“平成を象徴する漫画”とは?『ONE PIECE』『名探偵コナン』『うしおととら』…歴史に残る名作の魅力に迫る【漫画で振り返る平成】
少年漫画において一番完成度が高い『うしおととら』の特殊性
大井:
『うしおととら』。まだサンデーのターンだ。
さやわか:
『うしおととら』は1990年。
武者:
平成初頭ですね。
大井:
多分、少年漫画というジャンルにおいて一番完成度が高いのが『うしおととら』。普通、週刊連載というと話を破綻せざるを得ないわけですよね、どうやったって週刊連載だから。毎号アンケートで1位を取らなきゃいけないわけだから。
おもしろくするのと綺麗にまとめるというのは難しいというか、無理なはずなわけですよ、論理的にね。これがなぜか、うまくいっているっていうのがすごいんですよね。
さやわか:
でも『からくりサーカス』もそうだったけれども、藤田和日郎先生は本当にすべてを回収して、どのキャラクターも全部「よい形」にもっていくっていう感じがありますよね?
大井:
そう。これ別にウェルメイド(上質、よくできている)だからいいって言っているわけではないんですよね。別にウェルメイドではないと思っているわけですよ。
全体としてこれが完成なんだなって思わせてくれる漫画って言ったらいいのかな。伏線もちゃんと綺麗に回収しているんだけれども、キャラクター達が立っている場所みたいなのが全部正解っていうのを、連載しながら見つけられる漫画家って人類に何人いるんだろうみたいな。
普通は『名探偵コナン』の1巻目みたいに、立ち位置みたいなのが揺らぐのが普通だと思うんだけれども、『うしおととら』を読んでると一度も揺らがない感じがするんだよね。
さやわか:
キャラクターがしっかりしているんですかね?
武者:
それは書いているのが藤田さんだから! 『うしおととら』に関しては、始めるまで半年ぐらいかかったんですね。
大井:
十数回ネーム直したっていう。
武者:
1ヵ月ぐらい直しをやっていたんですけれども、1話目がなかなかできなくて。半年ぐらい、毎週1回直しをやっていたんですよ。
描き直していて、僕も何回やったか段々わからなくなってきていて、たくさんやったと思いましたけれども、本人はよく覚えていて「何回ですよ!」って言われてちょっとショックを受けたっていう。
毎週一生懸命やってるからそんな覚えてなかったんですが、でもそうやっていろいろな可能性を最初に考えたからよかったんじゃないですかね?
大井:
なるほど、1回そこで全部出してるから。
武者:
それで多分、考えながら出すんじゃなくて、キャラにしてもこんなのがいてもいいんじゃないかとか、最初にブレインストーミングをやったのがよかったんじゃないかなと。
大井:
最初に徹底的にブレストやったみたいな。
武者:
だから始まってからは僕は全然苦労しなくて。
大井:
だから武者さんが苦労していないということは、先生も苦労してないわけはないでしょうが、ある程度ビジョンが見れて作れたってことですよね。
さやわか:
スピード感が。まっすぐに向かっていけるっていう。
武者:
それがよかったのかなって。結構ボツになった最初のエピソードをちゃんとあとで使ってるんですよね。全部ではないですけどかなり使ってて、それも愛着あったのかなって。
大井:
それはおもしろいですね。僕は新しい企画を作るときって、ネーム5回以上やり直したら別の企画やろうかなってなりますよ。
武者:
普通はそうですよね。
さやわか:
いや、だって普通は音を上げますよ。
武者:
お互い段々空気が重くなっていくので。
大井:
音を上げるっていうか、ビジョンがわからなくなるから一旦置いておこうって。
武者:
迷路に入っちゃう。
さやわか:
これないのかなってなるじゃないですか。
大井:
最初に見えたビジョンと違うところに行ってるから、変なネームができるだけだからやめておいたほうがいいかな……みたいなのが経験上思うんですよね。
武者:
そのときはやっちゃったんです。そんな意地の張り合いみたいなことを半年もやったんですよ。
さやわか:
すごい。
大井:
俺も本読んだとき、十数回直したネームがこんな傑作になるなんて!? って思いながら読んでたもん。
さやわか:
ちなみに一番最初のネームとできあがった第一稿っていうのは全然違うんですか?
武者:
全然違いますね。タイトルも違うし、主人公も違うし。
さやわか:
主人公も違うんですか?
武者:
だからホントに、ファンタジーってぐらいしかないくらい。バトルファンタジーってことぐらい。
大井:
だからこういう作りかたでもたどり着けるんだってことにビックリもしたし、当時リアルタイムで読んでてもこんな漫画読んだことないって思いましたね。
武者:
すべて藤田先生が頑張ったからですよ。
さやわか:
だって、半年も直したら、それは多分一番最初にやりたいと思った要素すら取り外しているはずなんですよ。それやったら、正直作家は「これ、俺が描こうと思ったやつじゃないじゃん」って思うはずなんですよ。
大井:
というか、わかんないから描けなくなるはずなんですよ。
さやわか:
そうそう。なにがこの話の軸だったのかもうわからなくなると思いますよ。
武者:
でも、そういうことはずっと話してましたよ。抽象的なことは話してました。
さやわか:
結局これの話の肝はなんだろうねって話に最終的になっていくんですよね。
大井:
でもそれがこんなことに……傑作になるとは……。
武者:
ある日、トンネルを抜けたんですね。
さやわか:
サンデーでこれだけダイナミックなバトルアクションっていうものをやるんだっていう。
大井:
で、これもやっぱラブコメが入ってくるわけですよ。
さやわか:
だってこれ、もう完全にギャルゲーみたいな話ですからね。
大井:
そう、ギャルゲーみたいな。日本美少女巡りみたいな。美少女ゲームをやりながら、バトル漫画をやるっていう。こんなことが実際に可能なのかっていうね。(コメントを読み)「ご当地ヒロイン」ですよ。
さやわか:
ご当地ヒロインですよ。センチメンタルグラフィティですよ。
大井:
それをやりながら、こんなにハードな民俗学的な妖怪話をバトル漫画として展開していくわけですよ。
さやわか:
そして、初期はかまいたちとか鬼とかが出てくるわけですが、途中からある程度、戦略というかいろいろな問題があったのかもしれませんが、オリジナルの妖怪なんですよね?
武者:
そうですね。
さやわか:
だからそれ、そういう怖いものをよく考えるなって。
大井:
そうだし、グローバルになっていくのがすごくて、妖怪話なのに中国とかインドとか出てくるわけですよ。日本国内の妖怪を倒す話なのに、世界を救う話とはこういうことだなっていうのが綺麗に描けていて。
スタッフ:
武者さんは設定などにどのくらい関わっていたのでしょうか?
武者:
全体像はずっとしゃべってましたね。とらの最後のシーンも最初から言ってましたらからね。
大井:
え、本当ですか?
さやわか:
最初から言ってたんですか!?
武者:
ええ。そして、その通りにやってくれたので、奥さんが反対したとかって話を聞きましたけれども、「いや、ちゃんとやったほうがいいと思って」と言いながらちゃんとやってましたね。
さやわか:
いや、あれが、めちゃめちゃいいんですよね。
大井:
あれがよかったですよ。
武者:
最後は決めた通りにやってくれたので。ただ7年くらいやることになったのは驚きましたけどね。そんなに長くなるとは思ってませんでした。
さやわか:
感慨深いですね。
大井:
あれを計算して作れるとか……。
武者:
割と計算づくだったと思いますよ。だんだん絞られていく流れも最初から。あと、ラスボスももちろん決まってましたからね。
大井:
ラスボスは最初に出てきてたからわかってたけど。
武者:
そのあたりもだいぶ初期に決まっていて、あとは何回ぐらいやるかっていうね。
大井:
普通、漫画ってお話レベル、プロットレベルでこうするって決めておいても、要は絵の力で話って変わってくるべきで、とくに藤田先生の場合、弾みがいっぱいありそうじゃないですか。
さやわか:
これだけの絵のダイナミックさで描いているのに。
大井:
それなのにそんなプロット通りにいけるんだってことに衝撃を……。
武者:
あくまで大枠ですよ。大枠。
さやわか:
大枠って言ってもね……。
大井:
中国の兄弟が槍作った話あたりでとらのエンディングって決まったのかな、ぐらいに思ってましたね。
さやわか:
ああ、過去編に行って、とりあえずいろいろな因縁をあとから付け加えたのかなって思ったんだけど。そうではなかったと。
武者:
僕も全部知っているわけではないですからね。
大井:
あの絵でコントロールできるっていうのがすごい。
さやわか:
そしてさっきも言いましたけど、サンデーならではの女の子との関係をメインに据えているのがホントにいい。だってこれ、メインテーマが母の話でしょ。そういうところもすごい好きなんですよね。ジャンプ漫画だったらこうはならないと思うし。
大井:
ジャンプ、マガジンだとこの“熱さ”ができないんだよね。要は美少女達がたくさん出てくるからテンションも上がるし、敵も怖いから「美少女を守るため」っていうのは、一番原動力としてわかるし。
ジャンプ、マガジンではありえないスタイルで、バトル漫画を作ったという意味では『うしおととら』は本当に歴史に残る名作だと思ってますね。もちろん諸星大二郎(SF・伝奇)的に楽しむこともできますからね。
“機能主義”赤松健の真骨頂! 『ラブひな』は自動的に風呂にも入る
大井:
やっぱり、マガジンでなにか挙げろって言われたら『ラブひな』を入れざるを得ない。
これはさっきの『うる星やつら』で始まった、平成のキャラ文化が一回到達するのがこれですね。
さやわか:
やっぱりそうですよね。赤松健がいかに賢い人間かというのが。
大井:
赤松健の頭のよさがここに集約されているという。彼の最大の傑作はこれですよ。
さやわか:
そうでしょう。やっぱり、寮に温泉があるに決まってるだろう! という天才的な設定がいいですよね。
大井:
温泉でハーレムをするということによってなにかをすべて省略させたみたいな。
さやわか:
そう。いろいろなことを省略できる。ヒロインの風呂シーンとかも当然入るからっていう。。
大井:
“機能主義”赤松健の真骨頂みたいなものですよね。(温泉があるんだから)自動的に風呂にも入る。
さやわか:
もう1巻からこんな感じですからね。
大井:
しかもこの人はちゃんとギャルゲーを研究して描いたって言ってますからね。だから頭のいい人がラブコメ描くとこうなるんだという。
それがマガジンの編集主導の企画が多かったっていうこととなんかしら通じるところがあると思うので、大今良時先生とは違うタイプの作家の戦いかたっていうものを、赤松先生は見せてくれる感じがしていつもすごいなって。
さやわか:
いやー、いいわ。いまパラパラって読んだだけなんですがやっぱりいい。このなに、泣き笑い?
大井:
そうね、泣き笑い!
さやわか:
あと、殴られてチュドーンって飛ぶとかね。それはもともと、サンデーのやるやつだろっていう感じ。サンデーというか、どちらかというと増刊サンデー的なやつをマガジンで堂々とやり始める。
大井:
本来そうだったんですよ。このころに高橋留美子先生が『犬夜叉』を描き始めて、ラブコメ成分が薄くなったころに『ラブひな』が注入されたわけですよ。
(画像は犬夜叉 (1) (少年サンデーコミックス) | 高橋 留美子 |本 | 通販 | Amazonより)
さやわか:
だってこれ99年なので、つまりこれは『To Heart』とかが流行ったあと、キャラ属性重視のギャルゲー文脈が成立したあとのやつですからね。
大井:
だからそういう新世代の、高橋留美子のキャラ文化をギャルゲーとかがバージョンアップさせたやつを、さらにバージョンアップさせてくるっていう。
こういうすごいことを、赤松健は知能でなんとかするっていう稀有な漫画家だったと思うんですね。頭よく漫画を描くとはこういうことだと。
『金田一少年の事件簿』が売れたことによる“ルパンシステム”の確立
さやわか:
マガジンの『金田一少年の事件簿』。
『名探偵コナン』を成立させた漫画で、この時期のマガジンの、つまりいまのマガジンの王道のコマ割りとか、話の作りかたとか、企画の組みかたみたいなものが、これで完成している感じが僕はするんですよね。
大井:
まあ、確かに平成らしい講談社というかマガジンの樹林伸さんスタイルですよね。編集が企画作ってそれを作家に書かせるっていう。
このころ、ニッポン放送のラジオをよく聞いていて、この漫画が始まる前に樹林さんがラジオに出て宣伝していましたからね。そういうマーケットに対する行動もやってる人だったので。
さやわか:
さすが。
大井:
そのころは伊集院光さん曰く、ただのヒョロヒョロしたおにいちゃんだったのにとか言われてましたね(笑)。
武者:
その路線は、多分、五十嵐隆夫さんっていう編集長が結構作り込んでね。
大井:
樹林さんの上(上司)がですか?
武者:
そう、多分彼が集大成させたんじゃないかなとね。
さやわか:
五十嵐編集長ってすごい有名な方ですよね。
武者:
個性的な方ですよね。
大井:
ちゃんと積み重なって……なんで出てきたのかなって思ってたけど、ちゃんと積み重ねだったんですね。
さやわか:
五十嵐さん、結構長いことやられていた方ですよね。
武者:
そうですね。
さやわか:
確か五十嵐編集長に変わったときに青山さんはマガジンで賞をとっていたのだけれども、青山さんの絵はマガジンに合わないからって編集長に言われたって担当が言って、それでサンデーに行くんですよ。
武者:
それが五十嵐さん!?
さやわか:
そう。それが五十嵐さんだと思う。
大井:
なるほど。
武者:
歴史が紐解かれていきますね。
大井:
つながってきましたね。そのとき青山先生がマガジンにいたら『金田一少年の事件簿』だけが残ることになる。
さやわか:
ですよね。『金田一少年の事件簿』だけが残っていて、当然それに影響を受けた『名探偵コナン』はないという。
大井:
それはやばいところだった。
それで『金田一少年の事件簿』が売れたことによって、なんとかの昔の名作の孫って言いっちゃえばなんでもいけるんですよね。“ルパンシステム”だよね。思いついた樹林さんすげーなって思う。
さやわか:
いろんな孫がありだと。
大井:
そう、なんでも言えるんだと。アインシュタインの孫とかでもいいんだっていうね。なんでも行けるっていうことを教えてくれたのがこの『金田一少年の事件簿』だったよね。