「マンガを布教する時に“全巻貸す”は絶対ダメ」大学の宗教研究者に“布教ノウハウ”を聞きに行ったら推し活でのNG行為が明らかになった
■推しの沼に沈める方法――いかにしてハマらせるか
――ここまで、推しにいかに触れてもらうかという、いわば布教の入り口の話を伺いました。次は推しを布教したあと、いかに相手を推しの沼に沈めるか、ハマらせる方法を教えてほしいです。
島田:
ある種の格差を、信者のなかに設けることですね。お金を費やしたり、何か努力をすることによって格差が生まれるようにする。たとえば、とある有名な劇団ではオフィシャルな組織ではない私的なファンクラブが多く存在しています。そのファンクラブの活動にどれだけ力を入れているかによって、いい席のチケットがもらえるかどうかが決まる。これもハマる仕掛けです。
――逆に、どれだけファンクラブの活動を熱心にしてもご褒美がなければ……。
島田:
それはのめり込めないですよね。ハマっていく仕組みがあるかが宗教でも重要になってきます。これは一人でやってる宗教や推し活では難しいですね。格差を作るにはある程度の母数がいる集団組織が必要になってきますから。
――たとえば、ミニ四駆の場合だったら、単に作るよりも、いろいろな改造パーツを購入して友人とレースをしたり大会に参加するのがのめり込む仕組みかもしれません。
レースで1位になったらちょっとした名誉があったり、非日常が楽しめるというか。
島田:
まさに、のめり込んでいくことが評価される世界であることが重要です。人間は評価されることに非常に弱いですから。
宗教団体によっては、内部で試験が課されることがあります。宗教の教義についての理解度を確かめるんですね。試験に受かっていくと、「先生」や「教授」と呼ばれる称号が手に入る団体もあります。
もちろん、その団体でしか通用しない肩書ですが、ひと昔前の大学に進学する人が少なかった時代からすれば、先生や教授は雲の上の世界だから、勉強してのめり込んでいく大きな動機になるわけですね。
宗教に限らず、どこでも会員がランク分けされているのはそういう理由です。
――門外漢からすれば、「そんなランクを上げて何が楽しいの?」という感想であっても、当の本人はめちゃくちゃハマっていけるわけですね。
島田:
人間は平等が大切だと謳っているけれど、同時に格差を求める部分も備えている存在です。
――たしかに、アイドルの握手会に通いつめて名前を覚えてもらったら嬉しいかも。
島田:
そうそう。何度通い詰めても自分を覚えてくれないアイドルは人気が出ないでしょうね。逆に一度会っただけで、名前や好きなものを全部覚えるアイドルがいたとしたら、ファンはどんどんハマっていくことができる。これは、銀座のクラブのママや、政治家の田中角栄氏がやっていたことでもあります。
■なぜ宗教にお金やエンタメが関係するようになるのか
――ここまでお話を伺って、現在の理論的なマーケティングやトークスキルが、有名な宗教では経験的に実行されてきたような気がしています。
そもそも宗教の始まりは悩んでいる人を救う純粋な目的で作られたはずなのに、布教する段階で急にお金や権力やエンタメ性のような俗っぽい要素が登場してくる気がして不思議に感じています。
島田:
逆に言えば、そうした布教のノウハウを持っていない宗教は世界宗教と呼ばれるくらいに広まったりすることが難しいし、長い歴史のなかで滅んでしまったりして残らないケースが多いということです。
私達の社会は経済活動と切っても切れない関係にある以上、結果的に経済活動も含めた布教ノウハウに長けた宗教が我々の身近に存在するようになる、ということではないでしょうか。
結局、今日に残っているメジャーな宗教では宗教活動と経済活動が混じり合っているんですよね。たとえば、お坊さんは寺で修行している間は経済活動ができませんから、現在まで伝わるなかで日本の仏教は密教的な加持祈祷を始めたり、仏教式葬儀を始めました。
――つまり、お祈りをしたり、お葬式をすることでマネタイズできるよう工夫したんですね。
島田:
さっき説明したイエズス会もそうですけど、現在の経済社会のなかで宗教活動をするには必ずお金が必要です。だから布教と同時にお金を儲けるための手立てを作らないと、宗教そのものが成り立たないわけです。
そうした流れのなかで、推し活にも共通するようなエンタメ性や信者がのめり込んでいくシステムを備えていったのではないでしょうか。
――インタビューの冒頭でお話してくださったテレビ教会は、福音派の布教の手段でありお金を儲けるための手立てでもある……。
島田:
アメリカにはテレビ番組で教会が寄付を募る下地があるけれど、日本では宗教団体がテレビ番組やSNSで寄付を募るのは難しいよね。日本の仏教にもお布施はあるけど、やっぱりお葬式でお金が動くビジネスモデルだから、SNSで知名度を上げたからといってお墓や戒名を買う人が現れたり、檀家になる人が現れるか、というとちょっとむずかしいですよね。
結果的に日本の伝統的な宗教でインターネットでの活動がうまくいっているところが少ないように見えるのは、ビジネスモデルと布教の場所がマッチしていない点に原因があるのかもしれません。
――街中で宗教のビラを配っていたりしますが、推しを布教したいからといって街中で自分の好きなアイドルのビラを配ってるような人は見たことないです。そのあたりにも宗教と推し布教の違いが現れているのでしょうか?
島田:
そうですね。宗教の街頭活動は、ごくまれな機会を捉えることが目的ですが、そのためには膨大な数の相手に声をかけないといけません。現代では、街頭のような現実空間ではなくネットの世界の広がりのほうが膨大な不特定多数の人間にアプローチできるということだと思います。
宇佐美りんさんが執筆した『推し、燃ゆ』という芥川賞を取った小説に登場する主人公はブログをやっています。BTSもファンがSNSを通して結びついています。現代ではそうしたSNS上での布教活動が街頭での布教活動の意味合い持っているということじゃないかな。
――もしキリストやブッダの時代にインターネットがあれば、SNSをやっていたと思いますか?
島田:
やったかもしれませんよ(笑)。仏陀だって、説教して回ったわけだから少なくとも弟子は有効に使ったんじゃないですかね。今度ブッダがそこに行くよとか。
■もし、布教がうまくいかなかったら
――布教から、すこしズレた話になりますが、推し活をしていると自分の推しに対するアンチに出会うこともしばしばあります。僕自身も好きなものに対する反対意見をネットで見かけると、気にしないように努力しても少し嫌な気持ちになってしまうことがあります。
宗教ではアンチに出会ったらどう対処するのでしょうか?
島田:
宗教の場合は、偉大な存在として神とか仏が設定されているわけです。そこに最後は任せる……という考えがあるんですよね。具体的に言うとアンチと出会った場合、自分が信じている神や仏をより強く信じることでなんとか乗り越えようとするわけです。
――本当に信じていれば、アンチの言葉なんて気にならないはずだ! 信心が足りない! みたいなことですか?
島田:
まさに、そのとおり。それに、不安の9割はなんとかなるって言うでしょう(笑)? だいたい時間が経てばなんとかなっちゃうから。
――(笑)。
島田:
まぁ、色々な宗教がありますが「悪い状況は良い方向に転じていくきっかけである」みたいな考え方は、宗教の基本的な部分に共通してると長年研究していくなかで私は思ってるんですよ。
宗教用語で言うと、「通過儀礼」の教えというものですが、苦難があってもこの試練を乗り越えれば次にいけるぞ!という考え方ですね。そうして、まずは前向きな気持ちになると悪い状況への対処の仕方も変わってくるしね。
――ということは、推しの布教がうまくいかなかったり、アンチに出会ったり苦難に直面したときは……。
島田:
もっと推せ、ということです(笑)。
[了]
さて、島田先生が語る推し布教のノウハウはいかがだっただろうか。
・オススメするときには強気で推す。
・マンガは全巻貸さずに、はじめの数巻をあげてしまおう。
・推し布教するときは、なるべく閉鎖的な空間で。
…etc
ここで紹介されたノウハウは推し布教にだけに留まった話ではなく、「何かを好きになってもらう」ときに役立つ普遍的な方法だと思う。
個人的には、親から子への布教が最も強固で効果があるという話が興味深かった。
思い返せば、自分がミニ四駆に触れたのは、手先が器用で模型が好きだった父親が子どもの頃に買い与えてくれたことがきっかけだった。
自分の趣味や好きなことには案外、親や周囲の大人の影響が多く有るのかもしれない。
推しを通じて、好きなことを共有できる友人が増えることは素晴らしいことだ。そこで得た人間関係は、きっと人生に大きな彩りを与えてくれる。
ここで紹介された布教ノウハウを、読者のみなさんはくれぐれも悪用するようなことはせず、ぜひあなたの推し活ライフに活かしてもらえれば、これほど嬉しいことはない。
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