“平成を象徴する漫画”とは?『ONE PIECE』『名探偵コナン』『うしおととら』…歴史に残る名作の魅力に迫る【漫画で振り返る平成】
最終的には負ける『SLAM DUNK』の美しさ
さやわか:
つぎ、『SLAM DUNK』。 これ、なぜ挙げたかというと、最終的には負けるからです。
平成のジャンプはなにか? って考えたときに『ドラゴンボール』が終わるのが95年くらいだったと思うのですが、それってつまり“バブル期の終わり”と重なっているんですね。
あれってやっぱりすごいインフレの話というか、戦闘力がどこまでも上がって行ってしまうみたいな話じゃないですか。で、それが成り立たなくなった。そしてジャンプの部数も落ちる。
そういう時代を迎えたときになにをやったのかっていうので、ひとつは『SLAM DUNK』は“負けたってドラマが描ける”みたいなこと。結果として残っているのは、負けということだけど、でもそれで美しかったからよかったよっていう。
で、そういうドラマの作りとか人間の精神としてよい・悪いという、つまり気に入る・気に入らないは個人の好みとしてあるんだけども、いままでジャンプのシステムが突き進むかの如く好景気の波に乗っていたのに、この作品はそうじゃない時代に対応して終わったところが僕はいいなぁって思いますね。
大井:
あの時代のジャンプの傑作として『SLAM DUNK』はちょっと抜けているというのは、僕も客観的にはよくわかる。
さやわか:
あと、最初のうちはヤンキー漫画にするかスポーツ漫画にするか、どっちにでも行けるようにしといたらしいですよね。その結果、スポーツになっていったっていうのも時代に乗っていたと思う。つまり80年代的ではないように思えるんですよね。
大井:
絶対に80年代的ではない。
さやわか:
あとは漫画がうまくなっていくんですよね。しかもこの人。最初は別にそんなにうまいわけじゃないんです。
大井:
最初あんま変わってないじゃんって思ってたら、ドンドンうまくなるんですよ。井上先生も僕はすごく真面目だと思うんだよね。
さやわか:
真面目だと思います。
大井:
すごく真面目に考えた結果、負けざるを得ないっていう感じ。
あと、男の漫画で鎌倉が舞台っていうのは初めて見た気がする。
さやわか:
なるほど。湘南……神奈川県ですよね。
大井:
暴走族漫画の走る場所としてはよく出てたんだけどね。でも、湘南でラブコメしながらバスケしているわけです。あんまりラブコメはしていないかもだけど。
さやわか:
でも確かに、マガジンとかチャンピオンとかでいうと、全部暴走族が走る場所だ、基本。
大井:
だからバイクで荒らされている場所で青春しているわけですよ。
さやわか:
ところがバスケをやるという新しさ。なるほど!
大井:
僕はむしろそこが風景の綺麗な漫画だなぁってイメージが残ってましたね。
さやわか:
でも確かに、神奈川島民的なオシャレさん。神奈川県の荒々しさではない。
いまのジャンプの礎を築いた『るろうに剣心』の功績
さやわか:
つぎに僕が持ってきたのはこちら。『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』。
大井:
『スラダン』と『るろ剣』どっちが重要かって聞かれると、僕は『るろ剣』って言い兼ねない人ですね。
さやわか:
いや、実際僕もそう思います。あらゆる意味で『るろ剣』は重要な作品です。
大井:
漫画としての出来みたいな話になると『スラダン』のほうが当然すごいと思いますけども、文化全体と考えたときに。
さやわか:
まったくもってその通り。
大井:
なんだろう、漫画のコンテンツでやっていいこと、やっちゃダメなことの幅みたいなことを、さっきの『うる星やつら』みたいな感じで、素直に影響を受けていいんだみたいなことで。二次創作なぐらいのね。
さやわか:
いやぁ、でもそうだよね。この人ね。そうですね。ガトリングガンとかね。
大井:
そう。一時期それがジャンプで看板だったっていうね。
さやわか:
なぜ僕が今回持ってきたかというと、ジャンプの看板漫画にならざるを得なくてなった漫画なんですよ。
他の漫画がドンドン終わっていった結果、まぁこれももちろん人気はあったんですけども、どう考えても少女漫画の絵だったんです。当時の基準で行くと少女漫画的な絵なわけですよ。
大井:
オタク絵ってやつですよね。
さやわか:
オタクが描いたオタクの絵の作品がなぜか看板漫画になったんです。しかも、オタクの漫画だから屈折していて、これって最初からの設定が“人を斬らない”ことを前提とした漫画なんですよ。
大井:
そう。殺さないっていう。
さやわか:
つまりこれも、ジャンプ的なインフレのバトルのシステムからちょっと引いた、ズレたところにある漫画。
大井:
「最初から俺はインフレに乗らないぜ」っていう。むしろ、これは最初からインフレ終わったあとのキャラクターですからね。
さやわか:
そうそう、そういうことなんですよ。だからすごい時代っぽいなぁって。
大井:
昔最強だったけど、いまは別に……みたいな。
さやわか:
で、そういうものがこの時代のジャンプの看板をやるというのが非常に時代を反映していて、いいなぁと思った。
大井:
『ドラゴンボール』が終わって、看板がこれですからね。
さやわか:
逆刃刀っていうのは、一応反対側に刃はついているんですよね。だから斬ろうと思ったら斬れるんだけれども、でも斬らない……っていうところで。
大井:
ガチギレすると殺すっていう。
さやわか:
そうやって、無節操な暴力の否定みたいなことをやっている漫画だからこれはすごく平成っぽい。不況、そして多様性の時代に入ってから我々はどうする? みたいな。やっぱり『SLAM DUNK』はそこまでじゃないところで終わった感じがするんだけれども、『るろうに剣心』は、もっと深刻な時代の漫画ですよね。
大井:
多分、オタクがいじめられなくなってくる時代とリンクしているんですよね。5、6巻目ぐらいから『新世紀エヴァンゲリオン』みたいな敵が出てくるんです。そのとき『エヴァ』ブームで。
そのあと、一般の人達がアニメ見るようになっているので、そういうのとうまく並行して歩き始めたのが『るろうに剣心』だと思うんですよね。
さやわか:
そう。大井さんが言ったことも共感できる。なぜかというと、変な漫画なんですよね。なんかわけのわからないモンスターみたいなキャラクターがいっぱい出てくる。
大井:
まぁアメコミ好きな人ですからね。
さやわか:
リアリティじゃないんですよね。90年代後半ってホントに『エヴァ』的な意味で荒唐無稽なフィクションがやりにくい時代に、なんとなくなってしまったんですよね。
90年代の頭ぐらいまでだったらまだやれていたんだけど、段々みんな心理主義みたいなものが好きになったり、リアリティが好きになったりとかした。ところが和月伸宏は、この絵で、全力でそうじゃないものを描くんですね。この人がいないといまのジャンプはないと思う。
大井:
オタク絵がトップを取るというのは多分これが初めてだった気がするんですよね。
さやわか:
いまのジャンプってそれこそ異能モノっていうか、トンデモ世界みたいなものがいっぱいあるわけじゃないですか。それってこの人がその礎を築いたと僕は思うんです。
コメント見ると、この時期のジャンプを読んでいなかったって人が結構いるわけですけれども、それは多いと思いますよ。だってこの時期のジャンプって……。
大井:
『SLAM DUNK』と『ドラゴンボール』が終わってるんだから(笑)。あと『幽★遊★白書』も終わっているんだから。
一同:
(笑)。
(画像は幽★遊★白書 1 (集英社文庫(コミック版)) | 冨樫 義博 |本 | 通販 | Amazonより)
さやわか:
終わってるんだから、読まなくてもしかたないっていう。でも『るろうに剣心』は支えてくれていたんだよ。
大井:
そう。俺も連載中は楽しく読んでましたからね。やっぱ志々雄真実出てきたからおもしろくなってきた……みたいな感じで。(コメントを読みながら)
人類史に残る漫画『ONE PIECE』が目指しているものとは
さやわか:
『ONE PIECE』!
大井:
『ONE PIECE』はもう紹介する必要がないとはいうものの、『ONE PIECE』はなにがすごいかというと、この人は……どっから喋ればいいのかな?
……最初にいうと、僕はギリシャ神話がすごく好きで。というか神話がすごく好きなんですよ。
さやわか:
(笑)。遠いところから話が始まった。
大井:
(笑)。子供のころから世界中の神話みたいなものが好きだったわけですよ。ギリシャ神話、ケルト神話、北欧神話とか。それでギリシャ神話ってなにかっていうと、吟遊詩人が地方を回って、それぞれの神様の話を集めてきて、ひとつのギリシャ神話という世界観でまとめて歌うっていうのがギリシャ神話だったわけですよ。
要するにディオニュソスとか別にギリシャの神様ではなくて、適当な蛮族のお酒の神様なわけですよね。そういうのを無理やり世界観を統合してギリシャ神話の神様ですよっていってまとめるのがギリシャ神話なわけですよ。
ということを、尾田栄一郎は20世紀の人類の物語カルチャーを、要はディズニーとか、おとぎ話とか、ジャンプとか、昔のアニメとか、任侠ものとか、要は人類が考えたそういう小話みたいなやつを“海賊”っていうメタファーで全部まとめたっていう感なんですよね。
要は、映画以降のカルチャーみたいなやつを全部まとめてみようという実験作として僕は『ONE PIECE』を読んでいるので、この漫画は人類史に残る漫画だという褒めかたをいつもしているんですよ。
さやわか:
これはホントに大井さんが仰っていたとおりで、“冒険”っていうものにすれば、なんでも詰め込める。これは本当にすごくって、バトル漫画ではなく、実は冒険漫画なんですよ。
大井:
バトル漫画としておもしろいところなんて、水の都編の最後ぐらい。
さやわか:
そう。ジャンプの漫画ってバトルよくやってるよねって考えた結果、バトルだけでやっていくと、最終的にどれだけデカイ敵と戦うか、みたいな話になっちゃうから。
大井:
そう。そして『るろ剣』みたいに最後は諦めるんだよ。
さやわか:
だから『るろ剣』を経た後で、あらゆる要素をどんどん投入しても破綻しない物語をやろうとすると、こういう形になるんですよね。で、実はそれって『HUNTER×HUNTER』も同じことをやるんですよ。
(画像はHUNTER×HUNTER モノクロ版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL) | 冨樫義博 | 少年マンガ | Kindleストア | Amazonより)
大井:
それは日本のキャラクター漫画っていう文化がそれの懐が異様に深いっていうのが高橋留美子が発見した発明でもあるわけなんですよ。
さやわか:
友引町という場所にいるということにすれば……。
大井:
そう。友引町で宇宙人で女キャラ連れていればなんでもいけるっていう。これをやっているのが『ONE PIECE』なんだけれども。
さやわか:
だから『ONE PIECE』はすごかったですよ。『ONE PIECE』は海賊っていう設定にして、旅するんだよ……って言ったら、いろんな場所に行けば、当然違うやつもいるよねって話になるわけで。
大井:
この漫画は最初から魚人島という島があると。そこでは魚人が差別されているという話をしているのを、かなり話が進んだあとに魚人島編っていうのがあるんですよね。
この魚人島編っていうのが完璧に描けたら、この漫画は本当にすごいことになると思ってたんだけど、魚人島編は本人も多分インタビューで答えているんだけれども「しくじった」って言ってるんだよね。実際読んでてもしくじったなって思ってたので、あのとき横に頭のいいやつがいればよかったのにっていうのが俺の後悔ですよね。
要するに、差別の問題を描きたかったんですよね。でもそれが差別とはなんぞや? とかそういうところにうまく踏み込めなかったんだよね。あれがすごくもったいなかったなぁっていうのがここ10年くらいの感想です。
さやわか:
そうですね。でもこの人が唯一うまくできるのか? っていうのがわからないのは、そういうセンシティブな問題ですよね。
大井:
でも、センシティブな問題が描けないっていうのは日本人全体の問題ですよね。
さやわか:
ディズニーとかは、まさにアメリカは現実問題としてそれに直面しているわけですから、見てきたようにというか、見てるままを描くわけじゃないですか。
大井:
彼らも乗り越えるのに10年くらいいろいろ頑張ったわけですもんね。ピクサーの映像表現を極めてからみたいな。
さやわか:
やっぱり『ONE PIECE』というか、尾田さんはそこを描かないといけないんだっていうのをすごく頑張ってはいるとは思いますけどね。
大井:
だから政治性を受けて苦手になってしまったというコメントが出るくらい、日本のコンテンツの中で一番難しいところがそこなんですよね。でも『ONE PIECE』で踏み込めなかったら、相当厳しいと思います。
さやわか:
厳しいでしょうね。だって『ゴジラ』ですら、あのくらいの「原爆の比喩でございます」みたいな感じだったわけじゃないですか。いまやちょっとでも政治的だってことになると「音楽に政治を持ち込むな」的な世論が沸くわけですよ。
いろいろあっていいじゃない、みたいにも思うし、いまの海外のコンテンツとかを見ていると、政治性が普通に入っていますけど? みたいにもなっているので。もうちょっと、日本の漫画もナチュラルにやったらいいと思うんですけどね。
大井:
おもしろい漫画としてね。
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元サンデー編集者も出演【漫画で振り返る平成】~出演:さやわか、大井昌和、武者正昭~
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