連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第十五回
2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第十五回です。(本連載記事一覧はこちら)
「超歌舞伎」をご覧頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。
京都・南座にて9月3日(金)〜9月26日(日)「九月南座超歌舞伎」上演!
9月12日(日)生配信も決定!
・九月南座超歌舞伎公式サイト
https://chokabuki.jp/minamiza/
コロナ禍での無観客上演『夏祭版 今昔饗宴千本桜』
文/松岡亮
1年前の2020年8月16日、東京都豊島区のHareza池袋にある、東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)から『夏祭版 今昔饗宴千本桜(なつまつりばん はなくらべせんぼんざくら)』を無観客配信し、23万5千人以上の方々がご視聴くださり、大きな反響をいただきました。
同作品は、今年の4月23日にオープンした熊本ピカデリーに、日本初の上映システムとして導入された〝3面ライブスクリーン〟のオープン記念作品に選ばれて上映されるという栄誉にも浴しましたが、今回はその〝夏祭版〟の上演について、ふり返りたいと思います。
2020年の年明けと共に、4月に開催される超会議にむけて、『御伽草紙戀姿絵』を鋭意製作中でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、超会議はネットでの開催となり、超歌舞伎も幕張メッセイベントホールから無観客での上演を目指していました。
しかし4月7日の首都圏を含む7都道府県への緊急事態宣言の発出を受けて、無観客での上演も中止となり、その後、6月に予定されていた京都南座での超歌舞伎公演も中止となったことはご存じのとおりです。
2016年から毎年のように4月は、数多くのお客様で溢れる幕張メッセに滞在していただけに、在宅勤務が基本となった2020年の4月は、なんとも物寂しいものでした。とはいえ、ネット超会議の企画のひとつであった、超歌舞伎の過去作品一挙再放送が連日盛り上がる様子を見て、改めて超歌舞伎の人気の高さを再確認すると共に、私自身大いに励まされました。
ネットで全国に届ける“夏祭版”超歌舞伎
やがてエンタメ界から配信型のコンテンツが発信されるようになり、歌舞伎界からも配信コンテンツが数々誕生し、話題を集めていました。そのような状況のなかで、超歌舞伎としても何かできることはないかと個人的に考えていた2020年6月初旬、超歌舞伎の歌舞伎チームのプロデューサーから、久しぶりに着信がありました。
用件は2020年8月のいわゆるお盆休みの時期に、〝ネット超会議2020夏〟が開催されることになり、そのフィナーレとして超歌舞伎を無観客生配信で実施することが決定したので、近々オンラインミーティングを行いますという、思ってもいない連絡でした。
この連絡からほどなくして、2020夏の超歌舞伎プロジェクトが早速、動き出しました。第1回目のオンラインミーティングで、総合プロデューサーの横澤大輔さんから、コロナ禍で日本全国の夏祭りが中止となっているので、ネット超会議を各地の夏祭りに代わるようなお祭りにしたいという企画意図が語られました。
その上で、フィナーレを飾る超歌舞伎には、パンデミックのために閉塞した社会状況を打破するような祝祭的な盛り上がりと、疫病退散の願いをこめた舞台を目指したいという、篤い思いを吐露して下さいました。
無観客配信をする8月16日まで、2か月を切っていることもあり、ゼロベースからの新作ではなく、過去の超歌舞伎の作品を再構成し、2020夏ならではの超歌舞伎にしようという方向性でまとまりました。
こうしたことをふまえて、やはり祝祭的に盛り上がることができるのは、『今昔饗宴千本桜』しかないというのが、各セクションの一致した意見でした。その段階で、私がジャストアイデアで思いついたのは、前年の南座超歌舞伎公演のリミテッドバージョンでの経験もふまえ、中村獅童さん、澤村國矢さんの二人忠信という趣向で、中村獅一さんの青龍という配役を思い描いていました。
そして善は急げと、すぐさま『夏祭版 今昔饗宴千本桜』の台本の執筆にとりかかりました。物語の骨子は変えることなく、初音ミクさん演じる美玖姫と千本桜の精霊による踊りの場面や、中村蝶紫さん演じる初音の前の独白部分、また青龍のために疫病が流行しているという設定、さらに二人忠信の趣向を取り入れた準備稿を脱稿したのは、6月下旬のことでした。
獅童・國矢・獅一の「三人忠信」
ところがこの台本を読んで下さった獅童さんからのレスポンスは、歌舞伎公演の再開もなかなか見通せない状況下であるので、むしろこうした機会に國矢さん、獅一さんに忠信を演じて貰い、自分が青龍を演じるという、私たち製作スタッフが思ってもいない言葉でした。
この獅童さんの思いに、製作スタッフ一同が驚くと同時に、胸が熱くなりましたが、やはり獅童さんの忠信がいなければ超歌舞伎として成立しないということで、幕切れに三人目の忠信として登場していただく演出になりました。
視聴者の皆さんが、あっと言うであろうこの配役は、配信当日のサプライスにしようということになり、オープニング映像のキャストクレジットから、役名の表記をはずすことがすぐさま決定しました。
とはいえ、青龍から忠信に変わるのは簡単ではありません。ご存じのとおり初演以来、青龍は藍隈(あいぐま)をとっており、短時間でこの化粧を落として、紅隈(べにぐま)の忠信になるというのは、時間の制約から考えて非現実的です。そこで、隈取(くまどり)をとらない青龍という案も上がりましたが、それならば隈取をとった仮面を使ってはというアイデアを、獅一さんが出してくださり、化粧の問題は解決しました。
さらにもうひとつ、考えなければならない問題がありました。それは衣裳の問題です。青龍の衣裳は法被(はっぴ)に大口(おおくち)という、着るのも脱ぐのも手がかかる衣裳なのですが、ここから忠信の馬簾(ばれん)つきの四天(よてん)に仁王襷(におうだすき)という衣裳に5分弱で着替えるのは非常に難しいことが想像され、衣裳を変更することも視野において、松竹衣裳のスタッフさんと何度も打ち合わせを重ねました。
最終的に出た結論は、これまでのどおりの衣裳でも着付けに関してのシミュレーションをしておけば、5分弱の時間で着替えることができるというもので、松竹衣裳のスタッフさんの経験値と的確な判断に頭が下がりました。
願いを込めた「数多の人の言の葉を」
各セクションで8月16日に向けて、着々と仕事が進むなか、ひとまずの形になった準備稿を読み返すうちに、何かが足らないという思いが、日増しにつのっていきました。確かに構成としては破綻なく成立しているものの、2020年8月に上演する意義のある『今昔饗宴千本桜』になっていないということでした。
ではどうしたらパンデミック禍で上演される超歌舞伎の作品になるのかと自問自答した時に、脳裏に浮かんだのは幕張メッセ・イベントホールの、桜色に輝くペンライトで埋めつくされた満員の客席でした。
そこで、超歌舞伎の型となっているコメント誘発の場面の忠信の台詞を以下のものに改め、ようやく私自身のもやもや感が消失していきました。
國矢忠信 いかに三千世界の人々よ、疫病収束の願いを込め、たとえこの場に集うこと叶わずとも、皆々を隔つる妨げ乗り越えて、
獅一忠信 共に心をひとつとなし、おのおのが居ますところより、
両 人 数多の人の言の葉を。
こうしていよいよ8月12日から、感染リスクを避けてのお稽古が開始されましたが、出演者の皆さんもスタッフの皆さんも久しぶりの対面ということもあり、感慨もひとしおの稽古初日となりました。
そんななか、CGチームが実に粋なはからいをみせてくれました。以前、このコラムでも触れたように(第十三回参照)、『今昔饗宴千本桜』のオープニング映像には、獅童さんのお母様が姿を見せますが、この演出を改め、獅童さんのお母様の傍らには成長した陽喜君が、抱いているのはこの年の6月に誕生したばかりの夏幹君になっていました。
この配慮に獅童さんはもとより、私たちスタッフも感激しましたが、これも5年の歳月を共に歩んできたチームだから成せるわざだと思いました。
その後、お稽古も順調に進み、配信前日には東京建物 Brillia HALLに入り、舞台稽古が始まりました。会場となったBrillia HALLの使用にあたっては、劇場文化の創出とサブカルチャーの発信に力を入れている豊島区さんの多大なご尽力をいただきました。
かくして迎えた2020年8月16日、配信当日となりましたが、これまでの超歌舞伎とは異なり、1夜かぎりの舞台を生配信するのは、初めてのことで、いつもとは違う緊張感に包まれるなか、出演者、スタッフが本番の舞台にのぞみました。
特に無観客配信ならではのカメラワークを作ることに専心されていた生放送演出ディレクターの田中暁史さんと、そのカメラチームの緊張感は並々ならないものがあったと推察しています。舞台の熱量が見る者に伝わってくる、超歌舞伎ならではの素晴らしい配信映像は、田中さんとカメラチームの結束の賜物であり、この時もリハーサルでの収録映像を見直し、各カメラの動きに関してのディスカッションと調整を続けるこのチームの様子を見て、ただただ敬服するばかりでした。
そして遂に開幕の時間となりましたが、当然、会場内には、誰ひとりとしてお客様はいらっしゃいませんでした。しかし、獅童さん、ミクさん、國矢さん、獅一さん、蝶紫さんを始めとした出演者の皆さん、我々スタッフ一同は、あの日の会場に詰めかける大勢のお客様の歓声、拍手、息吹、さらにペンライトの光の存在を感じていました。目には決して見えないけれど、そこにあるお客様の存在感、それが、一期一会の舞台の熱量の源になったと私は確信しています。
やがて、配信終了を告げるスタッフの声と共に、Brillia HALLに沸き起こったのは、その場に居合わせたスタッフの拍手で、時折、感極まって洟をすする音も聞こるなか、しばらくの間、拍手は鳴りやみませんでした。その後、舞台上の獅童さんから、出演者、スタッフへの感謝の言葉が述べられて、再び会場が拍手で包まれました。
無観客配信というこれまでにない形で上演された『夏祭版 今昔饗宴千本桜』でしたが、この時の経験が超歌舞伎の更なる進化、成長を促進させ、その結果が2021年の『御伽草紙戀姿絵』へ繋がっていったと思っています。
※文中 歌舞伎用語 参照リンクサイト
日本俳優協会・伝統歌舞伎保存会公式ホームページ
「歌舞伎 on the web」歌舞伎用語案内
執筆者プロフィール
松岡 亮(まつおか りょう)
松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。
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