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かつて“童貞”とは妻に捧げるものだった――童貞はいつから恥ずかしいものになったの? 社会学者・澁谷知美先生に聞いてみた

 少子化が深刻化する昨今、日本では生涯未婚率が上昇しています。社会保障・人口問題研究所の2015年度調査では、18~34歳の独身男性の42%が「性経験がない」と回答しています。

 「ニコニコドキュメンタリー」では童貞について特集した番組が放送され、番組内では東京経済大学准教授の澁谷知美氏へインタビューを行いました。

 澁谷氏は、戦前にあった「童貞=美徳論」が現在の童貞観に変わっていった経緯を解説し、今後の童貞への風当たりについてはネット時代を迎えて童貞への風当たりが厳しくなったと分析しました。番組後半では、童貞で悩む視聴者へ「人を恨むのではなく、自分の人生を充実させること」とアドバイスを送りました。

澁谷知美氏。

“童貞”の定義――「性行為をしているか否か」「童貞の精神性」

澁谷:
 基本的に私が採用している定義は、性行為をしているか否かというところですね。これは私が独自に考えたわけではなくて、いろいろな人が定義を試みています。

 いくつか面白い定義を挙げますと、まず基本的に皆、性行為をしているか否かということを論じるわけなんですけれども、例えば性行為はしてみたが、でも緊張しすぎて発射をしなかったとか、あるいは挿入する前に発射をしてしまった。で、挿入がままならなかった。これは童貞なのか否かというような議論もあります。

 あと最近、面白いところでは、2002年にみうらじゅんさんが、伊集院光さんと一緒に『D.T.』という本を出したんですね。その中では、精神性が重視されていて、精神的にまだ童貞を引きずっている奴は、性行為をしていようと、まだ童貞である、というような定義を出してます。

『D.T.』
(画像はAmazonより)

 これは2000年位の話だったんですけれども、でも遡ると1920年代に澤田順次郎という性科学者がいて、その人も「性行為をしていなくても、心が汚れている人は童貞ではない」という似たような精神性を重視した定義をしています。

「童貞いじり」の起源は70年代の雑誌文化にあり

──なぜ童貞はいじられるのか?

澁谷:

 これは80年代から変わっていないと思うんですけれども、「とにかく一度でいいから女をいてこますべきだ」という規範が男社会にはあるわけですよ。「それをやったことがないのは半人前の男だ」ということで、いじられてるんだと思います。

 敢えて下品な言い方をします。性的に「ヤる」っていうのは、「女を支配する」という意味合いが入っているんですよね。対等な関係でセックスするというよりは、「女を一度でいいから支配して、イカせる。そういう経験がない奴は、半人前だ」という考え方が戦前からありました。

 ただ大衆的に特に若い人に一気に広がったというのは、70年代からだと思います。その時何があったかと言うと、「平凡パンチ」とか「週刊プレイボーイ」といったような、青年誌が非常に盛んに読まれた時期なんですよね。そこではセックス特集が、しばしば組まれていて、一つの娯楽としてセックスが扱われていたんです。

『平凡パンチ傑作選 The Vintage Eros ヴィンテージ・エロス Vol.1』
(画像はAmazonより)

 それで若い人がレジャー的にセックスを楽しむ風潮があって、その中で女性の側もセックスを楽しむ空気が出来たわけですよ。それまでは女性は結婚するまでは処女じゃないといけないという価値観だったのが、それ以降、女性も婚前交渉をしていいんだというふうになったわけですね。そうなると男性側から見ると婚前交渉をするチャンスが増えるっていうことなんですよ。

 そういうふうにチャンスがある中で、なおかつ女性をいてこますことが出来ない奴は駄目だっていう、そういう空気が醸成されていったんですね。

戦前の“童貞=美徳論”「新妻に捧げる贈り物にします」

澁谷:
 戦前ですと、山本宣治という性科学者がいまして、その人が学生に対して大規模な調査を行っているんですよ。その調査の結果を見てみると、童貞の人たちっていうのは、非常に自分にプライドを持っていて、「結婚するまでは絶対僕は童貞を守ります」、「新妻に捧げる贈り物にします」とか、あるいは「処女を得んとすれば自分も童貞でなければならない」といったような、童貞に対してとても肯定的な評価を与えているんですね。

 「何故あなたは童貞を守っているんですか?」というアンケートも取っていて、その第1位が「両性の貞操の平等のため」。つまり相手に処女を求める以上は、自分も童貞でなくちゃいけないということを、非常に真剣に信じていました。

 ただ実利的な理由というのもあって、第2位に挙げられているのが、「性病が怖いから」ということですね。当時、もし婚前セックスをしようと思えば、素人の娘さんは、とても難しかったです。さっき言ったように婚前交渉が、非常に女性側には厳しく禁じられていましたから。

 となると、いわゆる売春宿とかに行かないと、男の子は婚前交渉が出来なかったわけですね。まったく出来なかったわけじゃないけど、しづらかったわけです。そういう場所に行くと、性病にかかりやすい時代だったので、やむなく「性病が怖いので童貞を守る」という理由もあるにはありました。

民族社会における“筆おろし”の文化

澁谷:
 まったく同じ時代に、全然違う文化圏があったんですよ。それが村落社会なんですけども、いわゆる民俗社会ですね。そういう社会では筆おろしの文化があって……。13歳くらいになったら、近所のオバさんに皮を剥かれる。あるいはそのまま性行為の練習をする、させられるというような文化があったんですね。

山本宣治の調査は1920年代に実施された。その結果の概要は、共同研究者である安田徳太郎著『性科学の基礎知識』(1950年刊)に掲載されている。写真は澁谷氏提供。

 そういったところでは、基本的に童貞って存在しないんですよ。もうみんな近所のオバさんと経験済みだから。そこではもちろん童貞の悩みっていうのもないので、すごく楽なんですよ。システムが出来ているから、そこに身を委ねればいい。

 人生に性行為がもし必要であれば、というかその社会では性行為というのは人生に必要なこととされていたので、そのシステムに身を委ねれば、全部、人生に必要なことが身につけられるという社会だったわけです。

 そこでは、性行為をしなきゃっていう焦りもないし、自分で結婚相手を見つけなきゃという負担もないですね。近所の人たちが、適当な娘さんとくっつけてくれるから、すごく楽。

 自分で恋人も見つけて、性行為まで持ち込んで、結婚まで全部自分でやりなさいよ、っていうふうになったのが、だいたい1965年位だと思うんですね。恋愛結婚とお見合い結婚の数がちょうど入れ替わる時期がその位なんですよ。自助努力で全部相手も見つけなきゃいけないとなったのは、1965年位かなと思います。

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