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夏になるとテレビで流れる「ホラー映画のCM」に迷惑している全人類へ朗報。不意に植え付けられた恐怖の“ 撃退法 ”を心理学者に聞いてみた

 夏になるとテレビで流れる「ホラー映画のCM」。あれがとにかく大ッ嫌いだ。毎年必ずビビリ倒してる。

 今年の夏も某有名ホラー作品の怖いCMが流れた。気味の悪いギョロ目の真っ黒い女が映った瞬間に、「ヒィィィィィィイイイイイイィッ!!!!」と盛大に悲鳴をあげながら気を失いかけた。いや、マジでふざけんなよチクショウが。
 これは俺だけの感想じゃない。Twitterの反応もこんな感じだった。

 ホラーCMの何が嫌かって、ビビらされた後は行動全てに「怖い」がつきまとうことだ。トイレに行くのもお風呂に入るのも、夜食を買いにコンビニへ行くことも怖くてままならない。ふざけんな。

 あの怖さは、もう個人でどうこうできる範囲を超えてる。ここは素直に専門家にアドバイスをもらったほうが絶対いい。

 というわけで「ホラー映画のCMで植え付けられた恐怖は、何をしたら克服できますか? 」という疑問を、社会心理学者の山根一郎教授にぶつけて助言をもらってきた。

山根一郎教授
社会心理学者。椙山女学園大学人間関係学部教授。
『恐怖の現象学的心理学』や『恐怖の現象学的心理学2:恐怖の二重構造』といった恐怖という感情についての論文を多数執筆する、いわば”恐怖”に関するエキスパートだ!

 「幽霊が怖い」「ゴキブリが怖い」という、誰しも心当たりがある恐怖体験から、「え? そんなことにも恐怖って関係してたの? 」という思いもよらない話まで。恐怖という感情がもつディープな世界をお届けしたい。

※取材はマスク着用のうえ、三密を避け換気のいい室内で行いました。

文・取材/腹八分目太郎
編集/トロピカルボーイ

ホラー映画のCMが怖いです。助けてください。

ーー本日は「ホラー映画のCM」をテーマに色々とおうかがいできればと思います。よろしくお願いします。

山根教授:
 よろしくお願いします。

ーー先生はホラー映画のCMってご覧になったことあります?

山根教授:
 ええ、何度か拝見したことがあると思います。

ーーあのCMに迷惑している人が、世の中にたくさんいるんですよ。「怖いからやめてくれ」「お風呂に入るのが怖くなった」「眠気がさめてしまった」といった意見をTwitterでよく見かけます。

山根教授:
 なるほど。

ーーつい最近テレビで『レディ・プレイヤー1』という映画が放送されたんですけど、合間に某ホラー作品のCMが流れた時には大変な騒ぎになりまして。

山根教授:
 ホラー系の映像というのは、ちゃんと人が怖がるように造られているんですよ。
 異形のものが大きな音とともにドンと現れたり、不気味なものが不気味な動きをしているとか。本能が感じる恐怖からは逃れられないんですね。

ーーじゃあ、ホラー映画のCMを怖がらないというのは、心理学的に無理ということですか?

山根教授:
 恐怖を喚起するように作られているので、初見で怖がらないというのは難しいでしょうね。同じものを何度か見るうちに予測ができて、怖くなくなるということはあるかもしれませんが。

ーー夏のホラー映画CMからは逃れることができない。来年もまた怖い思いをしないといけないんですか……。

山根教授:
 怖くない=ホラー映像として出来の悪いものということになってしまいますから。そうなると、みなさんが怖い思いをして、怒りをあらわにすることもなくなるわけです。

お風呂で髪の毛を洗ってる時が怖いのはなぜ?

ーーホラー系のCMには二次被害的なものがあると思うんですよ。お風呂で髪の毛を洗っている時に視線を感じて怖くなったり、布団から足が出ていると何者かに掴まれそうで怖くなったり…幽霊が出るんじゃないかという気持ちになってしまいとにかく怖いです。恐怖のオンパレードです。

山根教授:
 それは恐怖というより、不安に近いかもしれませんね。「幽霊がいるかもしれない」と自ら想像して不安な気持ちになっているんですよ。

ーー恐怖ではなく不安? でもめちゃくちゃ怖いですよ。

山根教授:
 恐怖というのは対象が目の前にある時に感じるものなんですよ。それに対して、不安というのは対象がはっきりしていないんです。恐怖の対象は目の前にある何かで、不安の対象は自分の中にあると思っていただければ。

ーーつまり、目の前に幽霊があらわれたら恐怖で、幽霊がいるかも……と想像しているのは不安っていうことであってます?

山根教授:
 そういうことです。恐怖というのは基本的に、危険が差し迫っている時に感じるものなので。

ーー恐怖と不安の違いは理解できた気がします。それでもやっぱり、怖い気持ちになった後に、お風呂に入るのは気が進まないのですが、不安を払拭する方法はあったりするものですか?

山根教授:
 不安になる要素を消すことですね。髪の毛を洗う時って、裸になって目を閉じているじゃないですか。あれは生物としてとても無防備な状態なんですよ。何かが起こった時に対処できない、ということを自覚しているから不安になるんです。

ーーたしかに。あの状態で襲われたら抵抗できないですもんね。幽霊のやりたい放題。

山根教授:
 無防備とはいえ「幽霊がいるかも」と、想像して不安になっているだけなので、そこに危険はないんですよ。なので、目を開けて自分の安全を確認しながら頭を洗えば、不安も解消されるかもしれませんね(笑)。

ーーシャンプーハット必須ですね。

山根教授:
 もう一つ言うなら、暗闇って怖い空間なんですよ。目を閉じてると何も見えないじゃないですか。見えないぶん、そこに何があるかを想像してしまうんです。自分で自分の心を怖がらせてるんですよ

ーーたしかに暗闇に対して無意識に警戒している節がある気がします。昼間に比べて夜道が怖いのと同じですか?

山根教授:
 そういうことになりますね。見えないと怖いんですよ。

ーーなるほど。暗闇が怖いというのは、なんとなく理解できたのですが、なぜ自分で自分を怖がらせる必要があるんですか?

山根教授:
 これは元々人間にそなわっている能力なんです。最近だと大雨の被害が多いですけど、自分で自分を怖がらせる想像力がないと、避難警報が発令された時に逃げられないんですよ。想像して怖がることができて初めて、人間は事前に逃げることができるんです。人間の生存にとって、恐怖を想像するというのは大事なことなんです。

ーー生き延びるには、正しく怖がることが大切ということですね。

山根教授:
 その通りです。

ーー大切な話をお聞きした後に大変恐縮なのですが、「ゴキブリが怖い」という話に移っても大丈夫ですか……?

山根教授:
 まぁ、いいでしょう(笑)。

「ゴキブリ」はなぜ怖いのか

ーー夏といえばゴキブリですよ。ゴキブリもとてつもない嫌われ方してますよね。

山根教授:
 ゴキブリの件については、企画書を受け取った時にどう答えようか悩んだんです。あれは恐怖じゃなくて、嫌悪の対象なんじゃないかなと。

ーーほう、嫌悪の対象ですか。どういうこですか?

山根教授:
 簡単に言うと、恐怖というのは自分よりもパワーが上の存在に対する感情であって、下のものに対しては恐怖を感じる必要がないんですよ。えりゃ!っとやっつけてしまえばいいので。

ーーなるほど。たしかに戦ったら絶対に勝てますもんね。

山根教授:
 恐怖の理屈からすると、怖がる必要がないんですよ。人はとつぜん顔に近づいてくるものを怖がるという性質があるので、そういう意味で怖いというのは分からなくもないのですが。なので、嫌悪しているだけなんじゃないかと。

ーーとは言え、めちゃくちゃ嫌なんですよ。やっつけられれば良いんですけど、取り逃したら気が気じゃないですよ。

山根教授:
 ゴキブリの嫌悪感って、自分の生活空間を侵されることにあるみたいですね。カサカサと素早く動いて隠れてしまい、捕らえることも難しいので。

ーーどうにかして、ゴキブリに怯えることなく暮らす方法はありませんか?

山根教授:
 私は恐怖の安心化と呼んでいるんですけど、経験してみたら怖くなかったってことを経験するというのがあります。ゴキブリが危険じゃないということを理解して、恐怖心を解除するというものですね。

ーーそれってつまり、ゴキブリを虫かごに入れて飼育するとか。一緒に寝てみるとかそういうことですか?

山根教授:
 大げさに言えば、そういうことになりますね。「怖くなかったでしょ? 」を繰り返して安心感を得ていく。怖がる根拠がないことを認識していくことによって、恐怖を安心化することができるんですよ。

ーー恐怖の安心化! そうすると、だんだんゴキブリが可愛く見えてくる可能性も?

山根教授:
 あり得ると思います。ゴキブリは刺したりしないし、毒もありませんからね。クワガタやカブトムシと同じで怖がる必要がないので。

ーーなるほど!とはならないですけどね。

山根教授:
 (笑)。

ーーここまでの話をいったんまとめると

 ・ホラー映画のCMが怖い=恐怖
 ・髪の毛を洗うのが怖い=不安
 ・ゴキブリが怖い=嫌悪

 と、僕たちが「怖い」や「恐怖」に集約していた感情も、細かく分けて考えてみると、それぞれに特性があって面白いですね。

山根教授:
 「怖い」って言葉にひとくくりにしがちなんですけどね。分解して考えるとそれぞれの感情への理解が深まると思います。

「怖い」を楽しめる人とそうじゃない人

ーーちなみに、「怖い」を楽しんでいる人達もいるじゃないですか。お金を払ってジェットコースターに乗ったり、ホラー映画を見たり。これって、楽しめる人とそうじゃない人にどういう違いがあるんですか?

山根教授:
 怖い体験というのは、非日常的な体験でもあるんですよ。ふつうに生活していたら、怖い場面に遭遇することってなかなかありませんよね。つまりレアな体験ということになります。

 恐怖から命の危険が取り払われているのであれば、非日常的な時間や体験に価値を感じる人がいてもおかしくはないかなと。

ーービビリの僕はそれでも消費する気にはなれないんですけど、たしかに筋は通っている気がします。

山根教授:
 恐怖というのは平凡なものではありませんからね。ホラー映画は非日常をじっくり体験できる、珍しいチャンスでもあるんですよ。

ーー本来なら不快である恐怖も、危険が取り除かれることによって快楽になりうると。

山根教授:
 ある意味お金を払って珍しいものを観に行くという点では、美術館にアート作品を観に行くこととあまり変わりませんよね。「なぜお金を払ってまで? 」となるのは、そこにたまたま“恐怖という不快感情がくっついているから”だと思ってます。

ーーなるほど。じゃあ、ジェットコースターやスカイダイビングも、同じような理由で楽しまれているんですかね?

山根教授:
 そういうことになりますね。つり橋でも高さが1mのものと、100mのものでは見える風景がぜんぜん違ってくるわけです。恐怖が同居しているからこそ見れる風景や、得られる体験にはある意味ものすごい価値があるんですよ。

ーー同居する恐怖を乗り越えると、大きな感動が手に入ると。

山根教授:
 エンターテインメントに限定して言えばの話ですけどね。「怖いもの見たさ」なんて言葉の通り、恐怖にはジレンマが存在するんです。本来なら忌避すべきものに、逆に接近したくなったり。

ーー臭い(くさい)と分かっていても、嗅ぎたくなってしまうやつですね。

山根教授:
 それに近いかもしれませんね(笑)。あとは、崖をのぞきこんだりする行為もそうですね。本来なら遠ざかるべき対象なのに、自ら接近してしまうという。

みんなで怖がれば怖くない?

ーー恐怖をより楽しむ方法ってあるのでしょうか? どうせ怖い思いをするのであれば、ちゃんと楽しく恐怖したいです。

山根教授:
 恐怖に限った話ではないのですが、感情を強める方法として集団でいるというのがありますよ。

ーー集団でいると、どうして感情が強まるんですか?

山根教授:
 恐怖感情の場合だと1人の方が怖いっていうことがあり得るんだけど、1人の恐怖って怖すぎてあまり楽しめないんですよ。不快な恐怖になるの。それが周りで一緒に恐怖してくれる人がいると楽しくなる。

ーーワイワイする感じですかね。

山根教授:
 お化け屋敷や心霊スポットってだいたいがグループで行きますよね。

ーー集団で行くことによって、危険が迫った時も対処できる感が増すから、恐怖を純粋に楽しめるというこですか?

山根教授:
 そういうことです。それと、恐怖以外の感情にも当てはまるのですが、集団でいると感情が伝染するんですよ

ーー感情が伝染する?

山根教授:
 一緒にいる人間がカリカリしていると、こっちもカリカリしてくる。笑っていればこっちも楽しくなるし、目の前で泣かれると悲しくなるんです。恐怖に関して言うと、集団で居ることによって、安全な恐怖を共感し合いながら楽しめるんですよ。

ーーということは、ホラーが見れないっていう人も、お友達を5人くらい家に呼んで、きゃあきゃあしながらだったら、最後まで見れるのかもしれないですね。

山根教授:
 そういうことになりますね。

ーー解散した後にお風呂に入るのが怖くなっても、目をあけながらシャンプーすれば問題ないですもんね。

山根教授:
 そうですね(笑)。

ーーちなみに、怪談とか肝試しとかホラーって、どうして夏になるとに需要が高まるんですか?

山根教授:
 ざっくり言うと、恐怖による寒気反応が暑さを和らげるからなんですよ。涼しくなれるから気持ちいいんです。

ーー寒気反応?

山根教授:
 ええ。とり肌が立ったり、冷や汗をかいたりと、体表温度を下げる反応が現れるんです。
 なのでクーラーがなかった時代には、夜に集まって怖い話をするというのが流行ったんですね。たしか、江戸時代だったかな、怪談が民衆レベルで楽しまれたのは。

ーーなるほど、理にかなってる気がします。たしかに、怖い話ってひんやりしますもんね。暖かくなれるイメージはない。

山根教授
 ある種の冷房的な役割があることを発見したのが、怪談や肝試しが流行った理由なんじゃないかと思っています。
 幽霊とか妖怪って怖がることが目的の存在で、人を殺すとかそういうものではないじゃないですか。これも恐怖がもたらす快感の1つかなと。

人体に起こる恐怖反応あれこれ

ーー恐怖を感じると鳥肌がたつことや冷や汗をかくから、涼むことができるという話でしたが、恐怖によって体に現れる反応って、他にもあったりするんですか?

山根教授:
 ありますよ。まず分かりやすいのは表情ですね。これはエクマンという学者の研究結果なんですけど、ざっくり言ってしまうと写真のような表情になるんですよ。

アメリカの心理学者・エクマン博士により提唱されている恐怖の表情。(出典: Paul Ekman Group

ーー恐怖してる感ありますね。

山根教授:
 この表情のポイントって何かというと、恐怖の対象に対して目を見開いているんですね。目をそらすんじゃなくて、よく見ようとするのが恐怖に対する表情なんですよ。

ーー目を向けると、恐怖に対して対処できなくなってしまうから、本能的に「よく見る」ための表情になってしまうということですか?

山根教授:
 そういうことです。表情っていうのは、基本的に遺伝プログラムによって本人コントロールできるものじゃないので、注視するために自然とこの表情になってしまうんです。

ーーこれ、ぼくも経験したことがあるかもしれません。数年前、ジェットコースターに乗っている時に撮られた写真なんですけど、ほぼ同じ顔してますよね。

無理やりジェットコースターに乗せられ、恐怖の表情になる筆者。

山根教授:
 そうですそうです(笑)。まさしくこういうことですね。

ーージェットコースターとかで、怖すぎて失神する人っているじゃないですか。あれも恐怖に対する反応なんですか?

山根教授:
 恐怖に対して起こす行動って番外編を含めると4つあるんですけど、失神はその番外編にあたりますね。
 可能性としてはそこまで高くないんですけど、強いおどろきを感じた時に人は失神するんですよ。

ーー強いおどろきですか。

山根教授:
 簡単に言ってしまうと、失神っていうのは、不快な強いおどろきを感じた時に現れる反応なんです。失神の前段階として、アゴがはずれたり、腰が抜けるというものもあります。

ーー恐怖した時の表情が「よく見る」ことを目的としているなら、失神はよく見ることを諦めているように思えるのですが……。「あー、この後めっちゃ怖いこと起こるわー、失神しちゃお。」的なことですか?

山根教授:
 おどろきと恐怖には連続性がある場合が多々あるんですね。おどろきの後に起こる、恐怖という不快感情をシャットダウンする意味があるんですよ。失神は瞬間的な防衛手段なんです。

ーーすごく怖いものに出会った時に、その記憶が飛んでいればトラウマにならないで済むとかそういうことですか?

山根教授:
 まさしくその通りです。失神はしなくとも、交通事故にあった瞬間の記憶が飛んでいるなんて話があるじゃないですか。必ずしも上手くいくわけではないのですが、忘却というシステムが発動するんですよ。

 この記憶をシャットダウンする忘却というシステムが、PTSD【※】等による苦しい記憶の追体験を防いでくれていたりするんです。

※PTSD
強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、こころのダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じるもの。

ーーなるほど。「忘れる」って生きるうえで意外と大切なことなんですね。

山根教授:
 人間って大切なことも忘れちゃうんですけど、全てを忘れないとすると、嫌なこともストレスも溜まるいっぽうですからね。忘れていいものはドンドン忘れていきましょうよ、という。


恐怖に対する行動は「逃げる・ためらう・反撃する」

ーー恐怖を感じた時に起こす行動は、全部で4つあるとのことでしたが、残りの3つってどういうものなんですか?

山根教授:
 1つは「逃げる」です。忌避される恐怖。つまり、自分の身に危険を及ぼす恐怖から、遠ざかる行動です。
 例を挙げると、映画館でホラー映画を鑑賞するのは「逃げなくていい恐怖」なのに対し、その映画館で火災が起こった時に感じる恐怖は、「逃げなければいけない恐怖」ですよね。

ーーなるほど、めちゃくちゃ分かりやすいです。逃げないと死にますもんね。

山根教授:
 テレビで怖い映像を見ている時に感じている恐怖と、テレビから不気味な女が実際にはい出てきてしまった時の恐怖との違いでもあります。

ーー貞子はやばい。

山根教授:
 2つめは「ためらう」「止まる」です。これは逃げるほどではない弱い恐怖に対して起こす行動です。

ーー僕、セミが大嫌いなんですよ。夏になると玄関の前でひっくり返ってるじゃないですか。あれの横を通りすぎる時、必ずといっていいほど立ち止まってますね。

山根教授:
 それもある意味、ためらいですね。ためらいって対象が生き物じゃなくて、情報の場合にも体験することができるんです。例えば、試験の合格通知だったり、税務署からの通知だったりは、中身の確認にいろんな懸念がともないますよね。

ーーたしかに。何の気なしに開封できるものじゃないですね。

山根教授:
 逃げるほどでもない弱い恐怖に対する反応が「ためらう」だと思っていただければと。そして、恐怖に対する行動の3つめは「反撃」です。

ーーほう。これはなんだか「逃げる」と「ためらう」とはジャンルが違う気がしますね。

山根教授:
 そうなんです。忌避される恐怖に対して自ら近づく行為なので、反撃はあまりオススメできるものではないですね。
 恐怖というのは、自分よりも強大なものに感じるんですよ。それに対して反撃するというのは、残念ながら無駄に終わってしまう可能性があるんです。

ーー反撃が必ずしも無駄ということではないんですよね?

山根教授:
 ええ。成功する可能性はもちろんあります。ですが、恐怖を感じている時点で、相手の方が自分よりも優位な立場にあるという前提で、反撃はオススメできないということですね。


ーーまとめると、恐怖を感じた時に起こす行動としては、①逃げる ②ためらう ③反撃する で、番外編として④失神するということなんですね。

子どもがベランダから転落する理由

ーーちなみに、人間って何歳くらいから恐怖に対して、行動を選択することができるようになるんですか? ある程度の知性が発達したり、失敗の経験を積まないと、恐怖って感じ取れないような気もするのですが。

山根教授:
 結論から言うと、恐怖心は赤ちゃんの時点からちゃんと発動するようになっているんですよ。
 これは自然界の生き物が感じる恐怖に似ているんですけど、例をあげると断崖絶壁ってあるじゃないですか。

ーー切り立った高い崖みたいなものをイメージすればいいですか?

山根教授:
 はい、それで大丈夫です。断崖絶壁の恐怖って、遺伝的にインプットされた恐怖なんですよ。なぜ遺伝的にインプットされているかというと、一度落ちたら死んでしまうので、失敗を経験するということができないんです。この恐怖は、赤ちゃんでも発動することができるんです。

ーーそういう実験結果があるんですか?

山根教授:
 ええ、視覚的断崖という実験です。視覚的な高低差を演出した透明な台の上に、ハイハイを覚えている赤ちゃんを座らせるんですよ。座らせて、反対側からお母さんが呼ぶんですけど、台が透けて地面が見えているので、落下の恐怖から動くことができなくなるんです。

視覚的断崖の実験装置イメージ図(イラスト:歯肉炎おばけ

ーーなるほど。落ちる経験をしたことはないけど、落ちるのは危険なことだと本能的が察知している。

山根教授:
 これはネコなんかで実験しても、同じような結果が出るんですよ。崖から落ちて初めて危険を認知したのでは手遅れなので、高さへの本能的な恐怖というのは生物的にとって意味のあることなんです。

ーー今の話を聞いてふと思ったのですが、子どもの転落事故ってどうして起こってしまうんですかね? 恐怖というブレーキが効いていない気がするのですが。

山根教授:
 さっきも少し話に出たんですけど、怖いものってよく見たくなるジレンマ性を持っているんですよ。恐怖が同居した光景=ふだん見ることのできない景色って話をしましたよね。

 赤ちゃんの段階で本能的に怖がっていたものが、2~3歳になると恐怖よりも、興味が勝ってしまうんですね。転落事故の場合は、ふだんより高いところからの景色をみてみたいという興味です。 

 2~3歳の子どもというのは、まだまだ頭が重いうえに自分のバランスを維持するという能力が弱いので、のぞきこんだ末に転落してしまうんです。これが不思議と、乳児の段階では断崖の前で止まることができるんですよ。

ーー本能的に恐怖を感じる能力って、個体として一番弱い乳児の時期に発揮されているってことなんですか?

山根教授:
 そういうことになります。いつまでも高いところを本能的に怖がって、その前で止まっているわけにもいきませんからね。遺伝的な恐怖のプログラムって、年齢とともに段々と解除されたり弱くなっていくんですよ。

ーー子どもの転落事故は「反射的に怖がる」から、「合理的に怖がる」に入れ替わっていく段階で起こる事故なんですね。

赤ちゃんの「人見知り」もインプットされた恐怖

山根教授:
 赤ちゃんの「人見知り」も、遺伝的にインプットされた恐怖なんですよ。

ーー人見知りも恐怖と関連があると。

山根教授:
 赤ちゃんは8ヶ月くらいになると、お母さん以外の人を怖がり始めるようになるんですよ。それまでは誰に対してもニコっとしてる子も、笑う相手と泣く相手を区別するようになるんです。特にひげを生やした男性を見ると怖がるんです。

ーーどうして髭がはえてる男が怖がられるんですか?

山根教授:
 生後8ヶ月の赤ちゃんには弱い知性しかないので、まさに見かけで判断しているんです。なんでそうなるかというと、オスが自分の遺伝子じゃない子どもを殺すことが自然界ではあるんですよ。子殺し【※】というやつです。

※子殺し
親が子を殺すこと。人間の場合、自分の子を殺すことに限定して使われることが多いが、動物の場合のみは同種の子供を殺すことまで含める

ーー新しいボス猿が、前のボスの子どもを全部殺してしまうみたいな。

山根教授:
 ちょっと嫌な話ですけが人間でいうと、妻の連れ子に対する虐待が多くなってしまったりと。だからといって虐待を肯定するわけではありませんよ、人間には理性というものがあるので。

ーー髭が生えてると赤ちゃんが怖がるというのは、見るからにオスっぽいからってことですかね? オス感が強いから。

山根教授:
 そういうことになります。安心していい大人と、怖がった方がいい大人を区別している

ーーぼく、電車で抱っこされた赤ちゃんと目が合った時にバァーって変な顔したりするんですけど、高確率で嫌がられるのってそういうことだったんですかね……。怖がらせるのも申しわけないので、今後やめます。

山根教授:
 そうですか(笑)。

避難警報が発令されても逃げない人がいるのは恐怖への「想像力」が足りないから

ーー先生の恐怖に対する研究って、今後どのようなことに役立てたいとお考えですか?

山根教授:
 防災ですね。私は気象予報士と防災士の資格を持っていることもあって、関心のウェイトは防災にあります。ここ最近というか、今年も豪雨による水害があったじゃないですか。

 あれは地震と違って、雨量の予測ができて警報も発令されるので、対処可能なはずなのに人的被害が出るんですよ。

ーー警報が出ていても逃げられないというのは、どういう理由なのでしょうか。怖がれていないからですか?

山根教授:
 目に見えないから、怖がることができないんですよ。目の前にある危険からは、逃げることができるんです。だから東日本大震災の時も、30分後に津波がくると言われても、目の前の海はまっ平なので、正しい判断をできない人がたくさんいたんですよ。

ーーそういう人達を減らすための研究に注力していきたいと。

山根教授:
 ええ、そういうことです。

ーーどうしたら、正しく怖がって避難することができるようになるのでしょうか?

山根教授:
 最終的には想像力です。大雨だったり地震だったり、その後に起こることに対して想像をして対処する。コロナウイルスなんかもそうですよね、目に見えないから、怖がることができない人がいるわけですよ。

 ウイルスや災害、放射能のような見えない危険な恐怖に対して、どう対応をするのかが私にとってこれから追及していきたいことですね。

ーー楽しんでいい恐怖と、危険な恐怖はしっかり区別して考えるべきですね。

山根教授:
 それと、私自身が命の危険に直面したことがあってですね。

ーー死と直面するような場面に遭遇したということですか?

山根教授:
 2015年に新幹線で放火事件【※】があったんですけど、その車両に乗っていたんですよ。目の前で炎がぶわーっと燃え上って、みんなが別の車両に逃げるという場面を経験をしたんです。

 本当に危険な恐怖の場面でどうすべきか。あるいは人はどうするのか。あるいは自分がどういう気持ちになるのかというのを、偶然ですが体験したんですよ。

※東海道新幹線火災事件
2015年(平成27年)6月30日に新横浜 – 小田原間を営業運転中の東海道新幹線車内の先頭車両で、男ガソリンをかぶりライターで火を着け炎上し、火災が発生した。

ーーまさしくに逃げないと命が危ない場面ですね。。

山根教授:
 私も避難しながらみんながどうするのかを観察していたんですけど、パニックにならずに平然と逃げていたんですよ。
 瞬間的に逃げることを判断しないといけない場でも、人は適切な行動ができるんだなとちょっと安心したんです。

ーー本当に逃げなきゃいけない危険に対して、人がどんな反応をするかを目の前で確認することができたと。

山根教授:
 命の危険に関わる実験ってそれこそ危険な内容になるので、簡単にはできないんですよ。なので、研究者である自分があの場所に居合わせたことには、何か意味があったのかなと。

ーーちなみになんですけど、ショッキングな経験をした後って、新幹線に乗るの怖くなりませんでした?

山根教授:
 怖かったですよ。次に新幹線に乗る時は躊躇しました。

ーーその恐怖心って克服できたんですか?

山根教授:
 事件があった日から約1ヶ月間空けたんだけど、同じ時間の同じ車両にもう一回乗って、何も起きないっていうことを体験して恐怖心を回避したんです。

ーーそれをしないでずっと放置しておくと、想像だけが膨らんで新幹線に乗れなくなってしまうみたいなことも。

山根教授:
 あり得ます。いつまでも不必要に怖がってしまうみたいなね。

ーー今日はいろいろなお話しをきかせていただきましたが、恐怖という感情がこんなにも生活に紐づいていて、かつ人の心や命を救うことに役立っているとはおどろきました。

山根教授:
 恐怖という感情は、とにかく正しく怖がることが大事です。このインタビューで恐怖に関心を持つ人が、増えてくれたらいいなと思います。

ーー「ホラー映画のCMが怖いんですけど…」なんて話をしていた頃の自分が恥ずかしく思えてきました!

山根教授:
 いえいえ(笑)。

ーー背筋が伸びる思いです。本日はありがとうございました!

(了)

取材を終えて

 「恐怖さんありがとう」

 恐怖という感情が存在するからこそ、僕らは危険を回避することができるんだ。いつも僕らの命を守ってくれている恐怖さんには、感謝の気持ちを伝えないといけない。そんな気持ちになる取材だった。サンキュー恐怖。そして

 「恐怖さんごめんなさい」

 恐怖さんがどういう方なのかを、勝手に理解した気になっていたのだ。僕らが「恐怖」という言葉でひとくくりにしていた感情は、実は「不安」や「嫌悪」だった。まったくの別人じゃないか。こんなひどい話があってたまるか。まじでごめん。あと

 「怖いものには接近したくなるジレンマが存在する」って何だそれ。怖いのに近づいちゃうんだ。気持ちと行動が逆方向だな。温かいパンケーキにバニラアイスを添えたみたいな。美味しいな。それと

 『ホラー映画のCM』

 やっぱりお前はダメだ。山根教授が言うには、恐怖を喚起するように作られているから、不快な感情にならないことは難しいらしいじゃないか。ふざけんなちくしょうめ。

 ただ、あれを見た後にお風呂が怖くなる問題については、「目をあけながらシャンプーする」という解決法を知ることができた。人類にとって大きな一歩だ。最後に

 山根教授にも“ありがとうございました”を伝えたい。生まれてこの方、IQが超低空飛行を続けている筆者にも理解できるように、「恐怖」という感情がもつ性質について教えてくれた。

 恐怖さんと山根教授に感謝の気持ちを伝えたところで、シャンプーハットを買いに行きたいと思う。

おしらせ

 ニコニコでは『ホラー百物語』と題して、7月~9月の間多くの作品をホラー映画を配信中。
 「三和交通タクシーで逝く、心霊スポット巡礼ツアー」等、企画物の生放送もあるので、これを機に視聴してみてほしい。

ホラー百物語(ニコ生ホラー映画情報) 

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