“目の見えない人に映画を楽しんでほしい”──声優のナレーションで鑑賞をサポートする「音声ガイド付き映画」とは何か?企画誕生の裏側と驚きの制作手法に迫る
「あなたを産んでごめんなさい」と言われた少年時代
──もともと、和田さんは映画や、障がいがある方々の支援に関心があったんですか。
和田:
障がいがある方への支援に関しては、僕がずっとマイノリティ側にいたっていうのがあるんです。子どもの頃、病気で肌がケロイド状態だったんですよ。それで化け物扱いされていて、ひどいいじめにも遭いました。
──そうだったんですね。化け物扱い、というのは。
和田:
顔に包帯をぐるぐる巻きにしていたので、ミイラだって言われたり、石を投げられたり、学校で「モンスター図鑑」ってノートに僕のことを書かれたりしました。
──それはひどいですね……。
和田:
物がなくなるのも当たり前だったし、誰のことを信じていいのかもわからないかったです。だからもう、学校には行けなくなりましたね。
──それほど壮絶ないじめで学校に行けなくなって、そこから再び外に出ていくのってとても勇気がいることだと思うのですが。
和田:
高校生の頃、母と何度も喧嘩をして、「もう人生をやめたい」ってなったんですね。そのとき、母親が僕に包丁を突き出してきて、「あんたを殺して私も死ぬから、それでもういいでしょう。それで許して」って。
包丁を首元に当てられたときに、めちゃめちゃ怖かったんです。「うわー、こんなに死ぬのって怖いんだ」と思って涙が出てきて。これは生きたいっていう涙なんだなと思ったときに、ちょっとやり直そうかなって。
それまでずっと「あなたを産んでごめんなさい」って母に言われ続けてきたので、産んでよかったと言われるようになりたいっていうのが、やっぱりどっかにあったのかなと、いま振り返ると思いますね。
──なるほど。ちなみに、いまは病気ってよくなられたんでしょうか?
和田:
完治ではないんですけど、かなりよくなって普通に生活もできています。
高校生の頃、引きこもりだった自分を救ってくれたのが、映画と音楽だったんです。病気がちょっとよくなった頃にバンドを組んで。そうやって少しずつ、外に出ていけるようになりました。
──どんな音楽がお好きだったんですか?
和田:
BUMP OF CHICKENだったりとか、藍坊主だったりとか、そういった日本のアーティストの歌詞が持つ力というか、言葉が持つ力っていうのは面白いなってい感じるようになって。日本のアーティストの歌詞をひたすらチェックするようになっていったというのが、音声ガイドを作る上で活きている部分ではあると思っています。
どんな人でも映画の感動を分かち合うことができる
──現在はシネマ・チュプキの支配人を務められていますが、それまでは何をされていたのですか?
和田:
就職活動では映画会社を受けたんですけど、全部落ちちゃって。それでどうしようかなって思っていた時に、映画のボランティアをしているシティ・ライツに出会ったんです。
──映画のボランティアって、どんなことをするんですか?
和田:
僕が最初にやったのは、目が見えない年配の方々と映画を観るっていう活動で。はじめて参加したとき、目の見えないおじいちゃんと一緒に映画を観たんですけど、開始10分でおじいちゃんが寝ちゃったんですよ(笑)。
──(笑)
和田:
めっちゃいびきかいて寝てるんですよ。もう映画の内容は絶対わからないだろうなって思っていたら、ラストシーンでおじいちゃんがワンワンと泣き出したんです。
そのとき、僕は「なんて人をカテゴライズして見下していて、凝り固まった価値観で生きてきたんだろう」って恥ずかしく思ったんです。そして、視覚障がい者とかボランティアとか年代とか関係なく、いろんな人がひとつの映画を観て感動してるということに感動しましたね。
「どんな人でも映画の感動を分かち合うことができる」そう思ったときに、この感動をもっともっと多くの人たちに伝えたいなって思ったんです。
シネマ・チュプキでは、いろんな人が混ざり合ってほしい
──シネマ・チュプキのプロジェクトが始まったのはいつ頃のことですか?
和田:
この田端の物件を2016年の3月に押さえて、その年の5月からクラウドファンディングをスタートしました。オープンしたのは、2016年9月1日です。
──シネマ・チュプキを作るうえで、どのようなコンセプトや想いがあったのでしょうか?
和田:
まず、障がいがある方も、健常者も来たくなるような映画館にしたいという考えがありました。障がい者とか、特定のジャンルではなく、いろんな人が交ざり合って映画を観ることによって多様性が生まれると思っているんです。
──この場所を選んだのは、何か理由があったのですか?
和田:
田端を選んだのはJR山手線の駅があってアクセスもよく、なにより駅からここまで来るのにスロープがあるので、車椅子ユーザーの方も来やすいからですね。
──内装も明るくて個性的です。
和田:
内装は「森のシアター」ってイメージで作りました。
──なるほど、切り株みたいなものも置かれていますよね。床も芝生みたいになっていて、靴脱いでも感触が気持ちいいんですよね。芝生の上で映画観てる気分になれました。
和田:
まさに野外で映画見てるような感覚になってほしいなって思って。ちなみに、チュプキはアイヌ語で「自然の光」という意味なんですよ。来てくれた人が、明るい自然の中にいるような気分になってほしいという想いを込めて付けました。
──親子鑑賞室も、普通の映画館にはない珍しいものですよね。
和田:
子育て中の親って、社会のなかで不便を強いられることも多いじゃないですか。子どもがいるから映画館には行けないけど、でも映画見たい親御さんって、いっぱいいるよなって思ったんです。
それで、映写室の隣のスペースが空いてるってわかったときに、じゃあ親子で観られる個室を作りましょうって。
──子どもが騒いじゃうから連れてこられないっていう方、きっと多いですよね。
和田:
そうなんですよね。たくさんの親子が利用者がしてくれて、作ってよかったなと思いましたね。観賞室は親子だけじゃなく、発達障がいの方だったり、音に弱い方、暗闇が怖い方にも対応できるようにしています。
──私も多動なので、親子観賞室で観たいです。じっと座ってるのがつらいときがあるので、立ち上がったり足組んだりしてもいいのはうれしいですね。
和田:
僕も多動なので、すごくわかります(笑)。多動にはありがたい部屋ですよね。 そんな、いろんなかたちの映画の鑑賞の仕方っていうのも、広がっていけばいいなと思います。
たくさんの健常者に知ってもらうことが、一番の支援
──チュプキは、作品によっては予約が取りにくい人気の映画館ですが、開館当時から集客はあったのでしょうか?
和田:
いやいや、最初はお客さんの数が「今日は2人、昨日は0人」みたいな感じでした。1日の売り上げが3000円とかです。
──それはもう、経営できなくなるぐらいですよね。
和田:
本当にそうです。どうしようって頭抱えながら、酒飲んでばっかりでした。
──酒飲んでばっかり(笑)。売り上げもそうですけど、音声ガイドを作るのに時間がかかるじゃないですか。来場者0人って、「せっかく作ったのに……」みたいな気持ちになりますよね。
和田:
自分が1ヵ月かけて作ったものが誰にも観てもらえないとなると、ちょっと精神的にしんどいですよね。だからやっぱり、お酒を飲んじゃいますよね(笑)。
──そんな状況から、転機になった作品ってありますか?
和田:
「音声ガイドを声優の方にやって頂いたら、それを目当てにお客さんが来てくれるのでは? 」って考え始めたのが、ちょうど開館して2ヵ月経った頃です。それまではボランティアの方がナレーションをやってくれていたんですが、『ソング・オブ・ザ・シー』という作品の音声ガイドを声優の小野大輔さんにお願いしたら、ファンの方がたくさん来てくれて、満席の日が続いたんですよ。
さらに、小野大輔さんのファンの方が僕らを応援してくれて、チュプキを少しでも広めようってTwitterで拡散してくれて。そうしているうちに、お客さんも少しずつ増えてきたんです。
──なるほど、小野大輔さんの存在が大きかったんですね。その後、『ソードアートオンライン』は戸松遥さん、『秒速5センチメートル』は梶裕貴さんなど、そうそうたる人気声優さんが音声ガイドのナレーションを担当されています。
和田:
好きな声優さんのナレーション目当てに来て、音声ガイドを知ってくれるっていう入り口も僕はいいなと思っているんですよ。僕たちの取り組みとか、知らなくても全然OKです。とにかく来てほしいなって思っています。来てくれて、僕らが発しているメッセージに対して何か感じてくれるものが一つでもあれば、ラッキーというか。
──音声ガイドを知っている人が多くなるほど、その環境を求めている人たちにも伝わりやすくなりますよね。
和田:
そうなんですよ。たくさんの健常者の方々に広く知ってもらうことが、結局は一番、障がい者支援になると思っていて。
僕らだって、人から「これはよかったよ」ってオススメされたら、ちょっと気になるし、見たくなるじゃないですか?そんな風に、「こんなのあったよ」ってシネマ・チュプキや音声ガイドのことが広まることで、障がい者の方々の耳にも届いていくのだと思っています。
奇跡を連続させるような仕事
和田:
自分が作った音声ガイド付き『海獣の子供』を観たとき、涙が出てきたんですよ。
──それは作っている最中ではなく、完成したあとですか?
和田:
そうですね。そのとき、自分の作ったものを客観視して感動できたら、それは本当の感動なんだなって思えたんですよ。それでやっと、自分のやってきたことが少し許せたような気がしたんです。
──自分のやってきたことが許せた。
和田:
僕はやっぱり、目が見えてるので。目が見えてる人間がいくら想像して書いたところで、ある種の傲慢さというか、「俺が作ってあげた」みたいなエゴイズムがあると思うんですよ。音声ガイドを作るって、そのエゴイズムをなくしていく作業でもあるんですけど、『海獣の子供』は、そんなエゴも受容できたというか、それも含めて自分のやってきたことを認めてあげられたような気がしたんです。
和田:
目の見えない方に映画の感想を頂くことも多いんですが、人それぞれ生活も違うし、価値観も違う。それは目が見えてても同じですね。その上で、何を基準とするのか、視点をどこに置くかを考えなければいけないと思っています。それは、本当に大変なことですね。
──目に見えない方々からのコメントで、何か印象に残ってるものってありますか?
和田:
「私たちは映画を見てるのではなくて、映画の中にいるんです」という言葉がすごく残った言葉でした。
映画館に行って、僕らはスクリーンを見ますけど、視覚障がい者の方々は音に包まれているんです。スクリーン越しに登場人物を見ている距離感ではなくて、登場人物の真横に居る感覚らしいんですよ。
──なるほど。
和田:
だから、目の見える人以上に、作品の世界を身近に感じられることもあるんじゃないかなって思っています。
和田:
ああ、そういえばひとつ、忘れられない話があって。
先天的に目が見えない人、つまり、一回も色を見たことがない人が「この人の服は赤色で、あの人は水色の服を着ているでしょ」って、登場人物の着ている服を言い当てたことがあったんですよ。
──ええ、すごい!
和田:
衝撃ですよね。
──それは、普段の生活の中から得てる情報や感覚から想像したってことでしょうか。
和田:
そうだと思います。そうした感覚が「色」として捉えられるということを知ったときに、僕はなんて狭い世界で生きてんだろうなって思いましたね。
──それは…すごいとしか言えないですね。 ちょっと神秘的な感じすらします。
和田:
本当に、奇跡のようなものを体験した気分でした。
でも、「見えてないものを見せる」って、奇跡を連続させるような仕事なのかなって思っています。
全ての映画に、当たり前のように音声ガイドがついてほしい
──これから取り扱っていきたい作品や、やってみたいことがあればお聞きしたいです。
和田:
取り扱っていきたい作品はたくさんありますし、ご一緒したい声優さんもたくさんいますね。
──映画のセレクトは、基本的に和田さんが決められてるんですか?
和田:
僕とスタッフで話し合って決めてるんですけど、『プロメア』とかは、僕がぜひやりたい!ってお願いしました。お客さんが入ればなんでもいいということはなくて、作品が持つメッセージに自分たちが共感できるものを選ぶようにしています。
──この映画を上映したい!って思っても、作品サイドから断られることもあるわけですよね?
和田:
もちろんあります。小さい劇場なので、収益的にちょっと…と考えられる映画会社さんも多いと思います。
──なるほど。
和田:
うちにとっては大金でも、映画会社さんにとっては微々たるものだったりするので。僕らの活動に共感してくださって、ほとんど慈善活動みたいな感覚でご協力いただいてるのだと思います。
──やっぱり、シネマ・チュプキの活動に共感してくれる方々と一緒にやりたいですよね。
和田:
そうですね。というか、志に共感してくれてる人じゃないと作品を出してくれてないと思います。いろんな人に迷惑かけながらも、助けてもらって、いまこうして音声ガイドを作れていますね。
──そうした中で、素晴らしい映画がたくさん上映されていています。
和田:
映画館として、良質な映画を現代の人にどういうふうに届けるのかっていうのも、もちろんとても大事なことだと考えています。
例えば、声優の梶裕貴さん目当てに『秒速5センチメートル』を10代のお客さんがたくさん来てくださって、「新海誠監督ってこんな作品を作っていたんだ」と知ってもらえたんですね。きっかけはどんな形でもいいんで、映画に出会ってもらえる機会を作れたらいいなって。
──もともと和田さんは映画が好きで、たくさんの人と一緒に映画を楽しみたいって想いがあったんですもんね。
和田:
そうですね。映画を観る人が増えれば、その人数分、感動や解釈が世界に生まれるんですよ。最高じゃないですか?
──最高だと思います!最後に、今後の目標とされているようなことがあったら教えてください。
和田:
全ての映画に、当たり前のように音声ガイドがついてほしいですね。「自分は映画を楽しむことができない」っていう悲しい思いを誰もがしないで済むような世界にしたいっていうのが最大の目標なので、それを実現するために、これからも音声ガイドをひとつひとつ大事に作っていきたい。それはいままでもこれからも、ずっと変わらないです。
(終了)
取材の中で、和田さんが「僕はやっぱり、目が見えてるので。」と言ったことがとても印象的だった。和田さんは、目の見えない人のための活動に潜むエゴや傲慢さを自認しつつ、「それでも」と前を向いて、地道に手を抜かず、ひとつひとつのシーンに言葉を付けていく。その謙虚さが、多くの人に寄り添うことのできる音声ガイドを生み出す上で欠かせない姿勢なのだろう。
もうひとつ、和田さんを突き動かすのは、愛情だと思う。映画への愛や、自分を含めたマイノリティを尊重する気持ち。映画を楽しむ人、映画を作った人への思いやり。そうしたたくさんの愛情のようなものが、音声ガイドを作るという途方もなく大変な作業に真摯に向かわせているのだと、今回の取材を通して強く感じた。
音声ガイドの脚本を書くという職人芸は誰でも簡単に習得できるものではなく「全ての映画に音声ガイドが付く」という夢の実現には、まだまだ多くのハードルが残されている。それでも、和田さんは絶対にあきらめることはないだろう。
一本の音声ガイドが作られれば、その分、映画を楽しめる人が増えることは間違いない。音声ガイドの存在が多くの人に知られていくほど、映画という文化はさらに広く深く発展していくだろうと思う。それは、映画好きの端くれとして、とてもワクワクすることなのだ。
【劇場情報】
シネマ・チュプキ・タバタ
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