世にも面白い飲み物の戦争――コカ・コーラとペプシの100年を超える闘いの記録
ニコニコドキュメンタリーでは、『ザ・ライバル』と題して、世界が注目する“ライバル関係”を描いた12作品を、ニコニコ生放送にてお届けします。ペプシとコカ・コーラによるコーラ戦争、スティーブ・ジョブスとビル・ゲイツ、ダイアナ妃とエリザベス女王の王室嫁姑対立など、さまざまなジャンルの“ライバル関係”の裏側に迫ります。
本稿では、そんな『ザ・ライバル』シリーズの内容を、ニコニコドキュメンタリーのプロデューサーを務める吉川圭三が解説。「世界まる見えテレビ特捜部」や「恋のから騒ぎ」など、数々の人気テレビ番組を手がけてきた吉川氏が語る、それぞれの対決の見所とは……!?
おそらくこのドキュメンタリーは、広告収入で成り立っている日本の民間放送ネットワークでも、商品名がやたら出てくる事を忌憚(きたん)するNHKでも放送できない代物だと思う。
しかし私も、世界のドキュメンタリーを色々見て来たが、正直かつてこんなに面白い年代記(クロニクル風)ドキュメンタリーに出会った事が無いと言いたい。要は単なる2社の飲料メーカーの栄枯盛衰と、熾烈で時に滑稽(こっけい)な対立と闘いの映像記録であるのだが。
コカ・コーラは1886年に生まれ、その8年後にペプシコーラが生まれる。そしてある意味、都市伝説だったとされる「初期のコカ・コーラには本物の麻薬のコカインがはいっていた。」という逸話の答が冒頭であっけらかんと明かされる。
コカ・コーラはアメリカにおいて普通の発泡飲料でなく、もはや「思想」であり「哲学」であり「伝説」であり国内外において「アメリカ精神の体現者」であったことが、これでもかと描写される。(立派なコカ・コーラ博物館も出てくる。)
しかし、皮肉な事に1930年代の世界大恐慌で失業者があふれたアメリカで、かなり値段を安く設定していた後発のペプシコーラがコカ・コーラを抜く勢いで売上を大幅に伸ばしたのだ。だが、景気が復帰した後、なんと第二次大戦中ナチスドイツ時代にも、堂々と大量にドイツへコカ・コーラは輸出されていた。コカ・コーラからナチスドイツを内部崩壊させようとでも誰かが考えたのであろうか。
またその頃、アメリカの国民的画家ノーマン・ロックゥエルは、何枚ものコカ・コーラのポスターを描いた。これらは今でも使用され(特にクリスマス・バージョン等)、アメリカ人の精神の最深部に今でも深く沁み込んでいる、立派な絵画作品である。
戦勝国となったアメリカでコカ・コーラは、豊かな、洗練された、先進的な、清潔な、強いアメリカのイメージそのものとなった。彼らは世界中にコカ・コーラを輸出し、制覇した国を塗りつぶし、真っ赤な世界地図をオフィスに誇らしげに掲げた。
巨人・コカ・コーラと中堅・ペプシは文字通り「良きライバル」として、ポスターからテレビコマーシャルからキャンペーンまで、刺激を与えあいアメリカサブカルチャー史にも名を残す販売・広告作戦を繰り広げる。もしかしたら宿敵ペプシが無ければ、コカ・コーラもここまで伸びなかったかも知れない。そう、ペプシは油断できない存在だからだ。時に彼らはとんでもない奇策をひねり出す。
ペプシに恐いものはない。マイケル・ジャクソンから現職の米国大統領をも動かす。1959年、当時のニクソン大統領は、モスクワ訪問時に当時ソビエト連邦最高指導者であるフルシチョフに、ソビエトで初めてペプシコーラを飲ませる。これはつまり両国の友好の証と言う名目であったが、ペプシの強力な宣伝パフォーマンスでもあった。
一方、コカ・コーラも黙ってはいない。1976年、中華人民共和国の毛沢東主席が逝去し、悪名高き四人組が粛清されると、早速中国での販売を始める。また1985年には、NASAのスペースシャトルで宇宙空間でコーラを人類に初めて飛行士に飲ませたりする。片や日本での販売権をサントリーに売却したペプシは、1997年映画「スターウォーズ」のボトルキャップをペプシのボトルに付け、爆発的に売り上げを伸ばした。
このドキュメンタリーのクライマックスについては敢えてここには書かないが、ペプシが行ったあるテストによってコカ・コーラは大変な窮地を迎える。しかもコカ・コーラ側の打った手が最悪だった。
その後も容赦なく時代の波が押し寄せる。ダイエット・健康志向等に両社は対処しなければならなかった。2000年を超えこの宣伝戦争は、YouTube、Facebook、TwitterなどSNS・アプリに戦場を変えた。闘いは続く……。と番組は終わる。
しかし、私は思うのだが、この「コーラ飲料」戦争、当たり前だが今後想定敵国をコカ・コーラやペプシだけの2社だけで闘えなくなってくるであろうと思う。飲料メーカー関係者は十分ご存じだろうが、例えば日本に立ち並ぶ自動販売機やコンビニエンスストアーに置かれた夥しい種類の飲料。近年、我々日本人は販売機から冷たいペットボトル入りの日本茶を飲んだりするのも普通になった。
もちろんその自動販売機は、現地法人化した日本コカ・コーラが所有し、日本茶製品も同社が企画・開発・製造・販売しているものもあるだろう。またある日、我々は日本におけるペプシコーラの販売権を持つサントリーの自動販売機から「黒ウーロン茶」を購入し飲んでいることもあるだろう。「コカ・コーラVSペプシ」という構造だけでは、現代の飲料戦争は可視化出来ないのである。
何か、それは大げさに言えば「東西冷戦」構造が崩壊し、有象無象の新しいパワーが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している激動と混乱の現代世界情勢の様でもある。もっと、言えば飲料という意味ではスターバックスコーヒーと言う強力なコンペティターも無視できない。さらに缶コーヒーで言うと……。
この辺でもう止めておこう。それにしても「このドキュメンタリーはどこか滑稽さがある」と冒頭に触れたのは、このコカ・コーラVSペプシと言う2元論的闘いが、いまやこの混沌とした現代社会ではどこかそんなノスタルジックな感覚とプロレス対決の様なアナクロさを持って見えるということを指しているからであろうか。……それにしても「あれは良い時代だった。」と人々は言うのであろうか。私は個人的には、「白黒はっきりしていて両方とも本気で大変に面白い時代だった。」と思うのだが。
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