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「殺し合いはものすごい百合」「TSは百合なのか」──百合愛好家たちが語る“尊いだけじゃない濃密な百合の世界”【菅沼元×永田たまインタビュー】

日常に潜む百合

──『花物語』、『マリア様がみてる』と、なんとなく百合文化は読み物(小説)の世界が中心という印象を受けたのですが、実際はどうなのでしょう。

菅沼:
 世間の多くの方が持っている印象で間違いないと思います。でもそそれ以外にも、百合というのは数多く日常に潜んでいるんですよ。

 例えば、いま流行りのVtuberの配信。女の子同士の関係性に魅力を感じて見ていらっしゃる視聴者の中に百合好きである自覚はほとんどないと思いますが、じつは百合好きの才能は持っている。もしかしたら今後なにかしらの拍子に百合好きとして目覚める可能性は高いと見ています。

永田:
 バ美肉おじさんっているじゃないですか。中身はおっさんだけど、かわいいアバターとかわいい声をあてて配信をしている。私は、あのおじさんたちのコミュニティはものすごい百合だと思うんですよ。

──おじさんなのに百合?

永田:
 お互いかわいいを追求してかわいいをぶつけ合って、いわゆるかわいいの切磋琢磨をしているわけでしょう。かわいいに真摯に向き合っているおじさんたち、これは百合だと思うんですが、菅沼さんはどう思います?

菅沼:
 僕的には、肉体的に女性かどうかではなく、性として女であるかが重要だと思っています。ですので、中身が男なら、性的には男性で百合ではなないというのが個人的見解です。

 『週刊少年ジャンプ』で矢吹健太朗先生の『あやかしトライアングル』の連載が始まって、この作品はTS(性転換)百合ものなんですが、それによってTSは百合なのか議論が活発になったんです。こうした議論そのものが百合の世界の盛り上げにつながればいいなと思いました。

矢吹健太朗氏による「妖怪」「TSF(性転換)」の要素を軸に据えられたラブコメ漫画。1話で上記画像の男キャラが女体化する。
(画像はAmazon「週刊少年ジャンプ(28) 2020年 6/29 号」より)

永田:
 作品を読んでビックリしました。百合界に追い風きたなと思いましたもん。

菅沼:
 この議論が盛り上がることで百合の世界に入ってくる人が増える気配もあるので、全力で矢吹先生を応援したいです。

──『週刊少年ジャンプ』に百合漫画というのは意外な印象はありますよね。

菅沼:
 ほかにも『週刊少年ジャンプ』で連載している『アクタージュ act-age』も百合を感じることができ、超絶おすすめです。会社の中で布教活動をし続けるくらい素敵な百合なのでぜひご覧いただきたい。

原作・マツキタツヤ氏、作画・宇佐崎しろ氏による漫画作品。異彩を放つひとりの少女と鬼才監督の出会いから始まる映画を巡るアクターストーリー。
(画像はAmazon「アクタージュ act-age 1」より)

──『アクタージュ act-age』が百合!?

永田:
 うちの旦那さんは百合好きではないんですが、『週刊少年ジャンプ』で一番好きな作品は『アクタージュ act-age』なんです。私が「それは百合だよ」と言っても「意味わかんない!」となって。でも百合なんですよ。

菅沼:
 今展開しているお話も百合百合しい展開がたくさん描かれているので、非常に楽しみにしている作品です。

──なるほど。例えば、主人公の夜凪景とライバルの百城千世子の関係性がいわゆる百合にあたるのでしょうか。恋愛関係でもないけれど、お互いを意識していて。ときには憎しみの感情もあるのに本人にとって特別な人みたいな……。

永田:
 そうです。わかってるじゃないですか。それが百合です。

菅沼:
 もうそれがわかれば今日から百合好きとして生きていけます。

この身が果てるまで百合コンテンツに関わっていきたい

──ここまで奥深い百合の世界のお話をお聞きしてきたわけですが、ここからは今回発売する『夜、灯す』のお話をお聞きしていければと思います。ゲームにおいて百合ジャンルはけっこう珍しいですよね。

ホラー×百合がテーマのアドベンチャーゲーム『夜、灯す』。筝曲にはげむ主人公「十六夜鈴」が通う歴史ある女子校「神楽原女学園」に、突然筝曲の家元の娘「皇有華」が転入してくる。謎多き皇の存在に、動揺しながらも惹かれていく鈴だったが、皇と神楽原女学園には、ある闇が隠されていた……。発売日は2020年7月30日。

菅沼:
 後発にあたります。そもそも百合の市場自体はまだまだメジャーな市場であるとは思っていません。よく「百合ってビジネスになるの?」と聞かれるんですが、そこを大きくすることにこそビジネスの意味があると思っています。

──現状市場の小さい百合ジャンルのゲーム制作、会社の上層部を説得するうえで大変だったのでは?

菅沼:
 最初に百合について理解してもらうためにプレゼンをする必要がありました。そのための資料を作りにはだいたい調査も含め2ヵ月くらいかかりましたね。そして会社の偉い方々10人くらいを前に「百合とはなにか」を30分くらいかけて説明しました。

永田:
 これだけはお伝えしておきたいのですが、菅沼さんががんばってくれたから、世の中に新しい百合をお届けできるんです!

──2ヵ月かけて資料作りとは百合への愛がすさまじいですね……。

菅沼:
 現時点における百合は文学的というかやや高尚な印象が世間的な認識だと思うんです。そこで、まずは敷居の低い百合をと思って作ったのが、昨年発売した『じんるいのみなさまへ』だったんです。

美少女×廃墟×サバイバルをテーマとした作品『じんるいのみなさまへ』。……と思いきや、サバイバルがメインではなく、女の子たちの可愛いやり取りを眺めるのがメインコンテンツ(談:菅沼氏)。廃墟で過ごす日常の中には百合百合しい描写が多数存在し、百合愛好家たちを大いに喜ばせた。発売日は2019年6月27日。

──今年も百合をテーマにしたゲームを発売するということは、百合ジャンルを広げていくという強い意思の表れとと捉えて間違いないのでしょうか。

菅沼:
 そうですね。百合ジャンルに少しでも貢献していくのは自分が天から与えられた使命として受け取っています。この身が果てるまで百合コンテンツに関わっていきたいと考えています。

恐怖体験を通じて深まる女の子同士の関係性を描く百合ホラー

──そのプレゼンの成果があって百合専用Twitterアカウントが作られ、『夜、灯す』発売につながると。ジャンルが百合ホラーとありますが、なぜ百合にホラーを組み合わせたのか、その理由をお聞きしたいです。

菅沼:
 日本一ソフトウェアでは、毎年1本ホラーコンテンツを出そうというイズムがありまして、2020年夏ホラー枠が空いておりましたので、百合と相性のよさそうなホラーで企画書を出してみたのがきっかけです。 

 ホラーが先行してスタートした企画ですが、ホラーというのは「なにかを乗り越える」のがテーマとして置きやすく、乗り越えた前後での女の子たちの関係性の変化を描きやすいため、百合と相性のいいジャンルだと思っています。

永田:
 菅沼さんから「百合書きませんか?」とご連絡いただいたときには、「ヨッシャー!」ってなりました。でも、私怖いのがダメで……。ジャンルがホラーだと聞いて、苦手なホラーを書けるかどうか悩みました。

──シナリオを書く側の立場として、百合とホラーの相性はどうなんでしょう。

永田:
 百合は「関係性」なので、設定や舞台などはシナリオを書くうえで重要ではないと思っています。どんな舞台設定でどんなお話でも、キャラクターが登場する限り関係性は発生するので、そこからいかに百合に寄せていくのかが大事なのかなと。

菅沼:
 そうですね。もちろん向き不向きはありますが、百合が描けない舞台や設定というのはほとんどありません。

──この百合ホラーというジャンルで描きたい、見せたい百合とは?

菅沼:
 恐怖体験を通じて深まる女の子同士の関係性です。ゲーム内でホラー的なイベントが起きるたびに女の子同士の関係性がちょっとずつ変わっていくんです。ストーリーの最初と最後のころを比べるとその変化が明確に見えてくるかと思います。

永田:
 恋愛感情がなくても、例えば「好き」「貴方が大事」などの言葉がなくても、百合を感じていただけるお話にしようとは思いました。普通の友達と比べて付き合いや持っている感情も濃くて、でも親友という言葉でも表せない。そんな関係性を描きたかったんです。

──なるほど。最後に本取材の締めとして、本作の発売を楽しみにされている方、そして百合を愛する皆さんへメッセージをいただけないでしょうか。

菅沼:
 私は百合が好きで、ただ好きというだけで百合の仕事をやらせていただいていますが、仕事を通じて百合を広めていくのが自分の使命だと考えています。今回発売される『夜、灯す』は自分が手掛けた百合作品としては第2弾となりますが、ホラーと百合のどちらかが好きであれば、間違いなく楽しめるコンテンツになっていると思います。

 カオミンさんのイラストも素晴らしいですし、ちょっとでも気になったらぜひ手に取っていただけたら嬉しいです。ちなみに私は、もう4回泣きました(笑)。

永田:
 百合の市場は小さいという理由で百合作品をやらせていただく機会がない中で、今回菅沼さんに拾っていただき遂に百合作品を書く機会に恵まれました。この恩を返すために、菅沼さんを泣かせようと思ってシナリオを執筆しています。

 日本一さんのショップで予約していただくと、特典小説が付くんですけど、そちらでも菅沼さんを無事に泣かせることが出来ました(笑)。

菅沼:
 「これが百合じゃなかったら何が百合なんだ」という出来になっておりますので、ぜひお楽しみになっていただければと思います。

──本日はありがとうございました! (了)


 女の子がいて女の子同士の関係性があれば、もはやそれは百合になり得るポテンシャルを秘めており、目線を変えれば人によって百合コンテンツになる。そして、百合は恋愛関係だけを指すのではない。憎しみ合いや殺し合いも百合であると。百合好きの世界は奥深かった

 もともと、特段百合好きではなかったのだが、本対談を通して「これも百合」「あれも百合」とお話を聞いていくうちに、「あれ、自分も百合好きなのかも?」という考えが何度か頭をよぎったことを告白しておこう。もしかしたら目線が変わったのかもしれない。少なくとも対談後、『アクタージュ act-age』を百合目線で読んでいる自分がいる。

 さて最後になるが、本対談で濃密な百合トークを語っていただたいた菅沼元氏と永田たま氏が制作した百合ホラーアドベンチャー『夜、灯す』が7月30日より発売中だ。これだけ百合好きなおふたりが手掛けた百合作品にて、どのような百合が描かれているのか。百合の世界に興味がある方はぜひ足を踏み入れてみてはいかがだろう。

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