“なんでもあり”な『ドラクエ3』RTAがヤバい。「ファミコンを合計350台購入」「ホットプレートで本体の温度管理」──ついにはラスボスのゾーマを倒さずにクリアするチャートが開拓される
『ドラクエ3』なんでもありRTAというジャンルをご存じだろうか。
ひと言で表すと、『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』(エニックスより1988年2月10日発売)を「どんな手段を使ってもオーケー(データの事前仕込みなし)な条件で最速クリアを目指す」わけなのだが……そのタイム短縮術が常軌を逸していた。
個体値の高いファミコンを求めて本体を合計350台購入する。
ホットプレートを駆使してファミコンの温度を管理する。
プレイ中に『ドクターマリオ』、『星のカービィ』、初代『ファイナルファンタジー』のカセットと入れ替える。
ファミリーベーシックを使ってコードを入力する。
これらのアクションでなぜタイム短縮を狙えるのか。その原理も、この方法を試そうと思い至った経緯すら想像できない。
そんな未知の世界に迫るべく、今回ニコニコニュースオリジナル編集部では、『ドラクエ3』なんでもありRTA走者であり、国内最大のRTAイベント「RTA in Japan Winter 2021」にも出走するばくぜろさん、ひっしーさん、ピロ彦さんにアプローチ。
最終的には室温28度、鉄板温度28度、本体基板温度27度の運用を目指します。窓はスタイロフォームで断熱済み、エアコンの電源工事、取り付けもしました。温度計は鉄板と基板温度の2系統。操作は互換機改造ジョイカードmk2(連射あり) ドラクエ3は初期ロットのMMC1搭載モデルを使用します。#RTAinJapan pic.twitter.com/6JdMvTZIXj
— Hitsheegame@ホットプレート使い (@Hitsheegame) December 24, 2020
昨年の「RTA in Japan」でも話題になったホットプレートが具体的にどのような効果をもたらしているのか。なぜこのようなトンデモナイ手法を思いついたのか。知られざる『ドラクエ3』なんでもありRTAの世界を覗き見すべくお話を伺った。
……のだが、どうやら『ドラクエ3』なんでもありRTAはさらに次のステージに進んでいたようだ。ホットプレートによる温度管理チャートから別次元に進化した新たなチャートでは、なんとラスボスであるゾーマすら倒さないでクリアをするらしい。
合計350台ものファミコンを購入して最強の本体を厳選
──『ドラクエ3』RTAのタイム短縮のためにホットプレートを使うというちょっと意味がわからないテクニックは、一時Twitterトレンドにも入るほど話題に(参考リンク)なりました。そもそもの疑問なのですが、なぜゲームのRTAでホットプレートを使うことになったんでしょう?
ひっしー:
それについてお答えするには、「電源ON/OFFバグ」と「ファミコンの個体値」から説明する必要がありまして。
──「ファミコンの個体値」……いきなりすごい単語が出てきましたね。
ひっしー:
『ドラクエ3』のなんでもありRTAでは「電源ON/OFFバグ」というバグを使っていたのですが、このバグを発生させて生じる結果(所持アイテムや覚えている呪文など)がファミコンごとに違うんです。
最速でのクリアを目指すには、ラストダンジョンに入るための“にじのしずく”というアイテムを所持していて、最後の町であるリムルダールにルーラで移動でき、鍵開けに必要なアイテムか魔法があって、かつラスボスのゾーマを倒せる戦力が揃っている必要がある。そのデータを錬成できる本体があるかどうかが重要だったんです。
──な、なるほど……。いい記録を出すためには、いかに強いデータを出せるファミコンを持っているかが大事だったと。
ひっしー:
はい。だから記録のために最強の本体を求めて買い漁っていたんですが……いつの間にか350台も買ってしまっていました。家に置いておくだけでもスペースをとるので大変です。
──350台!? も、もしや『ドラクエ3』なんでもありRTA界隈ではそのくらいファミコンを買いまくって厳選するのが常識なんですか?
ばくぜろ:
いえ、うちは20台くらいですね。
ピロ彦:
僕は2台のみです。
ひっしー:
僕がちょっと特殊なんだと思います。ばくぜろさんが当初最強に近い本体を持っていて、ピロ彦さんも2台のうち1台が偶然にも神本体だったので、それが羨ましくて本体を買い漁っていたらこんな台数になってしまったんです(笑)。
──それを聞いて少し安心しました(笑)。
ピロ彦:
ただ、うちのファミコンは部屋を寒くしないといけないという欠点を抱えていまして。
──部屋を寒く……?
ピロ彦:
このバグ、じつは同じ本体だったとしても温度によって結果が変わってしまうんです。うちのファミコンは温度が上がりすぎると、賢者の枠が遊び人になってしまって、タイムに影響が出てしまうので苦労しました。
──温度によって結果が変わる……ホットプレート使用の理由がなんとなく見えてきた気がしました。
ピロ彦:
僕は純正のファミコンを使っているんですけど、古いぶん本体の発熱が強くて42度くらいまで上がってしまうんですよ。
だから本体が熱くならないように部屋も冷やして、室温18度くらいでRTAをやっていました。幸いにも、僕は家が北海道にあるので、冷やす手段には困りません。
ばくぜろ:
うちは28度くらいがちょうどいいですね。ファミコンではなく互換機の“FCテックプラス”という本体を使っていて、こちらは回路がひとつにまとまっているぶん本体の温度もそこまで高くはならないんです。
ふつうにプレイしていればだいたいそのくらいにいくので温度管理はしやすいです。ただ、僕のエース機はほかのおふたりに比べると、バグ後に出てくるキャラクターがちょっと弱いんです。安定性は高いけどベストタイムでは一歩譲る感じですね。
──28度以外の温度になるとどのような変化が?
ばくぜろ:
うちの場合は30度を超えてしまうと、重要なアイテムである“にじのしずく”が出にくくなってしまう傾向があるんです。なので、一時期は保冷剤で30度を超えないように冷やしながらプレイしていました。
ひっしー:
僕もばくぜろさんと同じFCテックプラスを使っていて、基本的にはやっぱり28度から26度くらいががいいんです。だいたい室温が20度のときの平均温度なので、温度管理もしやすくて安定性もある。ただ、僕が持っているものは39.5度から40度にかけてもいいデータを出せるポイントがあったんです。
──ひっしーさんのファミコンの28度前後と40度付近ではどのような違いがあるのでしょう?
ひっしー:
まずひとつは、“にじのしずく”出やすさが高いこと。加えてパーティーメンバーにレベル99のアタッカーが増えるか増えないかの差があるので、タイムにもけっこう影響してくるんです。
去年のRTA in Japanのときは、28度とか29度を狙っていたんですけど、今ではタイムの安定性を高めるために40度近くまで上げる手法に変えています。
ピロ彦:
ホットプレートが話題になったときには「ファミコンを加熱するなんて!」みたいに言われることもありましたけど、実際は互換機をファミコンの温度に近づけているだけなんですよね。
偶然が導き出したファミコン温度管理の概念
──ここで新たな疑問が出てきました。温度によって結果が変わるのって、どういう経緯で判明したことなんでしょう?
ばくぜろ:
去年の10月ころ、僕が引っ越しをしたんですが、引っ越しをした途端、それまで出ていた“にしのしずく”が突然出なくなってしまったんです。
ひっしー:
それでTwitterやなんでもありRTAのDiscordで大騒ぎになって、いろいろ検証していったんです。ACアダプターは同じの使ってる? とか。
ピロ彦:
電力会社の周波数は変わってない? とか。
ばくぜろ:
そうそう。オーディオマニアの方は電源にこだわるという話もありますし、そういうところから影響が出ているんじゃないかって、いろいろ検証していったんです。突き詰めていった結果、温度が影響しているということが判明して。
ひっしー:
それで僕もホットプレートを使ったら温度を調整できるんじゃないか、と思って試した結果、実際に結果が安定してきたんです。
──おお、ここでホットプレートが登場するんですね。
ひっしー:
はい。最初は冗談半分だったんですけど、データをとっていくと本当に温度管理が大事らしいことがわかっていって、そこから状況も変わっていきました。
ばくぜろ:
保冷剤を使ってみたり。
ピロ彦:
室温を下げて、アルミ板をファミコンの下に敷いて温度を下げようとしたり。
ばくぜろ:
それまでは僕の本体がかなりいいデータを出せていてほぼ独走状態だったんですけど、温度管理の概念が生まれてからはほかの皆さんもタイムが伸びてきたんですよね。
ひっしー:
温度管理の概念がなかったときはばくぜろさんの本体が強くて。例えば自分の本体だと“にじのしずく”が全然出なくて、30回に1回くらいしか最後まで走り切れなかったんです。ばくぜろさんは3、4回に1回は走れるので、その差が圧倒的だったんです。
でも温度管理という概念が発見されて、これは「極めるしかない!」と思い立ってホットプレートを購入しました。最終的に10台くらい買っています。
──10台も!? いやはや……温度に対するこだわりがすごいですね。
ひっしー:
ただ……この温度管理の概念も、ピロ彦さんが全部ぶっ壊しちゃったんですよ(笑)。
──えっ!?
ラスボスのゾーマを倒さないで『ドラクエ3』をクリアする
──全部ぶっ壊した、とはまたすごいワードが出ましたね。詳しく教えていただけますか?
ピロ彦:
ちょっと意味がわからないと思うんですけど、まず『ドラクエ3』をクリアするために『ドクターマリオ』など『ドラクエ3』以外のソフトを本体に差して、そのメモリの状態を『ドラクエ3』に持ち帰ることで任意のコードを実行させるんです。
──なるほど……?
ピロ彦:
簡単に言えば、これまでは本体の個体値や温度に左右されていたバグの結果を任意で、こちらの望むように実行できるようになったんです。
そのために『ドクターマリオ』、『星のカービィ』、初代『ファイナルファンタジー』の3本を使って必要な値をとってくる、というのが最初の任意コード実行でした。
──???
FC版DQ3カセット差し替え任意コードRTAチャートは一応ここに置いておきます。
— ピロ彦@6月21日に新作投稿しました (@pirohiko) April 5, 2021
このリンクがずっと見れるかは不明だけど。https://t.co/T90U4q3QEQ
ひっしー:
去年の12月まではみんな温度管理チャートで走っていたんですけど、今年の1月に任意コード実行が登場してタイムが一気に短縮されたんですよ。
ばくぜろ:
任意コード実行にも何種類か方法があるんですけど、今年のRTA in Japanだと僕がいま話に出た3本のソフトを使う方法で走る予定です。
ピロ彦:
でもこの方法だと、ソフトの入れ換えなどで時間がかかってしまうんですよね。
そこで、ファミコンでゲームプログラミングをするためのソフト『ファミリーベーシック』を使うことにしたんです。これと専用のキーボードでコードを入力した後に『ドラクエ3』を起動して、任意コードを実行することでクリアできるんです。
──もはや何のRTAなのかわからなくなりそうですね。任意コード実行はどのように発見されたのでしょうか?
ピロ彦:
僕は長年TAS【※】をやってきたので、コードが読めるんですよね。
※ツール・アシステッド・スピードラン:エミュレータ上で操作を行うことで人間にはできないようなプレイを行うプレイスタイル。
おかげでバグを細かく見ることができて、バグったアイテムを使うとフリーズしてしまうのはとあるアドレスを読み込んでいるのが原因らしい、じゃあそこに何か置けば好きなことができるんじゃないか、と思ったんです。
──そして狙い通りにコードを実行させることに成功した。
ピロ彦:
最初はチートを使うなどして再現していましたが、RTAのチャートとして成立させるには実機で実行できないといけないので、そこには苦労しました
2P側でセレクトボタンを押さないといけないけどファミコンの2P側にはセレクトボタンがないから、そのためにジョイスティックを買ったりして、失敗を重ねながらトライした結果いまの任意コード実行に辿り着けました。
ひっしー:
任意コード実行の影響は本当に大きいんですよ。去年のRTA in Japanから変わった点として、今年は全員がラスボスのゾーマを倒さないでクリアしますから。
──まさに“なんでもありRTA”ですね。しかし一方で、あれだけ話題になったホットプレートが過去のものになってしまうのは寂しい気もします。
ひっしー:
やっぱりスピードランでは速さが正義なので、そこは仕方ないですね。でもやっぱり温度管理チャートは走っていて楽しいんですよ。
ピロ彦:
そうなんですよね。寒くなってくると「そろそろ『ドラクエ3』の季節かな」なんて思いますし(笑)。
ひっしー:
僕も含めて好きな人はいまだに温度管理チャートで走っているんです。タイムとしても去年16分くらいだったのが今は10分を切るところまで来ていますからね。この前も新しいホットプレートを買いましたよ(笑)。
──RTA in Japanに関係なくホットプレートチャートは生きているんですね。
ひっしー:
そうなんですよ。新しいホットプレートは本来実験で使うような0.1度単位の調節ができるもので、より緻密な温度管理ができるようになっています。