過酷な現実を描く『タコピーの原罪』のすごさ──血を流すし自殺もする“しずかちゃん”と空き地の土管で出会って始まる地獄の告発
タイザン5氏による漫画『タコピーの原罪』は、ハードな展開が話題を呼び、人気急上昇中の『少年ジャンプ+』連載作品です。
ニコニコ生放送「山田玲司のヤングサンデー」にて、漫画家・山田玲司氏は、本作が漫画『ドラえもん』やバブル世代の人々を意識して描かれた作品であると言及。さらに、具体的にどのような部分が意識されているのか、作中の描写をもとに考察しました。
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■なんでも道具で解決しようとした人々を告発する作品
山田:
まず、タコピーのセリフで「ハッピーを広げる」とは何か、という話をしていきます。
タコピーは「ハッピー道具」を使って問題を解決していこうとします。「ハッピーがいいに決まっている」「なんでも道具で解決すればいいじゃん」と。タコピーは楽観的で無知な我々の世代のこと、つまりバブル世代を指しているんですよ。
たとえば、学校には「みんな本当は仲良くやれるよね!」と語る先生がいますよね。「みんな学校に来たいに決まっている」という押し付けを持つ先生は、生徒が直面している問題を実際には知らないんです。
だから、後は道具で解決しようとしてしまう。「いい学校に行けば、なんとかなる」という考え方とリンクした非常に単純な物事のとらえ方です。『ドラえもん』のころは、もうちょっと世界全体が優しかったから、それでもよかったんですよ。
だけど現代では、もっと過酷な現実を生きているんだと、これは世代間の問題になってきます。おそらく、作者のタイザン5さんは年齢が若い人だと思います。彼が見てきた現実をもとに話をしているのでしょう。
そんな中で、何がすごいのかといえば、地獄を告発しつつ、受け入れているところなんです。地獄の先に行こうとしてるところがよくて、もう一歩手前だと「我々はこんな悲惨な人生を生きてるんだ」と告発して終わることが多かった。
しかし、タイザン5さんはもうひとつ先に行こうとしています。その過程の中で、上の世代の楽観的な無知に対して強烈な一撃を食らわせていますよね。だから、私としては痛快だったけど「申し訳ないな」とも思いました。
全員が悲観主義だと世の中が終わってしまうので、楽観主義はすごく大切だと思いますが、「なんとかなるよ」と言うだけでは、みんなが学校へ行けるとは限りません。
それなのに「うちの学校はいじめがありません」という弁明から始まり、全員が学校へ行けるパーフェクトワールドがあるという妄想の中で生きている教育者もいますよね。つまり、そういった教育者を見立てた存在がタコピーなのだと思います。
タイザン5さんによる「道具があれば解決するという教育理念のもとで、学校は成り立っていたんじゃないのか」という批判を漫画から感じるわけです。
先ほど話に出た『ドラえもん』には、特徴的な存在として空地の土管が登場します。『タコピーの原罪』でも空地に置かれた土管が描かれますが、現代の空き地には土管がありませんよね。
空き地に土管という組み合わせは、これからインフラが整っていくという昭和の夢が乗った希望の場所なんです。世の中が、そこから豊かになるように準備された場所で子どもたちが遊んでいたから、土管が置かれた空地は夢と希望を象徴していたんです。
そんな場所に『タコピーの原罪』でも、しずかちゃんという女の子がいることは確信犯だとしか思えません。
■ループものとして一歩先を行く『タコピーの原罪』
山田:
『タコピーの原罪』は、テレビアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の放送から11年が経過して連載されています。そのときに暁美ほむらがやっていたことを、タコピーがやっているんですね。
放送当時に虚淵玄さんがやっていたことを、タイザン5さんがやったときに出た違い次第で、解釈がどれだけ進んだのかがわかると思います。
奥野:
『タコピーの原罪』では、時間をループするための機械が壊れちゃうじゃないですか。過酷な物語は最終的に何かしらの救済があるから、まとまるところもあるのに、救われるパターンを1個ずつ潰していくのが……。
山田:
途中でループが出来なくなってしまう。つまり、縛りがあるんですよね。それによって、ループものの何かに対する回答が出るかもしれません。
久世:
『魔法少女まどか☆マギカ』では、主人公の鹿目まどかが死にながらも、彼女自身も世界を救たいと思っていたわけじゃないですか。彼女は、どちらかといえばタコピー側の人物だったんですよ。
でも、タコピーはみんなのことや世界のことがまったく見えてなくて「なんで幸せなことしないんだろう」としか言ってない。『タコピーの原罪』だと、どれだけ戻ってもどれだけ戻っても、しずかちゃんの幸せな世界が用意されていないんですよ。
だから、ループすることに対して、序盤から違う考えが提示されていると思います。なんで戻っているのかもわからないし、救えるかどうかもわからない。
山田:
『ドラえもん』の中で描かれる源静香ちゃんは、パーフェクトガールですよね。でも「その静香ちゃんは、現代にはいないんですよ」という下の世代からの叫びを感じます。
昭和46年には、いたのかもしれませんが、若い世代から「いまのしずかちゃんは、こうですけど」と言われているようにも思えますよね。
奥野:
いわばトロフィーのような存在に『ドラえもん』の静香ちゃんは、なっていたんですよ。つまり『ドラえもん』ですら、いわゆるホモソーシャルな社会でした。
だけど、『タコピーの原罪』のしずかちゃんは、飾りじゃなくて、血を流すし、自殺もするし、といった2020年代の新しいヒロイン……。ヒロインなのかな、なんだろうなこれ。
久世:
それに対してタコピー先生は、ずっとハッピーを押し付けようとしていきますよね。そして、幸せという概念が無上のものなのかどうか、という幸福論に話が進んでいきます。
それが『ドラえもん』に対して答えを出そうとしていることだと納得できました。ルールに乗れない者たちが、どう生きればいいのかという答えの出ない問いを始めようとしてますよね。
そこがいいなと思います。いいけどつらい、連載が終わってから読みたいですね。だって、つらいんだもん毎週(笑)。
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