映画『孤狼の血』アウトロー刑事を演じる役所広司の演技を評論家らが語る。「『シャブ極道』のキレッキレの役所さんが帰ってきてくれた」
俳優の役所広司さん、松坂桃李さんらが出演する暴力団対策法が成立する以前の広島を舞台に、組織間の激しい抗争を描いた作品『孤狼の血』が5月12日から全国公開されています。
映画解説者の中井圭さん、女優の清水くるみさん、放送作家の鈴木裕史さんが出演する映画情報番組「シネマのミカタ」では本作品の監督である白石和彌さんが登場。
本作品のキャスティングについて話題が及ぶと、白石さんは主演の役所さんについて「いない時でもその残像があるから、映画に与えている影響が大きい」と述べ、役所さんのバディ役の松坂桃李さんについては「役所さんとバディを組める30歳前後の役者はそんなに多くない」と、ふたりの本作品においての存在感について語りました。
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「中途半端なものはできない」。観客への挑戦状で映画が幕開け
中井:
この作品を語るには、僕はまず冒頭から語らなきゃいけないかなと思うんです。冒頭に豚小屋のシーンがありましたけれども、最初の5分、10分で結構ギョッとする人がいると思うんですが、冒頭の意識はどう考えていましたか。
白石:
まず踏み絵をやろうと(笑)。
鈴木:
お客さんに対して?
白石:
そうですね。
中井:
なるほど(笑)。
白石:
プロデューサーからも、「中途半端な作品はいらないので」と。
中井:
腹をくくっていったんですね。
白石:
そうですね。「失敗する時は僕らがケツを持つので、盛大にやってくれ」と。
中井:
今時めずらしいプロデューサーじゃないですか(笑)。ヤバイですね。
白石:
「いいんですか?」って(笑)。
鈴木:
ちょっと男気感じますね。
白石:
そんなことを言われて中途半端なものはできないし、とはいえ映画としてのパッケージ感も必要だから、その良いところを探っていって、木刀の……。
中井:
強烈な。あのシーンを見ただけで映倫【※】の人がどのへんにポジショニングするのかが、すぐ想像がつく(笑)。
※映倫
映画倫理機構。青少年の健全な育成を目的とし、映画界が自主的に設立した第三者機関。
鈴木:
それをお客さんに見せて「こういう映画ですよ」「ついて来られますか?」みたいな意識があるんですね。
白石:
もちろんそうですし、冒頭のシーンも後半にはすぐわかっていくので、それがあればあるほど、登場人物と見ているお客さんは気持ちが一致する感じが大きくなるだろうなというのはありました。
中井:
冒頭からしてちょっとびっくりしたんですよ。日本映画でなかなかそういうものは見ないじゃないですか。韓国映画だったらまだあるけれど、日本映画では……。
そう思うと、それこそ園子温さんがやっているような描写とはまた違うアプローチで、強度は同じ以上というのをやっていて、これからすごいのがはじまるんだなという宣言のようなものを感じます。この先の展開も、まさに負けず劣らずと言うか、そこからつながっていく話だと思っているんですけれど。
白石:
冒頭のかましって、僕は『日本で一番悪い奴ら』とかも、綾野剛くんが演じる新米刑事が「シートベルトをしめる刑事がどこにいるんだよ」って言われたりとか。
中井:
挑戦状的なね。
白石:
宣言しておいたほうが、お客さんもすごく見やすくなるんだろうな、というのはあります。
『シャブ極道』の役所広司が帰ってきた!? 歳相応の中でベストな演技を披露
中井:
そういう宣言をしながらも、強度が落ちていく作品はあるんですけれども、この作品は全く強度が落ちないというか、むしろ加速していくというか、ドライブしていくというか。そこの要因ですごく大きいなと思っているのが、キャストなんですよね。まず、役所広司さん。
白石:
すごいですよね。
中井:
『シャブ極道』ですか?
(画像はAmazonより)
白石:
本当に僕が映画界に入って、『シャブ極道』だったりキレッキレの役所広司を見ていたわけですよね。最近ももちろんあるんですけれど、あのヤクザだった役所さんが、ちょうど撮影していた時は還暦だったんですけれど、こんがらがらしたらどうなるのかなっていうのを単純に見てみたい。
中井:
役所さんのお芝居を最近見ている方って、おそらくそういう印象がないじゃないですか。『渇き。』とかでちょっとやりましたけれど。でもそのちょっと前らへんとかで言うと『パコと魔法の絵本』でちょっとワイルドな感じはあったけれど、それ以外は基本あまりなかったじゃないですか。
だから『シャブ極道』の役所さんって、マジでキレッキレでヤバイなっていう感じがあったので、そういう意味では帰ってきた感というか、しかも年代が違うというのがすごく大きかったなと思いましたけれど、実際にお仕事されてみて、どうでしたか。
白石:
僕程度の監督の言うことにも「わかりました」って全部やってくださるし、印象として台本に書いてあるト書きとセリフもそんなに変えずにやるんですけれど、何か違って見えるというか。何か変なんだよな(笑)。
中井:
それは自分の想定している、たぶんこういうふうに表現してくれるだろうなというものを超えてくるということですか。
白石:
そうです。普通は超える時っていろいろなパターンがあって、違うアプローチをして「あぁ、そういう解釈ね」っていうのはあるじゃないですか。役所さんは、僕が思ってる解釈とぶれていないんですよ。だけど何でそうなるの? っていう不思議な感じがある。
鈴木:
すごいな。(清水さんに向かって)それは役者としては鍛えておかないとだめだよ。
清水:
すごいですね。私もそう思わせたいですね。
鈴木:
それはやっぱり演技力とかなんですか。
白石:
そうですね。演技力とか、やっぱりここまで積み上げてきたものとか、いろいろなことでしょうね。
中井:
引き出しが多い俳優さんっているじゃないですか。「次のテイクは違う感じでやってみて」って繰り返し違う形で表現する。そういう幅の広さのある役者さんはいらっしゃると思いますが、役所さんはプラスアルファで上下の深さが違うということで超えてきたということだったんですね。特にそれを感じたシーンはありますか。
白石:
ファーストシーンからそういう意味ではすごい楽だったのは、役所さんがどのテンションで芝居をするかっていうのが、僕が役所さんと「もっとこうですね」と決めちゃえば、役所さんが現場に入ってくる時に、みんな必ず「今回の役所さん、どんな感じかな」って見るわけなんですよね(笑)。
中井:
そうですよね、軸ですからね。
白石:
それがスタートからあのテンションでやってもらったので、この熱量でできるんですね。
鈴木:
周りもみんなそこへ追いつかなきゃいけないですもんね。
白石:
このセリフでこんなに叫んでるの!? みたいな(笑)。
中井:
クランクインした初日のカットってどこだったんですか。
白石:
初日はパチンコ屋に入る前にふたりで話しているところですね。
中井:
そこからそのテンションで来たぞっていう。
白石:
そうですね。
中井:
かつて『シャブ極道』とかで見ていた役所さんと、歳を経て変わってきた役所さん、自分が演出している役所さんを比べた時に、どういう違いを感じますか。
白石:
僕、嬉しかったのは役所さんって歳相応な男を演じたいというのがおありで、なぜか日本において、なかなかそれって難しいことなんです。それをちゃんと自分の中で決めていらっしゃるので「今60歳だけど、大丈夫?」って言いながらも、この年齢の中でのベストをやってくれました。