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「てるてる坊主」は中国の女の子がモチーフだった? おなじみの存在に隠された、悲しくも不思議な言い伝えをご紹介

 今回紹介するのは二点星さんの投稿した『ゆっくり歴史トリビア 第14回 てるてる坊主は・・・』です。
 「てるてる坊主」の由来など、トリビアをゆっくり解説しています。


てるてる坊主は女の子?

 「てるてる坊主は、女の子かもしれない」 
 そんな気になる仮説から動画は始まります。

 てるてる坊主といえば、白い布や紙で作った人形を軒先に吊るして、晴天を祈願する日本の風習です。地域によってさまざまな別名があるようです。

 妖怪絵師として有名な江戸時代の絵師・鳥山石燕は、常陸国に晴れの日だけ出現する日向坊という妖怪が存在していて、てるてる坊主はこの妖怪をかたどっていると紹介しています。しかし、この日和坊という妖怪は伝承の類がほとんどないため石燕の創作妖怪説があります。

 また、興味深いことに、江戸時代頃のてるてる坊主は立体的な人形ではなく、紙を人型に作ったものを使用し、願いが叶った後はお神酒を備えて川に流していたようです。ここから、扱いは流し雛に近かったことと、きちんと祀られていたことが分かります。

てるてる坊主のルーツは中国の人形だった?

 そして、これに近いものが中国に存在します。掃晴娘(サオチンニャン)の風習がそれで、雨が降り続いたときには紙を切って箒を持った女性を作り、軒先に吊るして晴天を祈願するものです。掃晴娘は、日本のてるてる坊主のルーツとなったのではないかという説があります。

 この人形にはこのような言い伝えがあります。

 昔々、中国に晴娘(チンニャン)という掃除好きの美しい娘がいました。あるとき、何日も雨が降り続いて洪水が起きたため、晴娘は天に向かって雨が止むように祈りを捧げました。すると天から使いがやってきて、晴娘が東海龍王の妃になるなら雨を止ませると告げました。晴娘は『自分ひとりの犠牲で済むなら』と使者と共に天に昇ると、雨が止みました。そのため、後世の人は雨が続くと晴娘の姿の人形を作り祈りを捧げるのです。

 しかし晴天祈願は、どこの国でも大昔から行っていることなので、どこまでがてるてる坊主に関係しているかは難しい問題でもあります。

 江戸時代頃には、てるてる坊主は中国から伝わってきた風習という説が既にあったようです。それでもどうして江戸時代中期に流行り出したのか、いつから紙から立体になったのか謎は尽きません。 
 ちなみに現在の中国では晴娘の習慣は廃れ、日本のてるてる坊主が取って代わるという不思議な現象が起きています。

 「てるてる坊主 てる坊主 あなたは一体どこの誰?」

 童謡の中では「晴れないと首をちょん切るぞ」と歌われているてるてる坊主。起源とされている中国の伝承も相まって、不思議だけれどちょっと悲しい存在にも思えてきますね。


▼動画をノーカットで楽しみたい方は
こちらから視聴できます▼

ゆっくり歴史トリビア 第14回 てるてる坊主は・・・

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