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ハリウッドのほぼ全ての作品が“アニメ”になった理由――その秘密はCGが可能にした「天才不要の制作システム」にあった

ピクサーの制作体制は「天才を不要」にする

――そのあたり、ジョン・ラセターは何度もミーティングでシナリオを揉んでいく作り方をしていると言われています。でも、そうすると尖った作品になりにくいように思うのですが、どうやってそれを突破しているのでしょうか?

増田氏:
 もともとIT系ということもありますがピクサーの映画の作り方って工学的なんですよね。非常に論理的で、会議で発言しやすくなるために席順といったレベルから考えていますからね。

 また試写を何度も繰り返しピンとこないところを徹底的に言語化し、いろんな職制のスタッフいろんな角度からあーだ、こーだと言って修正を加える。このように工程的にも組織的にも余裕があるのがピクサーなんです。

精神分析をモチーフにした『インサイド・ヘッド』 画像は 公式サイトPV より

増田氏:
 そもそも、ハリウッドって職域ごとの組合があるから、一般的に異なる領域には口を挟まない。しかしピクサーの場合、命令系統やユニオンの枠などにとらわれない自由闊達な組織になっていますね。従業員のアイデアをとことん取り込むことで、常勝ピクサーを維持しているのだと思います。

 でもそういった共同作業についてはむしろ日本のほうが元祖ですよね。アニメーションの現場はそうなっているし、黒澤明監督も脚本などは共同執筆スタイルやっていますから。

 ただ、ピクサーはそれをシステマチックにやることを非常に意識している。社長のエド・キャットムルからしてユタ大学の大学院でコンピュータグラフィックを学んだ理系人間ですが、彼はジム・クラーク【※1】とかジョン・ワーノック【※2】といった、ものすごい天才と同窓なんです。

 そういうレベルの人間が、トヨタのカイゼンなども学んだ上でピクサーを経営しているのです。日本のアニメスタジオは出自が文系というのがほとんどですが、ピクサーは完全に理系です。アニメにおいてもCGの比率が高まる中で理系の視点は重要だと思います。

※1 ジム・クラーク
シリコングラフィックス及びネットスケープコミュニケーションズの創業者。

※2 ジョン・ワーノック
アドビシステムズ社の共同設立者。現在会長兼CEO。

――なるほど。

増田氏:
 これはドワンゴの川上量生会長の『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』にも書かれていたことですが、アメリカのCGスタジオを見学したときに、宮崎吾朗さんが「このやり方だと天才はいらない」と言ってたそうです。

 CGで何度もシミレーションするから、頭の中であらかじめストーリーやシーンをシミュレーションしなければならない「天才」が必要ないと言うんです。天才って誰を思い浮かべているかというと、当然、宮崎駿監督のことですが(笑)。日本はピクサーのようなシステムを構築できる余裕ないから「天才」に頼らざるをえないってことですよね。

増田氏:
 ジブリからも本やビデオが出ている加藤周一さんという著名な評論家が提唱する「建て増しの思想」というのがあります。観光地に行くとよく建て増しを繰り返した温泉旅館がありますよね、途中でどこを歩いているのか分からなくなるといった建物が(笑)。

 ヨーロッパのように最初から全体の構造を決めてから着手するということがなく、取り敢えず作り始める。それで狭くなったらあとから建て増しすればいいやという思想なんですよね、日本って。実はその典型が宮崎監督なんですけど。エンディングが決まってないのに作画作業に入るという。

吉川氏:
 すごい話だ(笑)。あと、ディズニーもピクサーも演出が細かいですよね。

増田氏:
 ええ。予算による余裕の問題だと思います。日本だともっと演出を追求しようと思っていても、何回もリテイクを出すような時間も予算もない。だからやむなくOKを出すようなカットがあったりする。

 一方、3DCGの場合はカメラアングルをあとから変えたりできますからね。まあそれ以前に予算が違いますけども。それがさっきの「天才じゃなくてもできる」につながるわけなんですが、そもそもそれを天才ばかりのピクサーが作るという(笑)。

――(笑)

増田氏:
 アメリカはシステムとかマニュアル作りがうまいですよね。一定のマニュアルを作って、それをどんどん積み上げていく。映画も100億円の規模感というか、レベル感が分かっていると思うんです。

 だから新人監督でもいきなり100億円規模の作品を作ることができる。アニメを作るときも脚本がキチンとあって、最初にプレスコ【※】をする。最初に全体の構成をがっちり固めて作ります。ゲーム産業なんかもそうでしょう?

※プレスコ(プレスコアリング)
セリフや音楽、歌を先に収録して、絵をそれに合わせる制作手法。先に作った映像に合わせて収録するアフレコ(アフターレコーディング)に比べて、音声・音楽面での演出の自由度が高まる。

――そうですね。そういう組織のシステムづくりで日本のゲームは海外に負けたというのがゲーム産業を語るときのひとつの結論なんですよ。ただ、そこで任天堂はNintendo Switchの『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を作るときに、開発者300人がかりで遊び込んで問題点を洗ったりアイディアを出し合ったりしたんです。でもそれは日本では任天堂にしかできない芸当で、知ったみんなは仰天したという(笑)。
(参考:まず2Dゲームで開発、社員300人で1週間遊ぶ!? 新作ゼルダ、任天堂の驚愕の開発手法に迫る。「時オカ」企画書も公開!【ゲームの企画書:任天堂・青沼英二×スクエニ・藤澤仁】

増田氏:
 『ライオンキング』(1994)の頃のディズニーにもそういう余裕があったと聞きます。要するに、システムで差がつくんですよね。日本の話になりますが、アニメと実写でどうしてここまで差がついたのかというと、スタジオシステムがあるかないかということも大きいと思いますね。

 アニメの場合、条件は企業体力によって差がありますが、学校を出てからスタジオという取りあえず就職する場があるわけです。一定期間のトレーニングがあって、仕事を覚えながら現場に入り人間関係が作られていく。

増田氏:
 映画だって1960年代初頭までは良いスタジオシステムを持っていたましたけど、60年代中盤から演出とか現場の技術人員を採用しなくなった。思うに、あのときの日本の映画業界は30年後の映画制作のことなんて考えてなかったですよね、明らかに……。

 僕はキティ・レコード入社時に長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』(1979)のエキストラに駆り出されて日本橋東急の下で1万円札を拾ってましたけど(笑)。相米慎二監督も間近に見ていたから分かるのですが、実写の世界って例えば監督になろうと思うと、フリーの助監督になって(師匠となる監督に)ついていくか、自主映画を作るか、CMから入って迂回するしかない。フリーになるか、自分で金を集めて映画を撮るか、迂回するか。

 若いときの苦労は買ってでもしろというが、これじゃ人材は集まりません。映画界の中に人材育成の場がないことが最大の問題だと思います。東宝もあれだけ儲かっているんだから監督以下の現場人材を育てたらいいのに(笑)。

吉川氏:
 2016年の日本映画界は『君の名は。』、『シン・ゴジラ』、そして東宝ではありませんが『この世界の片隅に』一色でした。

増田氏:
 今まで、日本アカデミー賞やキネマ旬報は特撮やアニメに決して好意的ではなかったですよね。さすがに宮崎監督は無視できなかった思いますが、去年それが崩れちゃいましたよね(笑)。実写も日本アカデミー賞に見合う風格があって作品賞を取れそうな作品って、去年だと『64』とか『怒り』くらいでしたよね。

吉川氏:
 アニメーション出身の庵野監督が撮った『シン・ゴジラ』が成功したのをみると、いろんなアニメの監督が年に10本くらい実写を撮れば日本映画も変わるんじゃないかと思ったのですが、いかがでしょう?

増田氏:
 まー、アニメ監督が撮って成功した実写作品って『シン・ゴジラ』以外ほとんどないですからね。『シン・ゴジラ』も樋口真嗣監督の存在が大きいと思います。手描きのアニメと実写では求められるスキルが違います。

 アメリカだったら『Mr.インクレディブル』(2004)のブラッド・バードが『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(2011)を作ったという成功例がありますけど。

吉川氏:
 たしかに『Mr.インクレディブル』は実写に近い作りでした。

増田氏:
 CGアニメって実写に近いですよね。逆に言えば、実写の監督もCGアニメを作れるんじゃないですかね。『ジャングル・ブック』みたいな作品もありますし。CGアニメは監督の指示した通りにできあがってきますからね。手描きの難しいところは意図した通りにできあがってこないところでしょうか。

吉川氏:
 (笑)

増田氏:
 ただね、すごく良いアニメーターに当たると、ホントに言った以上のものが上がってくるんです。でもそれは奇跡に近くて、たいがいは言ったとおりに上がってこない。

 アニメーターは絵を描けるのはもちろんですが、実写で言えば俳優とカメラマンの役割を担っています。かつスピードが重要。名優で名カメラマンである上に仕事が早いことが望まれるということなんです。当然難易度が高い。演出の意図以上のものを描けて、かつ手が早いスーパーアニメーターはいつの世にも払底気味。俳優やカメラマンもそうですよね。

 アニメーターが足りないと言われるのは、実はこのスーパーアニメーターが足りてないという贅沢な意味合いも含まれています。それはウォルト・ディズニーですら言っていたことです(笑)。

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