「回天搭乗員の鬼気迫る具申にも的確な判断」伊58艦長・橋本以行の人物像を海軍史研究家が語る
長崎県・五島列島沖に沈む旧日本海軍の潜水艦24隻の特定を目指す「伊58呂50特定プロジェクト」。8月18日(米国時間)には、伊58によって撃沈された米海軍の巡洋艦「インディアナポリス」がフィリピン海の海底で発見され、ますます大きな注目を集めています。
8月22日から4日間にわたって行われる同調査に先立ち、海軍史研究家の勝目純也氏による「伊58の戦歴」「伊58の艦長・橋本以行とはどんな人物だったのか」の解説をお届けします。
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米海戦史上最悪のできごと ―巡洋艦「インディアナポリス」の撃沈―
日本海軍の潜水艦が実戦で活躍した期間は短く、太平洋戦争の3年8か月と言ってよい。その間、154隻の潜水艦が出撃して127隻が還らなかった。しかもそのうち114隻の潜水艦が全員戦死だった。
特に悲劇の度を増すのは昭和19年4月以降で、その期間で日本海軍の潜水艦が挙げた戦果は、日米で確認が取れているもので回天戦を含まないとわずか9隻である。そのうち戦闘艦は3隻で、反対に日本海軍の損害は66隻に及んでいる。つまり22隻の犠牲で1隻の戦果という計算になる。
米軍の損害3隻のうち、巡洋艦が1隻、駆逐艦が2隻で、唯一の巡洋艦である「インディアナポリス」を撃沈した伊58潜が特に有名となるのである。時のニューヨークタイムスは終戦後の社説に「インディアナポリスの撃沈は、我が海戦史上最悪のページである。その悲惨な物語は我々が勝利を得た今日、もっとも悲しい記録である」と書いた。
伊58によるインディアナポリス撃沈
昭和20年7月29日午後11時、浮上した時水平線に艦影を発見、ただちに潜航し観測を続行した。その敵艦は伊58潜に真っ直ぐ向かってきたが、やや右寄りに針路を変えたため魚雷攻撃に好位置となった。伊58の橋本艦長は月明かりが暗いため回天による襲撃は困難と判断、魚雷6本を発射した。
発射された6本のうち、3本が命中。この敵艦は巡洋艦「インディアナポリス」で広島・長崎に落とされた原爆をサンフランシスコで積載し、テニアン島に揚陸任務を終えてレイテ湾に向かう途中であった。原爆を届けたといっても、爆弾そのものを届けたわけではなく飛行機で運べない大きな部品を運んだのである。単独航行していたため、撃沈されたことを誰一人陸上で気がついた者はなく5日間放置され、乗員1196人のうち生存者は316人で米海軍3大悲劇の1つに数えられた。
伊58潜の艦長・橋本以行とはどんな人物なのか
伊58潜が竣工する丁度3か月前の昭和19年6月7日、艤装員長に橋本以行少佐が着任した。艤装員長は原則として初代艦長になる。伊58潜は終戦までわずか1年に満たない艦齢であったが、4度の回天戦に従事し、生還している。回天戦を通じて橋本艦長はどのような決断をしてきたのかを知ることで橋本艦長の人となりを知る一助としたい。
そもそも回天戦には大きく二つの方法がある。「港湾停泊艦攻撃」と「航行艦襲撃」の2種である。前者は敵基地の港湾に進入し、停泊している敵艦に体当たりを慣行する。しかし敵警戒厳重な港湾に接近することすら危険で、損害も少なくないことから洋上航行中の敵艦船を目標とするようになった。それが後者の航行艦襲撃である。この場合、敵艦を発見した場合、魚雷を使用するのか回天を発進させるかを決断するのは潜水艦長の判断になる。
橋本艦長は「インディアナポリス」を撃沈した時、回天攻撃隊「多聞隊」6基の回天を搭載していた。「インディアナポリス」を発見した際、追跡途中「敵影発見」「魚雷戦用意」「回天戦用意」と連続して発令している。しかし実際には魚雷を攻撃に使用した。理由は月明足らず暗夜のため、回天だと目標を見失う恐れがあったからである。
魚雷命中には乗員の士気は挙がったが、収まらないのは回天搭乗員である。再三発進許可を求めてきており、魚雷命中後にも「敵が沈まないなら出してくれ」との催促が続いたという。しかし回天は一度出してしまうと収容ができない。発進した後に敵艦が沈没すればそれこそ犬死となる。橋本艦長は冷静な判断で回天搭乗員の鬼気迫る具申にも、決心揺らぐことなく的確な判断している。
これを戦後に回天を発進しなかった温情と解釈する表現をみたことがあるが、間違いである。「神武隊」の回天戦では作戦途中、別の作戦の無線誘導艦に指名され、回天戦を中止している。その際の回顧録には、回天発進直前で作戦を中止させられたので「敵駆逐艦の配備状況だと回天を発進できても後はどうなったか。無事帰れなかったかも知れないが発進してみたかった」と書いている。
艦長として上級者から回天攻撃を任じられた以上、個人的にどう思っていたかは知る由もないが、艦長として私的な感情を作戦に適用することは考えられない。回天攻撃を命ぜられた艦長が自分の考えは回天戦に反対だから発進しないということはあり得ないのである。その中において彼我との態勢、天候等を判断して魚雷を撃つべきか、回天を発進すべきかを冷静に判断する姿は、橋本艦長の武人としての姿勢を知る大きな手かがりになると思うのである。
調査の様子は、下記番組で生放送を行います。