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安野モヨコが『ハッピー・マニア』で描いた”平成の地獄”――建前だけでは共感は得られない”大人が読む少女漫画”の世界とは

 『後ハッピーマニア』は、「フィール・ヤング』にて連載中の安野モヨコによる少女漫画。「このマンガがすごい!2021 オンナ編」で第2位を受賞した人気作品です。

(画像は「安野モヨコ『後ハッピーマニア』特設サイト」より)

 本作は、1995年から同誌にて連載していた『ハッピー・マニア』の数十年後を舞台に物語が描かれていきます。

 ニコニコ生放送「山田玲司のヤングサンデー」にて、漫画家・山田玲司氏は、安野氏の出生や『ハッピー・マニア』連載当時の時代観について言及しました。

 安野氏がどのような人物で、どういった問題意識のもとで作品が描かれているのかを考察。作品のテーマが形作られた経緯を安野氏に影響を与えた漫画家・岡崎京子やバブル期の結婚観とともに読み解いていきます。

左から山田玲司、伊澤恵美子氏、シミズ氏、久世孝臣氏、奥野晴信氏。

※本記事はニコニコ生放送での出演者の発言を書き起こしたものであり、公開にあたり最低限の編集をしています。

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第191回 安野モヨコの幸福論〜「後ハッピーマニア」に見る日本の女性が「幸せ」に苦しむ理由

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大人が読む少女漫画は建前でなく裸にならないと共感は得られない

山田:
 大人が読む少女漫画というのは、建前を漫画にするようだと通用しない世界で、ある種の裸にならないと共感を得られない。それが大人の女性が読む漫画なんじゃないかなと思うんですよね。

 『ハッピー・マニア』がまさにそうでした。安野さんが何を書いたかというと、平成の地獄なんです。

 なぜ平成の地獄を描くことになったかというと、彼女は1971年に生まれて、東京都多摩市で育ってるんです。

 そして、出生年から時代の動きがすごくて、1971年生まれの場合、1991年に20代が始まるんですね。つまり、高校時代から大学へ入るぐらいに、バブルが絶頂期を迎えます

 その後、1991年から1992年あたりにバブル崩壊の引き金が引かれるので、20代が始まったらバブルが崩壊します。それまでは、女子は若いんだけでちやほやされる時代があったんですが、変わってしまうんですね。

 その後、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)とともに30代が始まる。2001年にイラク戦争が始まり、サブプライムローン問題まで、世情的にも経済的にも決していいとは言えない2000年代を生きる。それが安野さんなんです。

 だから、よかった時代をかなり生々しく知っていて、どうしても学生のときに与えられたゴールを追いかけようとしてしまうんですよ。

 それによって「選ばれた私のはずなのに世の中どうなってんの」となってしまいます。そして、もうひとつ、決定的な出来事となったのが、1993年のウェディングブームです。

奥野:
 そんなのあったの?

山田:
 ありました。世の中はバブルのノリでお金が残っている人が数多くいたので、ウエディングブーム当時の女性たちは「今ここで結婚しないとヤバイ」という空気になりました。この時期の「結婚! 結婚!」という雰囲気は本当にすごかったんです。

 それまでのバブル期に「ウェイウェイ」やってたディスコのお立ち台のお姉さんたちが一斉に主婦になったんですね。そのうえで、どれだけの勝ち組になったかを競う時代だったわけです。

一同:
 へ~~。

山田:
 その時期に安野モヨコさんは漫画を描いているんです。だから、いろいろなことを抱えざる得ない。

 そして、ウェディングブームという要素が『ハッピー・マニア』にも刻まれてますよね。『後ハッピーマニア』に至っても、ずっと結婚の問題で苦しんでるんです。結婚=正義だったはずなのにという問題とずっと向き合っています

 女性たちはウェディングブーム以前の「出会った二人は結婚して末永く暮らしました」というシンデレラ的な物語を信じさせられていた。だけど、実際はそうじゃないことがわかってしまうということを、全身で受け止めて表現してるのが安野モヨコさんなんです。

 この人の漫画に出てくるのは、基本的に恋愛至上主義で、結婚原理主義な人々ですよ。本来、「恋愛していれば幸せ」と思っているなら結婚にこだわらなくてもいいはずなんです。でも作品に出てくる人たちは結婚にこだわる。

 1990年後半~2012年ころの生まれたZ世代とは、世間体とかのいろいろな問題がまったく違いますよね。

結婚、仕事、美容、バブル崩壊後に女性たちがしがみついた3つのボート

山田:
 もうひとつ、重要な要素として、安野モヨコさんは『東京ガールズブラボー』や『PINK』などを手掛けた漫画家・岡崎京子さんのアシスタントをしていたんです。

奥野:
 道理で……。絵が似てると思ったんだよね。

山田:
 安野モヨコさんが多摩市出身なのに対して、岡崎京子さんは下北沢出身なんです。下北ネイティブで東京のど真ん中で生まれ育っている。岡崎さん自身は無自覚な女王なんです。東京の外から来た人にとって絶対に手に入らないもの持ってる人なわけです。

 岡崎さんの余裕のあるおしゃれ感に憧れて、安野さんはついて行こうと必死になっていたんですね。しかも、岡崎さんがひと世代上なんですよ。

奥野:
 なんかヌケ感というか……。

久世:
 『くちびるから散弾銃』とか思い出すと、すごい似てる。

山田:
 岡崎さんのやってるヌケ感というのは、自然と抜いているところがあるんです。だから、後からそれをおしゃれだと思って追いかけてくる人間はきつい。

奥野:
 岡崎さんは「動」と「静」で言うと、「静」だと思うんですよ。そこに狂気が入ってるじゃないですか。対して安野さんって、「動」のエネルギッシュな狂気というか……。

山田:
 そうですね。安野モヨコは走り続ける女。そして、止まったら死ぬ(倒れてしまう)女。

 絵面で見てもらうとわかると思うのですが、例えは安野さんが『ハッピー・マニア』の前に書いてた『ジェリービーンズ』は、全開でおしゃれなんですよ。ファッション誌で「私はおしゃれピープルですよ」と宣言するような。

 一方、岡崎さんは、河原の雑草だらけのところで死体を探しているようなおしゃれスタイル。そのリアリズム、空気感が当時、先端的でかっこよかった。そんな岡崎さんのスタイルに安野さんは憧れを持っている。

 都会というのは、外から見て初めて成立するもので、都会に生まれてる人にとっては、ただの地元なんです。その違いがふたりには、ものすごくありますよね。

 安野モヨコ作品には、岡崎さんへのコンプレックスも含めて、たくさんの情念が込められているんですよ。それを抑えて消さずに、暴走したエネルギーが使われているんですね。

 東京ヒエラルキーというコンプレックス、自分の中にあるオタク的要素を否定するオタク差別。また、男性に対するクレームみたいなものも含まれてきます。

 当時のバブル崩壊を高校や大学のころに見てる人は、それまでなんとかうまくいくと思ってたんです。本当に姫になれると思っていた。あの時代は、金持ちの男性を捕まえて、何とかしようと思ってたのに、一斉に金持ちの男性がいなくなってしまったんですね。

 「私たちはノリでなんとかやっていけるだろう」という考えの時代があったんです。その時代にうまく乗れた人はよかったんですよ。だけど、乗れなかった人たちはどうなったかという話に安野さんは向き合ってます。

 僕はバブル崩壊後に女性たちがしがみついたボートがあると思うんですよ。日本のバブルタイタニックが沈んだときに、少ないボートが残りました。

 まず女性たちがしがみついたボートは、結婚なんです。もうひとつは仕事。最後のひとつは美容です。だから、安野モヨコさんはこの3つがメインになってることが多いんです。

 結婚したし、仕事も手にしたし、美しい自分でもいるというキャラクターが『ハッピー・マニア』のフクちゃん(福永ヒロミ)なんです……が、このフクちゃんが『後ハッピーマニア』のなかで不幸になってんですよね。

 もかも手にした女性が負け組になっているという後の世界を描いているので、安野モヨコさんは全部に目をそらさず、向き合っているんですよ。

『ハッピー・マニア』は頭がいい人が描いたバカな女の話

山田:
 じつは『ハッピー・マニア』では、作品序盤で本質にあることをほぼ告白しちゃっています。いくつかセリフの中にキーワードがあって、そのひとつが「あたしみたいな女の子を好きになるような男はダメ」

 かっこいい男と付き合いたいけど、あたしみたいな女の子を選ぶような男じゃない、という。この矛盾は伊澤さん、どうですか?

伊澤:
 それなーーーっ!

山田:
 これって自己否定ですよね。本人もインタビューで言ってるんですけど「終わらない自分ツッコミと自責、自傷、自己否定」という。安野さんは、このまんま生きてますよね。

 自分を救ってくれる人を待ってるんだけど、自分から自分を救う気がないんです。愛の問題、自分を助けて欲しいという救済の問題を語っているんですが、絶対にうまくいかないんです。

 うまくいかない理由は、作中で描かれています。作中でタカハシ君(高橋修一)に言われてる「うまくいかないのは好きじゃないからでしょ」という。これをタカハシ君に最初から言われてるので、安野さんは何が問題でこうなってるのかちゃんとわかって書いてるんです。

 衝動的に自分のことを書いてるように見えますが、じつはめちゃめちゃコントロールされてる漫画なんですよ。ちゃんと答えがある、わかってる人なんです。わかっているけど、できないんですよ。

久世:
 わかっちゃいるけど、やめられないところで、ずっと続いてるわけじゃないですか。あらゆるハッピーを想定して、追いかけて行って「でもダメだダメだ」と答えは出てるはずなのに。

山田:
 「あなたが好きだ」と言ってイケメンのところに行くんだけど、本当は好きじゃない。本当は好きじゃなくて、どうして欲しいのかといえば、自分を助けてほしいだけなんです。そこに愛はないわけ。

 だから、愛のない男性にだまされるというか、振り回される結果になっていく。これが平成地獄絵師の本領発揮……。これを描く安野モヨコの最大敵ってなんだと思います?

久世:
 ……こんな辛辣に書けるんだったら敵なしだと思っちゃいますけど。

山田:
 僕は「女の目」だと思います。つまり、同性にどう見られるかということですね。

伊澤:
 いや~……。そうです、そうなんです。

山田:
 そうですよね。だから綺麗に着飾るのは、男性に見せるというよりも女性に見せるためにやるわけじゃないですか。

 だから、これって内部告発ですよね。すごく冷静に自分自身がわかっているから、物語に落とせるんです。安野さんは頭がよくて、『ハッピー・マニア』は頭がいい人が描いたバカな女の話なんですよ。

 もうひとつのポイントとして、自信のあるクズ男との性愛地獄というのがあります。こういう男は女のことをどうでもいいいいと思ってるから、あまりしゃべらないんですよね。

伊澤:
 だから、優しいんですよね……。

山田:
 女性にしゃべらせて、ポイントポイントで、ひと言決めゼリフだけを言う。それと、同意を得ないで”コト”に及びますよね。基本的になし崩しの男たちというね(笑)。

 なんでこういう男性に引っかかるかというと、自分に自信がないからなんですよ。これは典型的な恋愛地獄のひとつ。こういう男性は、今でもいるんじゃないかなと思います。これを告発してらっしゃいますよね。

 『ハッピー・マニア」の物語が何かというと、幸せになりたい女の子がいろいろな男たちと出会って、ヤっちゃうんだけど「違うな」と思って違う男のところに行く。それがずっと続いて「これじゃダメだ」となって自立しようとしたところ「けっきょくダメだ」となってしまう

 典型的な自立と依存。自立する自分と依存する自分の間の地獄です。『後ハッピーマニア』で恋愛市場に戻りますが、女として相手にされてない状態に入ってしまうんです。

 それこそ「エヴァに乗らんといてくださいよ」状態になるんです。「シゲカヨ(重田加代子)さん、恋愛せんといてくださいよ」と。「45歳で放り出すか!?」という強烈な自分自身に対するツッコミ。それがリアルで本気だからこそ読んでて辛いんですよね。


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