本当は子供に見せられない『もののけ姫』。無防備なサンとアシタカに何があったのか問われた宮崎駿「わざわざ描かなくてもわかりきってる!」
■意味がわかると100倍美しく見えるアシタカの旅立ち
岡田:
カヤと話した後、アシタカが村を出て走っていると、夜が明けます。それと同時に、音楽が盛り上がって行く。背景自体も、メチャクチャ綺麗な夜明けの風景なんですよ。みなさんも、金曜ロードショーで確認してください。物凄く綺麗です。
というのも、このシーンでは、宮崎駿は、音楽の久石譲と、背景の担当者に、わざわざこんな注文していたんです。「今、アシタカの心の中は、絶望と怒りと悲しみで真っ黒です。そんな彼には最高の朝をあげたいんです」と。
アシタカは礼儀正しいから「村から出て行け」と言われたら、「はい。わかりました」と言って素直に出て行ったんだけど、心の中は「なんで俺がこんな目に遭うんだ!? 俺は村を助けたじゃないか! 女の子を助けたじゃないか!」という気持ちでいっぱいなんです。やりきれなさで震えるくらい腹立たしくて、哀しくて、ガタガタしているんですよ。
でも、そんな姿を自分を見送ってくれたカヤには見せたくなかった。心配して欲しくないからこそ、彼女に「カヤ、私もお前を思おう」と言う時には、すごくニッコリ笑ってるんです。
あれは、必死であの顔を作っているんです。だから、必要以上に明るい顔なんですよ。本来なら、婚約者の女の子との永遠の別れだから、悲しい顔をするはずなんだけど「悲しい顔をしちゃいけない」と思うあまり、悲しそうな顔をするカヤに対してアシタカは、まるで嬉しそうな顔で笑ってしまう。それこそが、このアシタカという青年の持っている哀しみなんです。
そんなアシタカの心意気に、「僕は何かプレゼントをしたい。彼の旅立ちには“最高の朝”をあげたい。だから、頼む! ここの風景は、物凄く綺麗なものを描いてくれ! 久石さん、ここの音楽はすごい曲を描いてください!」と。
なぜかというと、僕らのアシタカというのは、そういう男なんです! いい男でしょう? そんな、自分の心の中が真っ黒であっても頑張っている男の子には、世の中には、絶望の只中にいたとしても、美しいものがあるということを見せてあげたいじゃないですか!
……と、宮崎駿が言った結果、生まれたのが、このアシタカの旅立ちシーンなんですね。もう、あまりのカッコよさ! 宮崎さんの心意気と、またそれに応える音楽と背景のスタッフ!
■「簡単にわかるように描かなかった」ことによって生まれた誤解
でも、こういった熱さとか内情が観客にはあんまり伝わっていないんですよね。アシタカが「うん。ありがとう、俺もお前のことをずっと思ってるよー」って、ニコニコ笑いながら、パカパカと馬みたいなシカみたいなやつに乗ってるように見えちゃうんですよ。
ここで流れる曲というのは、久石譲が渾身の力を込めて書いた、その名も『アシタカせっ記(アシタカの伝説)』という名前の曲なんです。そんな壮大な曲が掛かって、綺麗な風景がザーッと続くものだから、何も知らずに見ると、なんとなく「アシタカが楽しそうに旅を始めた」ように見えちゃうんですよね。
本当は「彼の内面にはどす黒い絶望があるんだけど、そんな中でも、この世界は美しいんだ」と伝えたかった宮崎さんのメッセージが、お姉さま方の指摘しているような「お前、なんだかんだいって、楽しそうじゃねえか!」って見えちゃう。
ここら辺の原因はやっぱり、本来は『アシタカせっ記』だった映画のタイトルを『もののけ姫』にしちゃったからなんですよ。『もののけ姫』という、一見すると恋愛がテーマになっているようなタイトルにしたから、「この村の地味な女の子の次には、もっといい女が待っているぞー! 音楽もついつい盛り上がっちゃうよー!」っていうふうに見えちゃうんですよね。だから、本当に罪作りなタイトルだと思います。
あとは、今、コメントにあった通り、宮崎さんが観客を信じ過ぎたところもあるのかもしれません。
でも、本来、こういった変なことがあったら、映画は外れるものなんですけど、『もののけ姫』はすごく当たって、多くの人が何度も劇場に見に行った。ということは、やっぱりみんな、見ている中で矛盾を感じているからなんですね。そういった矛盾を確かめようとして、リピートしたことによって、この映画の動員は上がっていったという部分もあると思います。
なので、みなさんもとりあえず「アシタカは気軽に女の子の心を弄んで、大事な小刀を次に好きになった女子にあげちゃう最低男ではない」ということだけは、理解してやってください。
▼記事化の箇所は32:53からご視聴できます▼
#253表 岡田斗司夫ゼミ「新しい見方が発見できる!『もののけ姫』を見る前に、知っておくべき大切なこと」(4.62)
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