連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第十一回
2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第十一回です。(第十回はこちら)
「超歌舞伎」をご覧頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。
京都・南座にて9月3日(金)〜9月26日(日)に「九月南座超歌舞伎」の上演が決定! 2021年7月18日(日)10:00より電話予約・Web受付開始!
・九月南座超歌舞伎公式サイト
https://chokabuki.jp/minamiza/
4年目に挑んだ第一作『今昔饗宴千本桜』の再創造
文/松岡亮
2019年は超歌舞伎の飛躍の年となったといっても過言ではない、ひとつのターニングポイントになった年でした。
それというのも、超歌舞伎が生まれたニコニコ超会議における幕張メッセでの公演に続いて、日本最古の歴史を誇る京都・南座で1か月に及ぶ公演が行われたからです。
イベントのひとつとして始まった〝超歌舞伎〟というコンテンツが、耐震工事を終えた南座の新開場記念を飾る公演に選ばれたことは、このプロジェクトに携わるスタッフにとって、全く晴れがましいことでした。
とはいえ、1年目の公演こそ2日間で5回公演でしたが、2年目からは2日間で4回公演という上演形態が定着していたなかで、京都・南座での24日間、39回公演(リミテッド公演は除く)は、まったく雲をつかむような公演回数でした。
中村獅童さん、初音ミクさんを始めとした出演者の皆さんの肉体的な疲労は大丈夫なのか?ということや、アナログとデジタルが融合した演出が、無事に1か月完走できるのか?という不安が頭をよぎったことが思い出されます。
歌舞伎の色を更に濃くした作品へ
幕張、南座の両公演をふまえてのプロジェクトが始動したのは、2018年の夏の終わりのことでした。そして、ミーティングを重ねるなかで、両会場で上演する共通の演目として、超歌舞伎の第1作である『今昔饗宴千本桜』が選ばれました。しかし、そこに至るまでは、各セクションからさまざまな意見があがり、検討に検討を重ねた上での結論でした。
これまで常に新作を発表してきた〝超歌舞伎〟が、過去作品をブラッシュアップして再演するというのは、ひとつの賭けでしたが、限られた時間のなか(むしろデッドラインを越えたところから)で製作された『今昔饗宴千本桜』を、3年の歳月のなかで培ったノウハウをもとにして、再創造、再構築したいという思いで、全スタッフが一致しました。
さて、自分が手がけた作品を、同じ内容、同じ構成でブラッシュアップしていくという作業は、初めてのことで、どこからどう手をつけて良いのか、考えあぐねていました。そんななか、演出を担当する藤間勘十郎師との打ち合わせのなかで、忠信と美玖姫の踊りを、原典というべき『道行初音旅』(通称「吉野山」)に近づけては、というアドバイスをいただきました。そのアドバイスがきっかけとなって、『今昔饗宴千本桜』をさらに歌舞伎色の濃い形へと書き替えていく心づもりができました。
歌舞伎の音楽をふんだんに取り入れて
実は超歌舞伎は、劇中の音楽の部分でもこの3年の間で進化を遂げていました。2016年の『今昔饗宴千本桜』は、歌舞伎の黒御簾音楽や竹本を使用しましたが、三味線とお囃子のみで、唄や語りは使用しませんでした。その背景には、歌舞伎を初めてご覧になる方が多いであろう超会議のお客様を意識して、劇中の音楽で情報過多にならないようにと、考えたためです。
また、忠信の美玖姫が踊る場面の音楽は、獅童さんとバーチャルなミクさんの共演をできるだけ幻想的ものにしようということから、大和楽(やまとがく)の器楽曲であり、大和櫻笙(やまとおうしょう)師が作曲された『櫻舟(さくらぶね)』を使用しました。ちなみこの大和楽とは、初めて目にする方が多いかと思いますが、20世紀に入ってから生まれた三味線音楽で、洋楽の要素を取り入れたモダンな曲調や唄が特色となっています。
そんな前年から一転して、2017年の『花街詞合鏡』は、廓を舞台にした世話物ということもあり、唄入りの黒御簾音楽や、長唄の独吟が初めて使用されました。
続く2018年の『積思花顔競』では、歌舞伎で使用される音楽をふんだんに取り入れて、羅生門の場の幕開きには大薩摩、白鷺の精霊が安貞の死を嘆く場面では、語りのある竹本を使用し、さらに「関の扉」をふまえた踊りの場面は、長唄と竹本の掛け合いとなりました。
こうしたこれまでの流れと、より歌舞伎色を濃くするために、2019年の『今昔饗宴千本桜』は、美玖姫の登場では、ミクさんがひと節唄う、鼓唄(つづみうた)を使用し、忠信と美玖姫の踊りは、「吉野山」の軍物語(いくさものがたり)のように構成し直し、長唄と竹本に掛け合いに。手傷を負った忠信が、コメントを誘発する場面は、義太夫狂言(ぎだゆうきょうげん)もかくやとばかりに、竹本をたっぷりと用いました。
物語と台詞に加えた工夫
物語の流れもプロローグの大正百年の場面をのぞいて、時系列順とし、新たに美玖姫の母親として、初音の前を書き加えました。
その上で、現代語に近かった台詞の語感も修正したほか、忠信と美玖姫の再会を喜びあう割台詞(わりぜりふ)のなかに、2016年の「桜がつなげるキセキ。」を美玖姫の台詞として取り入れました。
装いも新たになった『今昔饗宴千本桜』で特筆すべき点は、クライマックスの忠信の台詞を、
「いかに日本六十余州の人々よ、桜をなくせし我らの思いを哀れみて、数多の人の言の葉と、桜の色の灯火(ともしび)を、数多の人の言の葉と、桜の色の灯火を。その二つの力に我らが思いを重ね、千本桜に再び花を。」
とし、コメントを誘発するためのお馴染みの台詞である「数多の人の言の葉」に、「桜の色の灯火を」を加えて、桜色のペンライトの点灯を誘発する台詞を加えたことです。
ペンライトの光で染まった幕張メッセ
ここからは、私事になってしまうのですが、超歌舞伎が公演を重ねていくなかで、総合プロデューサーの横澤大輔さんから、秋の風物詩として定着していた、さいたまスーパーアリーナでのニコニコ超パーティーにたびたびお招きいただき、超会議とはまた趣きのことなるステージに魅了されました。
特に、超パーティーのボカロライブで色とりどりのペンライトが客席で輝いている光景や、エンディングでミクさんの「桜ノ雨」にあわせてお客様が合唱し、スーパーアリーナの客席がペンライトの光で桜色染まる景色を見て、この一体感を超歌舞伎になんらかの形で取り入れることができないだろうかと考えていました。
そんななか、『積思花顔競』の第三場大内裏塀外の場における、澤村國矢さん演じる秦大膳武虎(はたのだいぜんたけとら)が、良岑安貞を夜陰にまぎれて討ち取ろうと、手下を連れて現れる場面で、手下の持つ松明(たいまつ)に呼応するように、自発的に大勢のお客様がペンライトの赤色を点け、幕張メッセの客席が真っ赤に染まりました。
その情景を見て、超歌舞伎でも客席全体をペンライトの光で埋め尽くす演出をとることが可能なのではないかと、半ば確信したのと同時に、幕張につめかけた大勢のお客様の超歌舞伎へのゆるぎない愛に大いに感動させられました。
幕張、南座の超歌舞伎プロジェクトが進行していくなかで、南座のばあい、幕張のように全公演をニコニコ動画で生配信することは非現実的であり、コメント演出にかわる客席参加型の演出を考える必要性が生じました。
そこで、ペンライトを点灯する誘発台詞によって、客席をペンライトの光で埋めるという演出案を提案し、結果的に上記の台詞が生まれました。
平成という時代をしめくくる歌舞伎公演となった、2019年4月の幕張公演のクライマックスで、獅童さんの台詞に呼応して、5000人のお客様がペンライト点けて、幕張メッセを桜色に染めて下さった感動的な景色は、獅童さんを始めとした出演者の皆さん、私たちスタッフ全員の瞼に焼きついています。
(つづく)
※文中 歌舞伎用語 参照リンクサイト
日本俳優協会・伝統歌舞伎保存会公式ホームページ
「歌舞伎 on the web」歌舞伎用語案内
執筆者プロフィール
松岡 亮(まつおか りょう)
松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。
■超歌舞伎連載の記事一覧
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