声優・大塚明夫の人生における「3つの分岐点」|“素晴らしい役者”より“メシが食える役者”を目指した若者が50歳を過ぎて気づいた“芝居の中にある自分の幸せ”【人生における3つの分岐点】
セガールの吹き替えやブラック・ジャックとの出会い
──そうして取り組んでこられた仕事の中で、特に思い入れが深いもの、もしくは、転機となった役というと、どれになるでしょう?
大塚:
いろいろあるんですけれど、吹き替えで言えば主役をいろいろやるようになって、スティーブン・セガールとハマったときは転機といえるかもしれません。
お試しでいろいろな人が吹き替えていた時期もあったんですが、今はほぼ自分が演じさせていただいています。名刺代わりになる仕事のひとつですよね。
──確かに「セガールの吹き替えと言えば大塚さん!」という印象が強いです。
大塚:
他にもデンゼル・ワシントンとか、ニコラス・ケイジとか、ほぼフィックスでやらせていただいている方はいますが、その中でもスティーブン・セガールはアイコンとしてわかりやすくて。
ただ、悲しいことに彼も70歳近いですから、なかなかアクション映画に出演するのも難しくなっているのでしょうね。声を演じる機会も少なくなってきました。こういう寂しさを、吹き替えで活躍されてきた先輩たちも味わってきたんだろうなあ……と、最近は思いますね。
──ああ、たしかに、吹き替えのお仕事ならではのお話かも知れませんね。アニメのキャラクターは、経年では歳をとりませんから。アニメのお仕事ではいかがですか?
大塚:
アニメーションで言えば、それまでにも主役をやってはいましたが、やっぱり大きいのはブラック・ジャックですかね。
キャラクターとしては日本中の人が知っているくらい有名な役が、初めてシリーズもののテレビアニメーションになるときに声をあてられて、これも名刺代わりになりました。「ブラック・ジャックです」と言うと「ああ!」と言っていただける。
……まあ、「名刺代わり」みたいなことを、あまり気張って考える必要はないのかもしれませんが。それで仕事が増えるわけではありませんし、今でも「大塚明夫です」と言っても知らない人が、日本には山ほどいる。だからこそ、この仕事は楽しい、おもしろいんだと思うときもあります。
──ブラック・ジャックは1993年のOVA以降、各種メディア展開でも大塚さんが演じておられますものね。スピンアウト作品の『ヤング ブラック・ジャック』でも、本編の若かりし日の姿は別の方ですが、ナレーションとしてブラック・ジャックを演じられて。
大塚:
ありがたい話ですよね。本当に手塚先生の家の方角には足を向けて寝られないです。
OVAのお陰で出崎(統)さんにも可愛がっていただけるようになったし。『あしたのジョー』をテレビで夢中で観ていた世代ですからね。出崎さんが僕の芝居を高く評価してくれたのは、すごくうれしかったですよね。
──外画の吹き替え、アニメでの声優としてのお仕事が本格化したあとで、朗読劇や舞台のお仕事にも、以前とはまた違った角度から取り組まれているようにお見受けします。
大塚:
これは面白いものでしてね。何をやったからじゃなくて、どっちもやったことで、キャリアがどちらにもフィードバックされていくんですよ。
声優で学んだことが舞台で全く役に立たないかというとそうではないし、逆に舞台で学んだことが声の仕事でも役に立つ。どっちもやったほうが効率がいいような気がしますね。少なくとも僕の場合はそう。だから、何か新しいことをやったから急に自分の何かが変わった、みたいな感じはありません。
──変化ではなく、むしろそこには連続性がある?
大塚:
だと思います。……あ、でも、一個だけ意識が変わった仕事がありますね。BSテレ東で一年間、伊勢丹の精霊みたいな役をやったんです。
──ああ! 『真夜中の百貨店~シークレットルームへようこそ~』! 盲点でした。大塚さんのキャリアでも異色なもののひとつですね。
大塚:
「声だけじゃなく、出て欲しいんですけど」と言われて、「えっ?」と最初は思ったけど、とにかくやってみたいなと思ったんです。
あのお陰で、カメラが回る中で芝居をすることがそんなに怖くなくなったかな。声優としての仕事にフィードバックされているかというと、それはわからないですけれど(笑)。
分岐点3:50歳を過ぎて気づいた「芝居の中にある自分の幸せ」
──声優業以外の、「やってみたい」と思われる仕事に、何か共通点はあるのでしょうか?
大塚:
あまりやったことがなくて、慣れてないことじゃないかな? ただ、それが演じることからあまりに乖離してくると、「それはいいや」ってなるんですけれどね(笑)。
──やはり「演じる」ことが、仕事の中でも最優先なんですね。
大塚:
どうやら、そうみたいですね。「お金の問題じゃない」とは決して言いませんし、思いません。お金は大切です。
でも、王侯貴族のような暮らしがしたいわけじゃない。ちゃんと家庭が成立して、できれば、食べたいなと思ったときに食べたいものが食べられるくらいのお金があればいいんだろうと。
──稼げる役者になることが目標だった若い頃と、少し心持ちが変わられた印象があります。いつごろから、演じることが最優先だと感じるように?
大塚:
50歳を過ぎてからですね。10年くらい前か。そのころ、「ちょっとお腹いっぱいになっちゃったな」みたいな感覚があったんです。それで、自分の幸せはどこにあるのかをあらためて考えてみたらね、やっぱりそこに行き着いたんですよ。
優れたホン(台本)と役者、スタッフ、観客、劇場が揃って、ワッ! とひとつになった瞬間に、僕はどうやら幸せを感じるんだな……と。
──それが、今の大塚さんの演者としての幸せなんですね。
大塚:
はい。稽古場に行くと、若い人が、昨日までできなかったことが突然できるようになる瞬間があるんです。そのときは我がことのように嬉しいし、感動するんですよね。そういうことのひとつひとつがなんか、楽しいですね。これはお芝居じゃないと味わえない。
声の仕事だと、ロングスパンで同じ演目を稽古していくことがないので、こういう楽しさは感じにくいんです。それでもやっぱり、若い役者が、アフレコが続く中で突然何かを掴む瞬間はある。そういう瞬間を沢山味わいたいですね。
そういう意味では、50歳を過ぎて自分の幸せに気付いてから、欲張りになっていますね(笑)。だからコロナ騒ぎになってから、芝居もできないし、アフレコに一度に参加できる人数も限られているしで、中々そういう瞬間を味わえなくなっているのは悔しいです。
──ですよね……。
大塚:
まあでも、そんな中でも「これは大変だな!」という仕事もいただけていますし、全く退屈はしていないんですよ。大変な仕事に追い詰められることはあっても。
──大塚さんが追い詰められる姿なんて、なかなか想像がつきません。
大塚:
やっぱりだって、『ルパン三世』とかは大変なプレッシャーですから。元々ね、(小林)清志さんに「先輩だけど、あなたの芝居は違いますよ!」とか思ってたら違うのかもしれないけれど、こっちも50年『ルパン三世』を観ていますからね。
清志さんの次元から外れられないし、それでいて、自分なりの次元も作らなきゃいけないし。見る人全員を納得させることはまず不可能だし、困ったなぁ……と。大変なものがありますよ。
「こんな役者になりたい」ではなく「楽しく芝居ができればいい」
──なるほど。その次元大介役を引き継がれることも含めて、最後に、大塚さんの未来への展望……これからの分岐をうかがえたらと思います。たとえば、どんな役者になりたいか、とか。何かイメージはあられたりしますか?
大塚:
「どんな役者になりたいか」というよりは、楽しんで行きたいですね。この考え方に関しては、50歳になる直前にあった大きな出来事が影響してます。
シェイクスピアの『マクベス』でバンクォーをやる機会があったんですけど、そのときに親父が観に来てくれるというので、チケットを受付に置いておいたんです。
で、終わったらスタッフから、「周夫さん、チケット代置いてってくれました」って言われてね。渡された封筒に、チケット代と一筆箋が入ってたんです。その一筆箋に、「楽しく芝居をしてください」という言葉があって。それを読んで、泣けてきたんですよ。80年生きて、役者という仕事をずっとやってきた人が、最期に……ではないけれど、80年掛けて辿り着いたのはそこだったのか! みたいな想いがした。
だから楽しく芝居ができればいいかなと、今は思っています。もしかしたら、もっと自分勝手になってもいいのかもしれない。また親父が、「楽しく」という言葉のなかにどれだけの、どういう気持ちを込めていたのかを考察するのも、非常に面白くてね。
──「楽しく」……端的な言葉ですが、考えさせられもします。
大塚:
当然ですけど、芝居にしんどい瞬間はあるんです。でもきっと、それすらも受け止めた「楽しい」だったと思うんです。
あれですよ、武田真治さんのYouTubeの動画でね。ベンチプレスを上げているとだんだん辛くなってくるじゃないですか。そのタイミングで彼が、「あと5分しかできませんよー!」みたいなことを言うものがあるんですよ(笑)。
──しんどいことを楽しいことのように言い換える、逆転の発想ですね(笑)。
大塚:
それを言われるとおかしくて、笑っちゃって、トレーニングが続かないんですけれど、芝居も結局そういうことなのかなって思いますね。……これって、もしかしたら自分にも終わりが近付いているのを実感しているのかもなぁ。
──そんな。
大塚:
少なくとも、これから先、これまでと同じだけの長さは生きられないじゃないですか。90歳までやったとしても、あと28年。どうしたって、ゴールが見えてきます、少なくともいままでと同じペースで歩いていたら、すぐにゴールに着いてしまう。
それなら、もったいないから楽しまなきゃな、と。何か役者としての目標を立てるよりも、その瞬間をちゃんと楽しんで、そして、「ああ、楽しかった!」という気持ちの中で、いつの間にか死んでいければいいのかな……なんてことを思いますね。
──今のお話をうかがっていると、三つ目の分岐点は「50歳を過ぎて、いろいろとあらためて考えたこと」なのかなと感じました。
そして、そうした流れの中で、このたび『ルパン三世 Part6』から、次元大介役を小林清志さんから引き継ぐという大変な仕事があられるのも、なんだか運命的ですね……。
大塚:
「大塚明夫版の次元大介を作ってください!」とおっしゃってくださる方が多くて、その言葉はありがたいですけれど、勝手に「これが僕なりの次元です、どうぞ!」とやってみせるのは、誰でも、それこそ新人でもできるんじゃないかな? と。
そうじゃなくて、清志さんが50年掛けて作ってきた次元大介像にできるだけシンクロするようにがんばって、その上でどうしてもはみ出してしまう部分だけが「明夫版の次元大介」という認識でアプローチするのが、味だという気がするんです。
──重ねようとしてもどうしても重ならない部分が大事だと。
大塚:
このあいだ、ある伝統芸能の家元と飲んでいるときに、こんな話を聞いたんです。
「自分は父から芸のすべてを叩き込まれて、コピーしている。本来は父と同じようにできなければダメなんだ。でも、体も違うし、持っている空気感も、声も、全部違うんだから、どう頑張っても同じにはならない。しかし、その違いが『正しい』と思っているんだ」と。伝統とはそうやって受け継がれていくものなんですね。
そう考えると、次元の芝居にしても、やはり僕が勝手に作るのはどうも違う気がして。なるべく近づける……それだって簡単にはできないですけれど。2、3行のセリフを物真似するとはわけが違うので。
そこを目指すことをまずは自分に課して、自分の癖から離れた芝居をやってみる。するとどうしてもシンクロできない部分が絶対出てくるので、そこを観る人たちには楽しんでもらうのがベストなのかなあ……という感じがしていますね。
──歌舞伎や落語に近い発想で、興味深いです。
大塚:
ましてあの作品は、他の役者たちもみんな先代を踏襲しているじゃないですか。それを考えると、ここで「僕の次元をやらせてもらいます」って言ったら間違いなんじゃないかなと、やっぱり思うんですよね。
そのスタイルでこの先作っていって、僕らが代替わりするときには「ルパンはこう喋る」「次元はこう喋る」みたいな型ができていたら楽しいなって思うんです。そうすると、「俺は初代が好きだ!」とか「やっぱり三代目だな」とか、歌舞伎のファンたちのような楽しみ方がもしかしたら、可能になるんじゃないかなって。どうです?(笑)。
──その未来は絶対に面白いです! アニメや、声優さんのお芝居の楽しみ方が、さらに広がる気がします。
大塚:
今回のようなケースは、今のところは稀だと思うんです。稀だからこそ、挑んでみる価値はあるんじゃないかなと。もう1クール分の収録は終わったんですけれど、早く次をやりたいな! ってジリジリしています。
──末永く大塚さんの次元大介を楽しみたいです。
大塚:
ありがとう! そのために、食事も運動も気を遣って。健康でいたいと思います。
最近は、食べるものを魚メインに切り替えたりお酒もそこまで飲まなくなりました。90歳になっても自力で歩けるようにと運動もしたり……そう、『Fit Boxing(フィットボクシング)』ってゲームの声を担当したので、ソフトを貰ったんですよ。それ、やってますよ。
インストラクターは僕の声じゃなくて、少佐(「攻殻機動隊」シリーズの草薙素子のこと)の声にしてますけど(笑)。
──田中敦子さんの声のインストラクターで『Fit Boxing(フィットボクシング)』をやる大塚さん! ぜひゲーム実況をしてください(笑)。最後の最後まで、楽しいお話をありがとうございました。
大塚:
僕、厳しい人とか恐ろしい人とか思われてるようだけど、全然そんなことないんですよ。
──本当に。何度も取材であることを忘れて、一ファンとしてお話を楽しんでしまいそうになってしまいました。
大塚:
ははは。いいじゃないですか。取材だって、他の仕事だって、僕のやってることと考え方は一緒ですよ。どうせなんだから、なんだって「楽しく」やりましょう!
23歳のころ、トラックドライバーから役者の道を志した大塚さん。お芝居の楽しさに触れ、刺激的な日々を送るなかで目指したのは“メシが食える役者”(稼げる役者)であった。
役者として食っていく。芝居の仕事で稼いで生きてこそ、胸を張って「自分は役者だ」と言える。無意識のうちにそう考えていたのかもしれない。
そんな役者人生において、50歳を過ぎて変化が訪れる。
「優れたホン(台本)と役者、スタッフ、観客、劇場が揃って、ワッ! とひとつになった瞬間に、僕はどうやら幸せを感じるんだな……と」
そう語るように、“演技をすること”、”芝居の中に生きること”こそが自分の幸せであると考えるようになっていった大塚さん。そして今、自身の展望について「どんな役者になりたいか」というよりは「楽しく芝居をしていきたい」と語る。
芝居にもしんどいときはある。『ルパン三世 Part6』次元大介役は大変なプレッシャーである。それでも、その瞬間も含めて芝居を楽しみたい。ひとつでも多くの作品で、ひとりでも多くの役を演じたい。芝居の世界で演じ続けたい。紡がれていく言葉からはそんな想いが溢れ出ていたように感じた。
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締切:2021/12/17(金)11:59
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