プロ野球を知らなくても選手の名前を知っていたのは漫画のおかげ? 水島新司さん死去から“これまでの野球漫画”について考える【話者:久田将義・吉田豪】
『ドカベン』『あぶさん』『野球狂の詩』などの野球漫画で知られる漫画家の水島新司氏が、2022年1月10日に肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。82歳でした。
久田将義氏と吉田豪氏は自身がパーソナリティをつとめるニコニコ生放送「久田将義と吉田豪の噂のワイドショー」ではこの話題について言及。
水島氏の作品を多数読んでいた久田氏は、『野球狂の詩』のお酒、ヤクザ、賭け事などのアウトロー描写を回顧しました。
生前の水島氏へ取材経験を持つ吉田氏は、「野球を知らなくても選手の名前をだいたい知っていたりするのって、野球漫画のおかげなんですよ」「子供ファンを増やすには正解のやり方だったのに、権利の問題が出てきてお金を払わなきゃいけないことになって、時代の流れとはいえそういう作品はほぼなくなりましたね」と、時代の変化とともにアニメ・漫画作品に実在選手が登場する機会が減ったことを指摘しました。
※本記事はニコニコ生放送での出演者の発言を書き起こしたものであり、公開にあたり最低限の編集をしています。この番組は2021年1月26日に放送されたものです。
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■「岩田鉄五郎」「あぶさん」の対談を吉田氏が取材
久田:
本当にご冥福をお祈りします。『ドカベン』も『野球狂の詩』も『一球さん』も好きでした。
吉田くんは水島先生に会って話を聞いたことあるんだよね。
吉田:
はい。申し訳ないですけど、野球に思い入れゼロの人間が会いに行っちゃったっていう(笑)。
久田:
DH【※】を知らなかったんでしょう? びっくりしちゃった(笑)。
※DH(指名打者)
攻撃時、投手に代わって打席に立つ選手のこと。
吉田:
知りませんでした。「DHってダイエーホークスかな? それにしては話が合わないな【※】」って思いながら聞いていて、ずっとキャップのマークしか浮かばなかった(笑)。
でも、ボクは仕切り役で会話に介入しなくて済んだから、そんなに野球知識がなくても取材は成立しました。
※福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の略称はFDH
その取材の内容は、水島先生の作品に登場する「岩田鉄五郎」と「あぶさん」が対談するというもの。水島先生のご自宅で、先生自身が一人二役で声色も変えて喋り続けるという狂気の企画。それをやりきれる漫画家は、水島先生ぐらいしかいません。
しかも、その対談のイラストを水島先生が書き下ろすという。
久田:
すごいですね。岩田鉄五郎とあぶさんか。
吉田:
誰もできないですよ。赤塚不二夫先生とか楳図かずお先生レベルの芸達者な漫画家でもできるわけがない。
久田:
乗り移ってるね。
水島先生の漫画自体は読んでなかったの?
吉田:
『アルプスくん』や『へい!ジャンボ』といったプロレス漫画や、『ファイティング番長』みたいな梶原一騎原作作品は読んでるんですけど、『ドカベン』は柔道時代で終わってます(笑)。「え! 柔道やめちゃうの!?【※】」みたいな(笑)。
※連載初期は柔道漫画として描かれており、途中から野球漫画に方向転換している
久田:
柔道部時代も面白かったよね。アメリカ人柔道チームとの対決や、空手と昔の表現で言う「野試合」やったり。
吉田:
水島先生のプロレス漫画とか柔道漫画とかは読んでたんですけど、野球を知らないから野球漫画はほぼ読んでないんですよ。
取材の前に『あぶさん』を読んでちょっと知識を入れて……みたいな(笑)。
久田:
山田太郎とか岩鬼とかの存在は知ってます?
吉田:
柔道の人として、キャラクターは知っているわけですよ(笑)。
久田:
「怪我をおしても試合する」という構図が水島漫画の特徴だと思うんだけど、山田太郎や他の登場人物も怪我しながら戦っていましたね。
でも、そういう吉田くんは嫌いじゃないですね。野球は全然興味ないっていう人は、いても全然いいと思うんですよね。
吉田:
『野球狂の詩』も映画しか見てないですね。アニメもちょっと見たかな。
■選手の名前を知ってるのは野球漫画のおかげ
久田:
今、考えると編集が尻込みするような設定も結構あって、子供心にショッキングだった描写の一つに、『ドカベン』では、大阪の通天閣高校の坂田三吉という投手が出てくるんですね。
彼は、石を投げて犬を倒し、近所のおばさんにあげるんだけどおばさんは「美味そうな赤犬や」みたいなことをつぶやくんです。坂田投手は、それほど凄い威力のあるストレートがあるというエピソードなんだけど、登場はエグかった(苦笑)。
あと水島作品にはヤクザがよく登場してきていて、『野球狂の詩』には火浦健が東京メッツのエースなんだけど、ヤクザに拾われた双子のうちの1人と言う設定。高校野球で、頭角を表すんだけど、「お父さんがヤクザだとプロ野球選手にとってマイナスになる」ので組を抜けるんだけどその代わりにリンチにあって亡くなってしまう。復讐に燃えた火浦がヤクザ事務所に乗り込むシーンとか、東映映画顔負けのエピソードが意外と多い。
吉田:
梶原一騎先生【※1】ともタッグ組んでるし、梶原兄弟【※2】とも仲が良かったし、それなりにそういう世界にも詳しかったりするんでしょうね。
※1 梶原一騎
『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』などスポーツを題材とした作品の原作者
※2 梶原兄弟
梶原一騎氏、真樹日佐夫氏の兄弟のこと。真樹日佐夫氏は漫画原作者・小説家・空手家
久田:
作中に賭け事とかも出てくるしね。アウトローとか結構出すんですよね。『野球狂の詩』はお酒を飲みながら投げちゃうピッチャー日の本盛とかも出てくるし、個性が「ドカベン」の大人バージョンみたいで好きな漫画でしたね。
吉田:
ただ、水島先生みたいな人がだんだん生きづらい時代になっていっちゃっているじゃないですか。80年代半ばぐらいから、実在の選手をそのまま漫画に使うことがやりづらくなっていって。
ボクらは子供の頃、野球を知らなくても選手の名前をだいたい知っていたりするのって、野球漫画のおかげなんですよ。学年誌だろうが少年誌だろうが何でも実在の野球選手が実名でそのまま登場する野球漫画が載っていました。
これは子供ファンを増やすには正解のやり方だったのに、権利の問題が出てきてお金を払わなきゃいけないことになって、時代の流れとはいえそういう作品はほぼなくなりましたね。
久田:
なくなったよね。
吉田:
水島先生だけ猶予でちょっと続いてたけど、その辺もやりづらくなって、おそらく晩年はいろいろと大変だったはずなんですよ。
久田:
「え、水島先生ダメなの!?」と思っちゃったもんね。
吉田:
大変でしたよね。日本のプロ野球の知名度を上げた相当な貢献者なはずなのに。
久田:
すごいですよね。すごく読まれていたんじゃないですか。
『ドカベン』だと亡くなった大沢親分こと、大沢啓二さんが日ハムの監督として少し登場するんだけど、一球マウンドから明訓高校練習中に投げるんだよね。厳密にはプロ野球選手が高校生(アマチュア)を教えちゃいけないということで、問題になっちゃうようなリアリズムに基づいたエピソードとか好きですね。
あと、今だったら絶対に大谷翔平選手が登場するでしょうね。
吉田:
水島先生はベテラン漫画家インタビューでは当然必要な人材じゃないですか。
できれば架空対談の語り部だけじゃなくて、普通のインタビューをしてみたかったんですけど、ある時期から水島先生は取材を受けなくなっちゃって、オファーしたけどダメだったんですよね。
久田:
そうですよね。でも会えただけでもすごいな。さすがだなと思いましたね。
吉田:
まだ取材を受けている時期に会えていてよかったです。
久田:
本当に貴重ですよね。
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