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【コミケ特集】年間5000サークルと接する同人書店の統括が語る、同人市場の最前線「今人気の作品は”AKB48″の楽しみ方に似ている」

「目的が細分化された」オンリーイベントの開催

金田:
 2017年、1番驚いたというかここまで来たのかあと思ったのが、「2OL」(トゥーオーエル)というイベントです。それって何かというと、百合【※】の即売会なんですよ。百合の中でも”大人百合中心”の同人誌即売会。社会人百合とかですね。

※百合
ここでは女性同士の恋愛感情や強い親交関係のこと。

――大人百合中心の同人誌即売会。

大人百合中心同人誌即売会「2OL」
画像は公式サイト より

金田:
 もともとニッチな百合ジャンルを、さらにニッチにしたようなオンリーイベントなんですよね。そしてこのイベント、ものすごい大勢のお客さんが来まして。私どもCOMIC ZINも、書店としてイベント参加してイベントの一部始終を見ていたんですけど、こんなにも対象が絞られたイベントに大勢の人が来たことも気になりましたし、実際に訪れた人たちは、委託ショップであれば比較的簡単に手に入る既刊本をその場で初めて手に取ったというような人が多かったんですね。その場面を見た時に、その人たちは普段は委託ショップを使わない人たちなんだろう、そうすると即売会にも来ない人たちなんだろうと思った時に、委託ショップも即売会も利用しない人たちがジャンルの中でも「大人百合」と、ここまで絞られることでて初めて重い腰を上げたのがこの目の前の光景なのかなと思いました。

――委託ショップやコミケには来ないような人たちが、どこかしらでそういう情報を手に入れて、はじめて実際に来てみようと思ったんですね。

金田:
 そうですね、その人たちが普段どんなオタクライフを過ごしていて、自分の欲求を満足させようと思った時にすごく考えさせられたというか、掘り下げる価値がある現象だなと思いました。ユーザーも作り手側も、読むのにカロリーがかかるというか、ストレスがかかる可能性のあるものがどんどん阻害されていて、作り手側も自分の趣味嗜好にピンポイントに絞り込まれたもののみを作ろう、受け手側もそういうもののみにお金を使おうという傾向が強まってるんじゃないかなという気がしますね。

COMIC ZIN同人統括責任者 金田明洋 氏

――無駄なものをそぎ落として洗練されていってるという感じでしょうか?

 金田:
 細分化が進みすぎている”という感じですね。特定の目的に果てしなく細分化されていって、例えば艦これでいえば、艦これの「鹿島」というキャラクターのオンリーイベントがあれば、鹿島が好きな人だけがくるじゃないですか。趣味嗜好とか、ゆらぎのないところまで細分化されたところまで提供する側が絞り込んで、ようやくお客さんが重い腰を上げるのかなという気がします。

 コミケや書店での、「偶然の出合いに価値がある」と皆さん仰られるんですけど、本音は偶然の出合いはそんなに求めてなくて、シンプルに欲しいものだけが欲しい”と言うことじゃないかなと。偶然の出会いでものを買うのって、ハズレることもあるし痛みを伴う可能性があるわけじゃないですか。今の風潮として、そうしたことをどんどんやらなくなるというか、オタク全体がシンプルに効率的に自分の欲求を満たす方法”に進んでいっている。

 「社会人百合オンリー」というそこまで絞り込まれたイベントに人が大勢来て、それも普段はこういうところに来てなさそうな人たちが来ているということは、そういうことなんじゃないかと解釈しています。

金田:
 あと象徴的なイベントとしては「技術書典」がありました。いわゆるプログラマー、エンジニアといったそういう人たちやそういう技術のものの同人誌のイベントです。こちらもイベントとしてはお客さんがたくさん来て盛り上がったわけなんですが、ここの人たちにあるのは純粋な動機というか、技術書を書いて例えば高級車が買えるぐらいに儲かるといった事はまずありえないわけですよ。ただ、自分の書いてるものに対して、見た人が何かしら評価してくれるだろう”という期待感があり、その自信がある人たちが書いているわけですよ。

2017年10月に開催された技術書典3 画像は公式サイトより

――より”自分の持っているものを誰かに伝えたい気持ちが強い人たち”が同人誌を作っているんですね。

金田:
 ”自分の持っているものを誰かに伝えたい気持ち”から出来上がったイベントなんだというのは実際に参加して強く感じましたし、だからあれだけイベントも盛り上がったんだと思っています。彼らは基本的に書きたいものだけ書いているので”熱量”がある。誰かにこれが売れるだろうから書けと勧められたわけでも無くて、ただ自分が日々生活する中で書きたくなったものしか書いてない。純粋な意味で「同人誌」だったのかなという気がしていて、原点に帰ったような気がしましたね。そういうものが盛り上がっているということは、まだまだまだ同人誌には可能性があって、機会さえあればまだまだ盛り上がることができるんじゃないかと感じさせられました。

「串の盛り合わせ」から自分で選んで推す時代

――オンリーイベントの開催数自体は増えている印象なんですけど、実際はどうですか? 

金田:
 イベントの開催される数ベースで言えばここ何年もずっとそんなに変わらないんじゃないですかね。ただお客さんの動きは変わっていて、”オンリー即売会に行く”という意識は高まってるんじゃないかと思います。自分の好きなジャンルにより深く関わっていこう、いい意味で言えば「1つの作品を長く愛する」傾向、敢えてネガティブな言い方をするなら他に移るところが無かったりして、「ジャンルから出て行く勇気がない」ともいえると思います。

ジグソーパズル『艦隊これくしょん-艦これ- 1000ピース 観艦式』より
画像はAmazon.co.jpより

金田:
 どんな作品も、最初から大量のネタを用意しているわけではない。串の盛り合わせみたいなもので、提供は10種盛り合わせみたいな形で出てくるわけですよ。で、「俺は砂肝だけを食べたい」という人たちがいる。今の主流は1人のキャラクターやストーリーだけを深く掘り下げて、それに対して読者が感情移入するというのではなくて、「たくさん用意したので、この中からお好きな串を選んで下さい」ということになっていると思います。

――言われてみれば、「艦これ」「けもフレ」「FGO」「刀剣乱舞」「アズレン」など今人気がある作品はキャラ数が多いものばかりですね。それでなおかつファンの好みはそれぞれ別れるし、マイナーなキャラにもちゃんとファンが付いていたりして、しかも「ファンがいるよ!」というのはSNSなどで主張するし、今はそれがすごく見えやすくなっていると思います。

金田:
 僕はこの現象、ちょっとリアルのアイドルであるAKB48などと似ていると思っていて、例えば松田聖子さんとか中森明菜さんとか、本質的な魅力を見抜いて時代を象徴するようなめちゃくちゃ輝く光を見つけてそれを一本釣りするのではなく、最初から小さな明かりを大量に集めて、ユーザーに育ててもらうんですよね。人気投票して1位になったらその子をプロモーションすればいいわけですから、作る側からするとめちゃくちゃ効率的ですよね。ユーザーも応援するという形で市場に対してものすごくマーケティングデータを与えたり、お金を使ったりするわけです。でも応援している側も満足しますし、誰も損しないという最高の関係なわけですよ。

――同人もそういう所がありますもんね。女性向きジャンルに顕著だと思うんですけど、キャラ数が多いジャンルでマイナーキャラにはまってしまった場合に、「そのキャラを推している人がいる」というのをアピールするために、pixivで件数が少ないと「盛り上がってないと思われるのが嫌だから下手だけど絵を描きます」とかグッズを大量買いする、という話を聞きます。公式からの供給を待つだけではなく、自らジャンルを盛り上げていこうという思いが強いのかなと。

コンテンツを通じて「自分語りする場」を得ている?

金田:
 先日ネット記事か何かで拝読したんですけど、楽しんでマイナーなキャラを応援してますみたいな人がいる時も、それが何なのかというと「自分語りをしてることそのものが楽しい」というのがありまして。究極、それそのものの価値や本当の意味とかを抜きにして、コンテンツに依存しなくてもTwitterだけでも楽しめるわけですよ。インスタ映えが話題になりましたがあれだって、自分の世界の中で写真を撮って褒められて生きているのが楽しいわけで、オタクに限らず現代人は自分語りできるツールがあれば楽しいわけです。もしかしたら漫画もゲームも下手すればある種の人たちからすればそういうものになりつつあるという風に割り切っているのかもしれないですね。だってもう、そういう人たちは究極ストーリーさえどうでもいいんですもん。とにかく自分語りができるって言うツールが必要で、それで十分なんですよ。

――Twitterなどを見ていると、ユーザーひとりひとり発信するし、それぞれがクリエイターみたいだと思いますね。

金田:
 まさにそうですよね。今はSNSがあって、それはみんなが発言できる場所であって、皆さんそこで自分の物語を語ることができるわけなので。例えば、小説って誰もが一本は書けると思っているんですよ。それは何かっていうと「自分のこと」です。凡庸かもしれないですけどそれで十分に面白いんですよ。飲み会などでは大体自分のことを話しますし、周りもその自分語りを聞きますね。ただ、そんな「飲み会で聞ける話」以上の価値とか面白さを小説とか漫画は目指していたはずなんですよ。けれどもそうした誰もが語れるようなものだけで世界が埋まってしまったらとそれはつまらないと思いますし、もったいないと感じますね。

COMIC ZINでは評論ジャンルに特に力を入れている

金田:
 こうした話をしてるといつも思うのは、なぜ人は”同人誌を書くんだろう”ということですね。うちの店では特に二次創作ジャンルよりも創作ジャンルや批評ジャンルに力を入れているんですけど、自分たちが普段扱う批評・評論本とかそういうのは問題になるのは自分のやる気だけなんです。例えば「焼肉の同人誌を作りたい」と思った時に、自分がその本の中で焼肉について語るとして、方向性をどうするかというのは誰も与えてくれないので、全部その人次第なわけじゃないですか。私が同人作家さんに向けて思うことはずっと変わらなくて、本当に書きたいものを書いて表現して欲しいと思っています。

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