豊百貨店(サンプン百貨店)崩壊事故について解説しています。

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■1400名が犠牲となった韓国最大の崩壊事故

魔理沙:
 今回紹介するのは「サンプン百貨店崩壊」だ。

霊夢:
 サンプン?

魔理沙:
 サンプンというのは、大韓民国、ソウル市にあった百貨店の名前だ。

霊夢:
 あぁ、韓国のデパートの名前だったのね。

魔理沙:
 サンプン百貨店は、1989年にオープンした、地上5階、地下4階の大型百貨店で、スポーツセンターなども併設されている、巨大な建物だった。

霊夢:
 スポーツセンターが一緒になってるなんて珍しいわね。

魔理沙:
 このころはまだ、ソウルオリンピック景気の真っ只中で、非常に活気付いてた時期でもあった。

霊夢:
 そういえばあの頃って、ソウルオリンピックだったわね。

魔理沙:
 そしてそれから6年足らずの、1995年6月28日。午前8時30分。店員たちは、開店の準備に励んでいた。5階の売り場で開店作業をしていたある従業員は、天井にひび割れのようなものが走っているのを見た。

 が、それは小さいもので、「気にとめるほどのものではないか」と、誰にも報告せずにそのまま作業を続けた。

霊夢:
 もうすでにイヤナヨカーン……。

魔理沙:
 翌日、6月29日。午前9時。店員が再びあのひび割れの場所を見てみると、昨日よりも大きくなっていた。店員は慌ててこの事を上司に報告した。するとすぐに経営陣が集まり、この天井のひび割れについて、緊急会議を開いた。

 しかし、この時の会議では「営業に問題なし」と判断され、本日も通常通り営業が開始された。

霊夢:
 絶対ダメなやつじゃんそれ……。なんかドキドキするわ……。

魔理沙:
 午後3時。社長が呼び寄せた建築士などが、サンプン百貨店に到着した。彼らはすぐに、例のひび割れの調査を開始。その結果、「直ちに営業を停止しないと大変なことになる」と、建築士をはじめとする専門家たちは、経営陣に警告した。

 だが、「もう少しで今日の営業も終わりだし」ということで、このまま営業を続けることにした。

 そして、午後5時50分ごろ。案の定、例の5階天井のひび割れから、コンクリートがボロボロと崩れ落ち、崩落がはじまった。

霊夢:
 言わんこっちゃない。

魔理沙:
 崩壊は次第に大きくなりはじめ、轟音を立てながら百貨店を揺らし、たったの45秒で地下2階までが崩壊してしまった。

霊夢:
 たった45秒で? そんな砂のお城みたいに……。

魔理沙:
 従業員を含む大量の人たちは、一斉に出口に向かって逃げ出した。しかし、床や天井が崩れ落ちていったため、その穴に落ちる者、落下した天井の下敷きになった者、人混みに押し潰された者まで出て、上手く脱出することができなかった。

霊夢:
 悲惨すぎる……一瞬の出来事だもんね。

魔理沙:
 事故発生後、懸命の救出活動が行われたものの、この崩壊により約1400名の死傷者が出たと言われている。

霊夢:
 せ、1400人!?

魔理沙:
 大勢が亡くなったが、ほとんど奇跡のような生還を遂げた人もいたんだ。男性アルバイトのAは、崩壊当時、地下1階の靴売り場で働いていた。崩壊で床が抜け、彼はそこから地下2階へ落下し、意識を失い、エスカレーター横に倒れた。

 だが、偶然にもエスカレーターが落下した瓦礫を支えてくれていて、彼はほとんど無傷だった。

霊夢:
 よくそれで無事だったわね。

魔理沙:
 彼は無傷だったものの、地下2階に生き埋め状態となってしまった。意識を失ったまま、1日が経過した。一方その頃、同じくアルバイト店員だった女性Bも、Aと同じく地下1階にいた。

 崩壊当時、彼女は反射的にその場を逃げ出していたが、落下してきたコンクリートにぶつかり、意識を失った。Bは地下2階の駐車場エレベーター近くに転落した。

霊夢:
 Bさんも意識を失ってたのね。

魔理沙:
 そして最後にもう1人。同じく地下1階、子供服売り場の女性アルバイトC。彼女も崩落時に、地下1階から出口にむかって逃げていたが、天井が崩れはじめ、足がすくんで動けなくなってしまっていた。彼女も2人と同じように、地下2階に転落し、気を失った。

霊夢:
 3人とも似たような状況だったわけね。

魔理沙:
 Cが落ちた場所は、長さ2メートル、幅70センチ、高さ50センチほどの狭い空間だった。それは偶然にも、そこにあったドラム缶が、崩れ落ちてきた鉄骨を支え、瓦礫を防いだことによって出来た空間だった。

霊夢:
 もう少しで潰れてたって考えると怖いわねそれ……。

魔理沙:
 崩壊から2日目の6月30日。Aは火災の煙によって目を覚ました。まだ救出作業は続けられていたものの、地下2階は閉ざされており、救助されずに閉じ込められたままだった。

霊夢:
 つ、つらい……。

魔理沙:
 飲み物も食べ物もない状態だったが、地上で消防隊が放水していた水が、彼の足元にも流れ込んできた。しかし、その水溜りは少し離れた場所にあり、手が届かなかった。なので、彼は自分の靴下を脱ぎ、それを水溜りに浸して、手足を使って口元に運び、喉の渇きを癒した。

霊夢:
 う……でもなんにも飲めないよりはよかったわね。

魔理沙:
 空腹に耐えられないときには、近くにあったダンボールを水に浸して食べていたらしい。

霊夢:
 ダンボール……。

魔理沙:
 その一方、Bが居た空間にも、火災の熱気が届いていた。彼女の体力は熱によってどんどん奪われていった。そのとき、大好きだった童謡を歌い、なんとか気を紛らわせていた。

 しかし、あまりの暑さに耐え切れなくなったBは、衣服を全て脱ぎ捨て、近くに転がっていた冷たいマネキンを抱きしめ、なんとか耐えていたという。

霊夢:
 動けない状態で火事が起きてるって、わかったときの恐怖感凄いでしょうね。

魔理沙:
 そのころ、Cは偶然出来た狭い空間から、殆ど身動きがとれずにいた。不安でどうにかなりそうだったが、彼女もまた、前日の夕食時に交わした兄との会話などを思い出し、それを励みにしながら、生きる希望を捨てなかった。

霊夢:
 泣ける……がんばって!

魔理沙:
 崩壊から4日目。7月2日。この頃には、救急隊の疲労もピークに達していて、事故対策本部も、人名救助からガレキの撤去作業に集中する方針に転換していた。

霊夢:
 まだ3人がいるのに……。

魔理沙:
 崩壊から7日目。7月6日。Aは、なんとか自分がここに居ることを知らせようと、手元にあった鉄の棒でコンクリートを数回叩いた。すると、叩いた数と同じ数の音がどこからか返ってきた。

霊夢:
 やった!

魔理沙:
 実はこの音は、同じくこの場所に閉じ込められていたBが鳴らしたものだった。

霊夢:
 そっか、みんな地下2階にいるんだもんね。

魔理沙:
 2人はかなり近い距離に閉じ込められており、この偶然の発見により、お互いに励ましあうことができたため、生きる希望を持ち続けることができたという。

霊夢:
 なんか泣ける……。

魔理沙:
 崩壊から11日目。7月9日。このころ、最早生存者がいる可能性はほとんどないと考えられていたため、効率化を図るため、手作業ではなく、重機を導入してコンクリートなどを撤去することにしていた。

霊夢:
 これだけ時間をかけても見つからなかったら、そうなっちゃうのかもね……。

魔理沙:
 午前6時ごろ。救助隊員の1人が、コンクリートの隙間から、Aが鳴らす鉄の棒の音を聞いた。隊員はその隙間から棒を差し込み、「誰かいるなら棒を引っ張ってくれ」と声をかけた。すると、棒が引っ張られ、Aが発見された。

霊夢:
 やった!

魔理沙:
 午後8時10分ごろ。Aが救出された。崩壊から実に230時間ぶり、11日目に救出されるという、奇跡の生還だった。

霊夢:
 よかった! ほかのふたりは?

魔理沙:
 Bは崩壊から13日目に救出され、Cは崩壊から17日目の7月15日に救出された。Bは、Aからの話で付近にまだ生存者が居ることがわかっていたため、それからは比較的早く救出された。

 Cは2人と接触はなかったが、彼女もまた、救助隊の存在に気付き、最後の力を振り絞って、あの空間を作っていたドラム缶を叩き続けた結果、発見されたらしい。

霊夢:
 全員救出されたのね、良かった。

魔理沙:
 この大惨事で10日以上を経ての生還は、まさに奇跡としかいえないものだった。当時のニュースでは、この事が大々的に取り上げられ、世界中が沸き立ったいう。

霊夢:
 食べ物もなかったのに、ほんと奇跡ね。

魔理沙:
 事故後、原因の調査が開始された。すると、信じられないような事実が判明した。なんと、このデパートは、鉄筋の代わりに「石油缶」を詰めてコンクリートで固めたものを使っていたと言う。

霊夢:
 えええええ!? そんなバカな。

魔理沙:
 それだけではなく、コンクリート自体も粗悪品だった。極限まで費用を削って建設していたんだ。更に、この建物は元々オフィスとして建設していたものだったが、その建設途中で急遽5階建てのデパートに変更していた。その際、エスカレーターを設置するために、デパート中央部分の柱4本を全て取り除いていた

霊夢:
 そんな滅茶苦茶なこと有り得る?

魔理沙:
 崩壊の直接的な原因は、元々弱い構造になっていた屋上で、大型冷房装置を引きずって移動していたことだった。この引きずりで、コンクリートの強度は更に低下し、大型冷房の重さに耐え切れなくなった屋上部分が崩壊をはじめた。

霊夢:
 まさか、そんなことがきっかけだったなんて……。

魔理沙:
 その屋上を支えている柱は全て取り除かれていたため、5階部分も崩壊。上階のガレキなどの重さも加わっていったため、その下の階までもが連鎖的に崩壊し、その結果、地下まで一気に崩壊していた。

霊夢:
 それであんなに一瞬で崩壊しちゃったのね。

魔理沙:
 それに、前日に発見していた天井のひび割れにも、すぐに対処しなかったのもまずかった。

霊夢:
 確かに、専門家に警告も受けてたのにね。

魔理沙:
 事故後、百貨店の会長、社長、幹部ら3人が業務上過失致死の容疑で逮捕され、懲役10年の刑が言い渡され、全財産が没収となった。

霊夢:
 完全に人災だもんね……。

魔理沙:
 今回のサンプン百貨店崩壊を契機に、韓国では1995年に新規に災難管理法が設けられ、災難に関してより効果的な防止や、対策が定められることにもなった。

霊夢:
 ここまで大きな事故がないと、そういうのって中々変わらないものね。

魔理沙:
 計画よりも大きな高層ビル建築、材料費の削減、安全よりも利益優先など、小さな失敗の繰り返しが、この様な大惨事を招いてしまうことがある。

霊夢:
 ほんと、この手の事故って大体「安全より利益」ってやり方で起きてるのよね。

魔理沙:
 それで関係のない人たちの命が奪われるんだから、恐ろしいことだよな。後日談として、奇跡の生還を遂げたAさんは、事故から8年後、2度とこのような欠陥建築がされないよう、建築の勉強をして、現場監督として働きはじめたらしい。

霊夢:
 Aさん……。

魔理沙:
 Bさんは結婚して2人の子供を授かり、幸せな家庭を築き、Cさんはボランティア活動に勤しんでいるらしい。さて、今回の紹介はこの辺で終わりにするぜ。

 

 手抜き工事が招いた韓国史上最大の崩壊事故でした。この解説をノーカットで聞きたい方はぜひ動画を視聴してみてください。


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大型百貨店が突然崩壊 鉄骨の変わりに石油缶を使うという杜撰な建設・・・1400人が犠牲に『サンプン百貨店崩壊』【1995年】

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