幻影旅団は最高だ。HUNTER×HUNTER「ヨークシン編」名場面たっぷりのシーズンをおさらいしてみた
ゴンがノブナガに示した“冨樫漫画の真骨頂”
岡田:
最初に言った通り、クラピカはノストラードファミリーに単に雇われただけなのに、暗黒大陸に行く辺りではもう完全に趣味で緋の眼を集めているマフィアの番頭さんになっているっていうのが、なかなか悲しかったね。
今回もゴンは主人公の見せ場があります。冨樫さんが漫画の描き方の秘訣というのを、他の漫画家に講釈しているインタビューがあります。やっぱり少年ジャンプの漫画としてやらなきゃいけないことは、「テーゼがあり、アンチテーゼがあり、それを乗り越えるジンテーゼを出す」
つまり、常識的な回答を出して、その上で主人公はそれをはるかに超えることをやらなきゃいけないって言ってるんだよね。今回で言えば、幻影旅団のノブナガっていうキャラが自分の仲間が殺されたということで、必ず復讐するって言って泣くんだよね。
それに対してゴンは、「仲間のために泣けるんだね。血も涙もないやつだと思ってた。なんでその優しさを他の人間に分けてやらなかったんだ!」と言って、それまで拷問みたいに負け続けてた腕相撲にがーん! って勝つシーンがある。ここがやっぱり冨樫漫画の真骨頂というやつだよね。
つまり「幻影旅団は悪の集団である」というテーゼを描いて、次にアンチテーゼとして「でも仲間思いのやつらがすごくいる」じゃあどっちなんだ、良いやつなのか悪いやつなのかっていうふうな判断になっちゃうんだけど、そこでゴンは怒って「じゃあなんでその優しさをもっと普通の人に、自分たちが殺した人に向けないんだ!」って言いきれるからこそ、『HUNTER×HUNTER』は冨樫漫画なんだと思う。
テーゼとアンチテーゼの出し方が、相変わらずうまい。逆に言えば、ゴンの見せ場はこのシーズンに関してはそんなにないんだよね。今回の主役は幻影旅団なので、幻影旅団は特有の倫理観とか内部ルールがあって滅茶苦茶面白い。
例えば、メンバーは死んだら交代って言われてるんだ。マジ切れも禁止、メンバー同士がマジで喧嘩するのを禁止しているとかね。(このシーンでは)さっき言ったノブナガというやつが仲間を殺されたので、復讐しようとしてる。
しかし、マチっていう団員が「団長は恐らく鎖野郎を仲間にしたがっていると思うけど」って言う、なぜかというと幻影旅団は、入隊したければ団員を倒せば、つまり殺せば自分と交換可能というルールになっているんだよね。
より強い人間、より強いメンバーを入れようとしているんだけども、こういうことを平気で言えちゃうような、鉄の掟っていうのかな。わりと冷たい掟をもっているような団体に見える。このシリーズを通して幻影旅団の設定やメンバー内のルールが明らかになっていくのが面白いんだよね。
団長・クロロ・ルシルフルは本当に冷徹なのか
岡田:
例えば、幻影旅団がマフィアに警戒されている。だからウボォーギンが「俺たちの中に背信者(ユダ)がいるぜ」と言うのに対して、団長は「そりゃ違う。いないよそんなやつは。それに俺の考えではユダは裏切り者じゃない」これは、キリスト教におけるユダっていうのは何なのかっていうと、イエス・キリストを神の子として信じようとして、信じ過ぎたために、他の人に、みんながイエス・キリストは神の子じゃないっていうわけだよね。
他の弟子たちはついていくだけなんだけど、ユダだけは、それをどうしても周りの人間に証明したかった。なので、イエスをローマ人の監督官たちに売って、ひどい目に合わせれば、神が、神の子だから助けるだろうと、それを見ればみんなイエス・キリストのことを救世主として本当に信じてくれるに違いないというのがあります。
これは、ユダがなんでそんなことをしたのかという、1番目の解釈としては「ユダは裏切り者だから」だけども、二番目のアンチテーゼとして、「ユダこそ本当のキリスト教の信者だったから」ただし神を試してはいけないという旧約聖書にある大原則というのを忘れてしまったと。それくらいのポジションになってるから「俺の考えではユダは裏切り者じゃない」と言ったわけだね。
でも本質はこのページ、反対側のページで、「裏切り者は、俺たちをマフィアに売って何を得るんだ?」というふうに描いていて、ここでちょっとヒソカが顔を見せてるんだよね。これは完全に、団長はヒソカが裏切り者だと知っていて、こんなくだらない裏切りをコイツがするはずがない、俺たちの裏切り者はコイツなんだけども、コイツ自体は裏切り者じゃないんだよ。なぜなら幻影旅団に入るための条件は何かというと、欲しいもののためには何でもするっていうことと、あと、強くなるためにためらいがないということだよ。
ヒソカが欲しいものは「団長と戦うこと」だから、そういう限りでは、実は「俺を殺そうとしているのであっても、立派な幻影旅団のメンバーなんだ」って宣言しているところが、ちょっと面白いところなんだよな。
この後ウボォーギンが殺されちゃったと、殺されちゃった時に、さっき言ったノブナガとかは、すごく心配するんだけども、だけど団長は鎖使いかということで、ウボォーギンが倒されてることを受け入れちゃってるんだよね。
「操作性か具現化系だな、一対一で敗れる可能性が高いのがこのタイプだ」ということで、このシャルナークみたいな捨てキャラが、「俺がついていけばよかった。くそっ」って言ってるんだけども、一切団長はそういうふうなことに関して心が動かされている様子がない。
じゃあ団長は冷たいやつなのか。あくまでノブナガが、ウボォーギンの仇を討ちたいというのに対して、「そうじゃない。お前らは、死ぬのも仕事だ。お前やウボォーギンは特攻だ。死ぬのも仕事の1つに含まれる。情報系、戦略、主に生命線の部隊に対して命を張って闘うのがお前らの仕事だ」と言う。そのセリフとしては納得できるんだけども、団長に関しては幻影旅団の掟に対して忠実な冷たいやつという印象はあるわけだよ。