Yostarがアニメ制作会社を設立した理由──労働環境の改善、チーム作り、作品への愛…いいアニメを作り続けるために変えたかったこと【李衡達×稲垣亮祐×斉藤健吾】
『アズールレーン』をはじめ、数々のスマホゲームを運営するYostarが、アニメ制作を主軸事業とするYostar Picturesを新たに設立した。
Yostarといえば、もはや説明不要の人気ゲーム『アズールレーン』や『アークナイツ』に加えて、NAT Gamesが開発中の『Project MX(仮称)』の日本国内配信契約を締結するなど、いまノリに乗っているゲーム会社だ。
「そんなYostarがなぜアニメ会社を設立したのか?」
※Yostar Picturesが制作した『アークナイツ』アニメPV。2020年1月8日に公開された。
Yostarと同様、代表取締役社長を務めるのはエッチでオタクな李衡達氏。さらに取締役には、合同会社アルバクロウの稲垣亮祐氏、斉藤健吾氏の名が連なっていた。
稲垣亮祐氏は、『キズナイーバー』のラインプロデューサー、『異能バトルは日常系のなかで』のアニメーションプロデューサーなどを担当、斉藤健吾氏は、『プロメア ガロ編』の作画監督、『SSSS.GRIDMAN』総作画監督などを務めている。
「なぜこの実力派メンバーが揃ってアニメ会社が設立されたのか?」
「これからなにを仕掛け、なにを成そうとしているのか?」
その疑問を解決すべく、ニコニコニュースオリジナル編集部はYostar社へ向かった。
アニメ会社設立の経緯から、社内でのアニメ制作の手法、さらには今後の展望など、お話を聞いていくなかで明らかになったのは、Yostar Picturesがとにかくアニメーターを大事にする組織だということだった。Yostarがなぜあえて新たにアニメ会社を設立したのか、純度100%混じりっけなしのイイ話をお楽しみいただきたい。
会社設立のきっかけは『アークナイツ』PV制作
──まずは李社長にお聞きしたいのですが、ゲーム会社であるYostarがなぜアニメ制作会社を立ち上げようと思われたのでしょうか。
李:
Yostarでスマホゲームの運営事業をするなかで、宣伝施策の一環としてアニメPVが有効だと思っていたんです。しかし、他社様にお願いしてPVを作っていただいても、我々が目指したクオリティのものにはならず、ユーザーのみなさんへお届けできなかったこともあったんです。
そもそもの話、外の会社さんとですと密にすり合わせをする時間的余裕もないですし、外部に委託すると、このままならぬ環境がずっと続くんじゃないかという予感もありました。この状況を変えるために、自分たちでアニメを作るラインを1本手元にほしいと思うようになったのが、Yostar Pictures設立に繋がっています。
──会社設立を思い描いた時期はいつころなんでしょう。
李:
2019年の春くらいです。
──えっ! というと、思いついてから1年もたっていないじゃないですか!?
李:
なにをおっしゃる! 我々は中国企業ですから(笑)。
──さすがのスピード感です。思いついた段階で、どういった方々にお声かけをしようかは、社長のなかである程度構想はあったんでしょうか。
李:
とくにありませんでした。ただ、普通の中国の会社ですと、すでにあるアニメスタジオを買い取ってしまうのが一番手っ取り早い方法ではあるんですが、それは考えていませんでした。
というのも、アニメ業界には個性豊かなスタッフさんがたくさんいて、そのひとりひとり個人の技術だったり発想だったりが、クリエイティブな部分ですごく大事なんです。そこに着目しないとうまくいかないんじゃないかと思いまして。
例えアニメスタジオを買い取ったとしても、そこにいるスタッフさんが別のスタジオへ移ってしまう可能性も想定できます。ですので、まずは中核となるコアメンバーを集めて、そこから事業を広げていけばと、従来とは逆の発想で進めていきました。
──なるほど。その発想から、稲垣さんと斉藤さんへのオファーという流れに繋がっていくんですね。おふたりはどのような経緯でYostar Picturesで関わっていくようになったのでしょう?
稲垣:
もともと僕と斉藤は、アルバクロウという会社でいろいろなスマホゲームの会社からPV制作などを請け負っていました。そのひとつとして受けた仕事に、Yostarさんの『アークナイツ』PV制作があったんです。
そのとき、半年ほどやりとりしていくなかで、Yostarのみなさんと仲よくなれたというのがひとつのきっかけですね。
斉藤:
『アークナイツ』のPV制作中、毎週Yostarさんで会議をさせてもらっていたんですが、ある日、帰宅中の車内で、稲垣さんから「Yostar Picturesというかたちでアニメ会社を作る?」みたいな感じでお話があって。じゃあ、やりますか、と。
──Yostar Picturesを将来的に作る前提で『アークナイツ』のPV制作のお話があったわけではなく、きっかけがそこなんですね。驚きました。というと、やはり李社長としても『アークナイツ』のPVは感触がよかったのでしょうか?
李:
よかったです。戦闘シーンの見せかたもかっこよく、クオリティの面でも満足のいくものでした。それと大きかったのは、PV制作の終盤で、ひとつだけリテイクをお願いしたのですが、そこもすんなり対応してくれたことでした。そのおかげで1発目のPVは、想定していたより遥かに多くの反響があったんです。すごくいい感じです。
──ちなみにリテイクをお願いした箇所とは?
李:
PVの最後、アーミヤの髪の毛がなびくシーンです。もっとヌルヌル動かしたいと。成果物としては申し分なくヌルヌル動くものに仕上げてくれました。
稲垣:
中割りの枚数を足してフルコマ【※】にしたので、すごく滑らかに動くようになりました。
※24コマあったら24個の絵で動かしていること。12個の絵を2コマずつ動かす2コマ打ちや、8個の絵を3コマずつ動かす3コマ打ちなどもある。
(画像は「アークナイツ」アニメPV フルVer.より)
労働基準法を守ってちゃんと会社としてやっていく
──いまの経緯をうかがうと、アルバクロウとしてはYostarとは業務提携を結ぶだけに留めて、他の会社とも取引がしやすい状態を残すという選択肢もあったと思うのですが、なぜあえてYostar Picturesという新しい会社で、はっきりとしたかたちを作ろうと考えたのでしょうか。
稲垣:
アルバクロウは、僕と志をともにする仲間たちが気軽に集まれる、同人サークルをそのまま会社にしたような場所だったんです。つまり規模としては小さい会社で、昨今アニメ業界で問題になっている労働環境の改善に向けて、会社として動くことが難しかった。具体的には、参加してくれるアニメーターのみなさんを社員として継続的に雇うことが難しかったんです。
Yostarさんから新会社設立のお話をいただいたのは、そうした状況でこれからアルバクロウを会社として大きくするか、それとも逆に、規模を縮小して同人サークルに近い状態に戻るか、今後についてちょうど考えていた時期だったんですね。
そんな一番いいタイミングで、アルバクロウはアルバクロウとしてかたちを残した上で、Yostar Picturesの一部門として活動する選択肢をいただいた……ということだと、理解していただければ。
──なるほど。アニメーターを月給制で社員として雇うことの難しさはどこにあるのでしょう?
稲垣:
やはり、どうしても会社としての人材維持のコストが高くなってしまうことですね。だからアニメ業界では基本的に出来高制なんですが、そうすると稼ぐためにはどうしても長時間労働が必要になって、労働実態がブラックになってしまいがちなんです。
Yostar Picturesはその点、立ち上げの段階から労働基準法を守った状態でやっていける体制を作る前提でお話をいただいたんです。
李:
個人的には、結果主義なので、いいものさえ作られるのであれば、全然出社しなくてもなんの問題もありません。給料もちゃんと払います。
稲垣:
そう聞いて、「めっちゃいいじゃん!」と斉藤とも話していて。そういう条件をいただけるのであれば、我々もその分、しっかり納期を守ってやっていこうと。
言わないとやらない、言ってもやらない人ばかりなこの業界のなか、斉藤を中心に条件をよく理解して、集まってくれたのがいまのチームのスタッフになります。
斉藤:
例えばですが、“連絡したら連絡が返ってくる”って、社会人だったら普通のことじゃないですか。でも、アニメ業界にはそれができない人がすごく多いんです。そうしたことが当たり前にできる人が、一般の、普通の社会人のように暮らしていけるようにしたかった。
Twitterでも書かせていたのですが、少しでも変えられるチャンスをいただけるのであれば、この環境を変えたいという想いがずっとあったんです。なので、Yostar Picturesの労働条件を伝えて、「いっしょに仕事しない?」と僕自身が直接スカウトをして連れてきた後輩の子もたくさんいます。
変えられるチャンスをくれるのなら、少しでも変えたいんです。
— 斉藤健吾 (@kengo1212) January 10, 2020
──アニメ業界の働きかたは特殊というか、働く時間も人によってバラバラで、出社形態や連絡手段も会社によって異なるのを、膨大なマンパワーで調整している。結果的に、いろいろなセクションに過剰な負担がかかるケースも多い。そんな印象です。
斉藤:
そうなんです。そこを一般的な労働環境に近づけることで、もっとチームとして仕事がしやすくなると思うんです。それによって、コンスタントに成果物をあげられるようになり、安定して仕事を受けられる体制に繋がる、そういうチーム作りをしたかったんです。
クオリティの低いものを無理に作る必要はない
──会社が立ち上がり、実際に動き始めているところだと思いますが、現在動いているタイトルについて教えていただけますか。
李:
すでに発表済みですが、『アズールレーン びそくぜんしんっ!』と『アークナイツ』のPV制作が中核事業となっています。
(画像は株式会社Yostar Pictures公式Twitterより)
──当然かもしれませんが、Yostarが運営しているゲームタイトル関連の展開を軸とされているわけですね。『アークナイツ』のPV制作スケジュールは、年単位でかなり先のイベントに合わせたものまで決まっているんでしょうか?
李:
全然決まってないですね。すべてのイベントに合わせて作る必要はないと思っていますし、アニメ会社を持ってるから、「とりあえずがむしゃらに作ろう」みたいな雰囲気は出したくないんです。と、言いながらも、けっこうがむしゃらにやっているところもあるのですが(笑)。
斉藤:
というのも、僕らのほうがわりかしがむしゃらなんです(笑)。
稲垣:
そうですね。『アークナイツ』にしろ『アズールレーン』にしろ、僕らにとってすごく好きなタイトルなんです。それが仕事の原動力として大きいです。
李:
稲垣さんも斉藤さんも遊んでくれてますが、アニメーターの方々も『アークナイツ』を遊んでくださってますよね。
稲垣:
みんなやってます。『アークナイツ』でもらった給料を全部『アークナイツ』に還元するくらいの勢いです(笑)。斉藤はとくにすごくて。
斉藤:
現状出ている★6オペレーターは全員持ってますね。「出るまで引けばいいし! 」という、ファンキーなやりかたでやってます。
──無理ない課金は無課金って言いますから(笑)。
稲垣:
それだけ好きなタイトルのPV制作ができて、しかも「やれるだけやっていい」と言われたら、じゃあ、「やれるだけやろう!」って気持ちになるじゃないですか。
──そこもYostar Picturesの特殊なところですよね。通常の受注関係だと、作るほうがどんどんやりたいことがあっても、提案することはできない。でもこの会社では、発案すれば、できる環境がある。
斉藤:
本当は『アークナイツ』のイベントごとにに全部ムービーを作りたいって……。
稲垣:
思っているんですけど、実際やるとなると、作業量的にまあ大変だよねって話してはいて(笑)。
※『アークナイツ』サイドストーリー 騎兵と狩人の告知PV。
──Yostarさんがそういうことを言うならわかるんですよ。「アニメ会社を作ってスタッフを抱えたからには、何本作っても人件費は同じ。作品をどんどん作ってもらわないと困る」と。でも、逆なんですよね。むしろスタッフ側がどんどん作りたい。
稲垣:
李さんからはむしろ、クオリティの低いものを無理して作る必要はない、とお話いただいているんです。
なのでそこは、我々として真摯に受け止めて、しっかりとしたものを作れる体制とスケジュールを作っていきたいと思っているんです。
──いい話すぎますね。クオリティにうるさいアニメ好きの気持ちがよくわかられているというか……。
李:
何度か申し上げていますが、我々はオタクだらけな会社ですから。作品を作る人たちが好きで楽しんで作れないと、ユーザーが楽しめるコンテンツになるわけがないと思っています。なので、いまの環境は超望ましいんですよ。
稲垣:
李さんがおっしゃられた通り、オタク度が同じくらいなので、ものすごくやりとりがしやすいんです。これまでゲーム会社からアニメ制作の発注をいくつも受けてきましたが、作品に対して愛を感じられない発注ってあるんです。本当はゲームを好きじゃない、オタクをバカにしているだろ、って。そういうのってすごく伝わるんですよね。
それがYostarさんでは社長から出てきていただいて、会社の空気感もお話いただいたので、非常にやりやすかったんです。