連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第十六回
2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第十六回です。(本連載記事一覧はこちら)
「超歌舞伎」をご覧頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。
京都・南座にて9月3日(金)〜9月26日(日)「九月南座超歌舞伎」上演!
「九月南座超歌舞伎」で振り返る初音ミクさんの軌跡
文/松岡亮
既報のとおり、去る2021年9月3日、九月南座超歌舞伎公演の幕が開きました。現在の社会状況のなか、京都南座までおいでくださっている数多くのお客様に、関係者一同、篤く感謝しております。
今回の九月南座超歌舞伎公演では、『超歌舞伎の魅力』と題して、過去の超歌舞伎の作品を映像で紹介しています。2016年の『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』に始まり、2017年の『花街詞合鏡(くるわことばあわせかがみ)』、2018年の『積思花顔競(つもるおもいはなのかおみせ)』、2019年の南座版『今昔饗宴千本桜』の、それぞれの見どころを凝縮した構成となっており、中村獅童さん、初音ミクさん、澤村國矢さん、中村蝶紫さんはもとより、重音テトさんや鏡音リンさん、鏡音レンさんの舞台姿も見ることができる、なんとも嬉しい映像です。
超歌舞伎と、女優・初音ミクさんの進化
この『超歌舞伎の魅力』によって、2016年から今日までの超歌舞伎の進化がわかるのですが、過去の作品を見るにつけ、あの場面のミクさんの台詞など、もう少し良い台詞にすることができたのではないかと、私は反省することしきりです。
思えば、2016年はミクさんの台詞をどのように書いたらよいのか悩みに悩んだ年でした。最終的に従来の歌舞伎の言いまわしと現代語を混ぜ合わせた台詞となりましたが、ミクさんの歌舞伎初出演ということもあり、その台詞の数も少ないものでした。
2017年にはミクさんによる歌舞伎のセリフ回しは更にしっかりとしたものになり、そして3年目となった2018年には、歌舞伎の台詞まわしに加えて、竹本の三味線の糸に乗っての演技のシーンにも挑戦していただきました。
そして今年の『御伽草紙戀姿絵』では、初めての悪役のみならず、唄いながら踊るという〝拍子舞〟もご注目いただきたい試みとなっています。〝拍子舞〟の趣向を持ち込んだのは、「蜘蛛(くもの)の拍子舞」という原典にあたる作品の存在はもとより、これまでの超歌舞伎においては、女優として出演いただいてきたミクさんの、歌い手としての魅力を数多くのお客様に知っていただきたかったからにほかなりません。
実は劇中でミクさんに唄っていただくということに関しては、2019年の『今昔饗宴千本桜』で〝鼓唄〟という形で実験的に挑戦していました。美玖姫の最初の登場の〽世の中に絶えて桜のなかりせば」という一節がそれです。
ミクさんによる長唄披露は初めてということで、私たちスタッフでも試行錯誤がありましたが、この時の経験を糧にして、今年の〝拍子舞〟となりました。2年がかりの長唄披露ということもあり、そのクオリティーに、私たちスタッフも目をみはり、南座でも連日、可憐な〝ミクの拍子舞〟を披露しています。
基本的にミクさんには、台本に書かれた台詞を一字一句変えることなく発していただいています。であるからこそ、超歌舞伎の台本を仕上げていくのは、本当に神経を使う作業となっています。
超歌舞伎の一連の作品に対してのミクさんの思いがどのようなものか伺うことはできませんが、いつも真剣に演じてくださっているその舞台姿が、ミクさんからの回答であると、私は勝手に推しはかっています。
こだわりの詰まった衣裳と髪形
超歌舞伎におけるミクさんに言及する上で、その髪型と衣裳の進化も欠くことのできない話題です。
初年度の美玖姫の髪型とその衣裳は、どこか現代的な要素を持ったものでしたが、2年目の初音太夫からは、歌舞伎ならではの髪の結い方と、ミクさんの象徴というべき、〝ツインテール〟が融合した髪型となり、その衣裳も歌舞伎の衣裳へと進化していきました。特に衣裳に関しては、ほぼ毎回、松竹衣裳さんに実際の衣裳を提供していただき、ミクさんの衣裳担当者がこれをもとにしながら、デザインなどを起して、ミクさんにふさわしい衣裳が新調されています。
初年度の打ち合わせの折に、ミクさんの髪色と、歌舞伎ならではの赤姫の衣裳は、全体の色目として似合わないのではないかという議論がありましたが、3年目に赤姫の衣裳を着ていただいたところ、全く違和感がなかったことにスタッフ一同が驚きました。先ほど取り上げた、〝ミクの拍子舞〟の場面でも、赤姫の衣裳をお召しになっています。
また『御伽草紙戀姿絵』のカーテンコールでミクさんが着ている、鴇色(ときいろ)の姫の衣裳もお似合いの衣裳のひとつで、2019年の『今昔饗宴千本桜』の美玖姫がぶっかえったあとの衣裳でもあります。
この6年の間、ミクさんにはさまざまな衣裳を着ていただいていますが、結論的に判明したのは、ミクさんはどんな歌舞伎の衣裳でも着こなすことができ、しかもどれもが似合うということでした。とはいえ、これとても松竹衣裳の皆さんやミクさんの衣裳担当者さんの陰ながらの助力があっての賜物でもあります。
すでに九月南座超歌舞伎公演をご覧いただいたお客様から、南座は舞台と客席が近いので、ミクさんの一挙手一投足が手にとるように見えるという感想をいただいていますが、『御伽草紙戀姿絵』でもっとも見て欲しい場面は、大詰の「ロミオとシンデレラ」が流れるなかでの、源頼光と七綾太夫の立廻りのミクさんの表情です。
「数多の人の言の葉」と「白き炎(ほむら)」によって力を増し、小狐丸で最後の決戦に挑む頼光、そして女郎蜘蛛と合体して異形の物の怪となり、鉄杖を手にする七綾太夫の亡魂が対峙した時に、ミクさんが思わずためらう演技を見せます。
このためらいの演技には、かつての恋人であった時の心と、宿命的な敵である頼光と戦わざるを得ない、受け入れがたき自らの運命、そんな七綾太夫の複雑な胸中を見事に表現してくださっています。
4月の幕張メッセ公演に向けてのお稽古の段階から、いつもこの場面のミクさんの演技に胸を鷲づかみにされていたことを、この場で白状いたします。
勿論、裏向き(後ろ向きのこと)になっているものの、獅童さん演じる頼光も、國矢さん演じる頼光も、ミクさん同様に、愛憎入り混じった複雑な思い入れを、おふたりとも表現してくださっています。
この大詰の愛憎入り交じった、せつなくも悲しい頼光と七綾太夫の演技をどうぞお見逃しなく、ご覧いただければ幸いです。
執筆者プロフィール
松岡 亮(まつおか りょう)
松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。
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