“目の見えない人に映画を楽しんでほしい”──声優のナレーションで鑑賞をサポートする「音声ガイド付き映画」とは何か?企画誕生の裏側と驚きの制作手法に迫る
「目の見えない人にも映画館で映画を楽しんでほしい」
視覚障がい者の映画鑑賞を、言葉による映像の解説を用いてサポートする取り組みが存在する。シーンの状況や登場人物の動作・表情などを、作風に合わせたナレーション(以下、音声ガイド)で説明・補足してくれるのだ。
まずは、『海獣の子供』冒頭シーンの映像をぜひ見てほしい。
この映像はシネマ・チュプキという東京の映画館で実際に上映されたものだ。本作を鑑賞した目の見えない方は、「映画の世界からまだ戻ってこれない」と言うほどに作品に没入することができたという。
本作の音声ガイドの脚本を書いたのは、シネマ・チュプキの支配人である和田浩章さん。シネマ・チュプキは「どんな人でも映画を楽しんでほしい」という想いのもと、上映する全ての映画に音声ガイドと日本語字幕が付き、車椅子スペースや「親子観賞室」と呼ばれる完全防音で映画を観ることができる個室が備えられている。
筆者が本作を観たとき、音声ガイドを作るためのとてつもない作業量と、そこに裏打ちされた和田さんの桁違いの情熱や映画愛に圧倒されてしまった。一体、この情熱はどこからやってくるのだろうか。
その答えを知るべく、今回、ニコニコニュースORIGINALでは和田さんにインタビューを行った。「誰もが映画を楽しめる世界になってほしい」という和田さんの強い想いに、ぜひ触れてみてほしい。
取材・文・編集:金沢俊吾
取材・監修:腹八分目太郎
撮影:成富紀之
──今日は映画の音声ガイドを作る工程や、シネマ・チュプキについて色々お伺いできればと思います。よろしくお願いします。
和田:
よろしくお願いします。
──シネマ・チュプキで『海獣の子供』と『プロメア』を観たのですが、それぞれナレーションの読み方や言葉の選び方が全く違うんですね。
和田:
そうですね。『海獣の子供』の場合は、ナレーションをお願いした声優の能登麻美子さんだったら、どういうリズム感で脚本を読むかなっていうことを考えながら書きました。
和田:
音声ガイドって、いかに映画のリズムに合わせるかが大事だと思うんですよ。「何小節にどれぐらいのワード入れると、このシーンに馴染むかな」っていろいろ試してみるんです。何文字にするか、何小節にするか、何拍空けるか。常に考えて作るようにしています。
──映画のリズム、ですか?
和田:
音楽はもちろんですけど、シーンの切り替わり、登場人物の動きのスピード感って、映画によって全然違うじゃないですか?そのリズムに音声ガイドを合わせるのが、毎回すごく大事なんです。大変なんですけど、そこが作っていて面白いところなんですよ。
──和田さんの映画をリズムで捉える感覚は元々だったのか、目の見えない方に向けたコンテンツを作るうえで、そういう見方に変わっていったのでしょうか?
和田:
たぶん、この仕事に就いてから映画の見方が変わったと思いますね。「あのワードを入れると、このシーンはどうなるか」みたいなことをいつも考えちゃいます。もう職業病です。
──ちなみに、脚本やナレーションの関係者チェックって、どうやって行われるんですか?製作委員会を全部回るとか、例えば監督だけが見るとか。
和田:
作品によって全然違うんですけど、制作会社の方がチェックしてくださって、返ってきたフィードバックに対して、また僕が修正していくっていうような感じが多いですね。
──「この表現はやめてくれ」みたいなフィードバックもあるんですか?
和田:
監督から言われることも、もちろんありますし、製作の方からもたまにありますね。
作品のひとつの解釈を、音声ガイドで示したい
──音声ガイドを作るにあたって、準備していることってありますか?原作をチェックするとか。
和田:
原作は必ず見ます。インターネットにあるファンの考察も読みますね。
多角的に捉えたときにどう聞こえるのか、どう映るのかが重要なので、自分が見えたものだけで完結しないように気を付けています。
──それは、世間の反応だったり、表現の振り幅みたいなものを踏まえ、なるべく分かりやすく平均的にする。みたいなことですか?
和田:
そうですね。ただ、平均化しすぎると、その作品らしさが失われてしまうんですよ。
例えば、「見る」っていう動作があるとします。「見上げる」「見やる」「見つめる」だったり、見るっていう動作を表す言葉は相当な数があるなかで「見る」っていう使いやすい言葉に統一してしまうと、映画とのフィット感がすごく薄まってしまうんです。
だから、そのシーンにあった言葉な何なのか、ひとつひとつ考えていくことが必要だと思っています。
──抽象的なシーンだと、表現する人によってまったく違う言葉が出てくるんじゃないかと思いました。
和田:
そうだと思います。だから、自分が作ったものが正解だと思ってはいなくて、ひとつの作品でもいろんな見え方や解釈があるんだよってことを、音声ガイドで示せたらいいなと思っています。
僕が作っている音声ガイドは、あくまで僕というフィルターを通して出てきた言葉なんです。
作品のひとつの解釈を、音声ガイドで示したい
──音声ガイドが、目の見える自分でも違和感なく楽しめたことに驚きました。
和田:
目で見えている方が聞いても「その表現があったか!」と楽しんでもらえて、かつ、視覚障がい者に届く方法はないのかって、模索し続けながら音声ガイドを書いているので、そう言っていただけるのはうれしいです。この作品では特に、上手に嘘を書くことを意識しました。
──「嘘を書く」とは?
和田:
例えば、映画の冒頭に「足跡がほんのりと残り、地面に溶けていく」っていうナレーションがあるんですけども、実際は水分が蒸発するだけなので、足跡が地面に溶けるわけではないじゃないですか。
情報として音声ガイドを作るのか、作品として音声ガイドを作るのかによって、言葉が変わってくると思うんです。
──和田さんの描かれた音声ガイドは、単なる「情報」ではないってことですね。
和田:
情報だけを伝えるんじゃなくて、作品として聞いてもらえるといいなと思っています。
例えば、「海と空が織り成す地平線」って表現。正しく情報を伝えるなら、それは水平線なんです。でも、「海と空が織り成す地平線」っていうと、海があって、空があって、その向こうを眺めてる誰かのシルエットが浮かんでくる気がしませんか?
そういった、ちょっとの嘘をつくことで、景色が浮かぶように意識しています。
── 「お月様が見ている」とかも、そうですよね。実際に月が見てるわけではないけど、言われれば風景が浮かぶし、お月様に見られてるような気分にもなります。
和田:
そうなんですよね。そこが日本語の美しさでもあり、強さでもあるのだと思います。
楽しみに来てくれる人のことを思ったら、手を抜けない
──和田さんが音声ガイドを作ることになったきっかけを教えてください。
和田:
シティ・ライツ というボランティア団体に参加していたのですが、シティ・ライツの方に「和田くんは感性が敏感だから、音声ガイド向いてると思うからやってみて」って言われたんです。何の説明も指導もなく、いきなり音声ガイドを書かされるっていう。
──それまで音声ガイドって、一般的にはあまり作られてなかったんでしょうか?
和田:
あるにはあったんですけど、シティ・ライツが草の根的に取り組んでいて、僕が関わり始めたときから1~2年後ぐらいにメジャータイトルも扱うことが出来るようになり、ようやく少しずつ普及してきたなって印象ですね。
──音声ガイドを指導もなく作ることになり、前例もあまりない中で、とっかかりもなく大変だったと思うんですけど、どのように取り組んでいったのですか?
和田:
本当に右も左もわからない状態でスタートで、ただただ画面に映ったものを説明しようとするんだけど、その説明の言葉すらも浮かばないっていう状況でした。意味不明な脚本を書いていたと思います。
──いい言葉が書けたとしても、尺の問題もありますよね。
和田:
尺とかも飛び出してたり、まったく映画にマッチしてなかったりとかして。「何だこりゃ!? 」みたいな。
──尺が飛び出していたら、合うように修正していくってことですよね?
和田:
修正していくんですけど、それも全然上手くいかなくて。もうやりたくない!って、泣きながらやってました。
──最初の1本を作るのに、どれぐらいかかったか覚えていますか?
和田:
90分の映画にかかりきりで、1ヵ月はかかりましたね。
──1ヵ月はすごいですね。いまはもっと早くなってきてるんでしょうか。
和田:
そうですね、作品にもよりますけど、だいぶスムーズになってきたと思います。
──やっぱり自分の好きなジャンルだったりとか、好きな雰囲気だったりとか相性によって、作りやすさが変わってくることもあるんですか?
和田:
そうですね、変わってきます。自分の言葉のストックと作品のトーンが近いと、「こうしたほうがいい」っていうのが、すごい早く出てきますね。でも、ストックに頼ってしまうと自分の癖みたいなものが出てきてしまうので、そこを打破しなきゃいけないなとはいつも思っています。
「この作品の、このシーンに合う言葉はなんだろう」って、毎回フラットに考えるようにしていますね。僕の手癖が、聞く人のノイズになっちゃいけないので。ストックや経験に頼らず、作品ごとにゼロからのスタートです。
──本当にストイックですね。そこまで頑張れる原動力って何かあるんでしょうか?
和田:
やっぱり、映画館に楽しみに来てくれる人のことを思ったら、手を抜けないですよね。来てくれる人の感覚に少しでも近付きたい、って思いながら作っています。