「竈門(かまど)を読める人が増えただけでもありがたい」鬼滅ブームで聖地化した『竈門神社』を神職の方の解説付きで散策してきた
宝満宮“竈門神社”――1350年前に九州は太宰府に建立され、昨年から巻き起こっている『鬼滅の刃』ブームにより、今にわかに作品のファンに聖地として注目されている神社である。
太宰府といえば学問の神様として菅原道真公を祀る「太宰府天満宮」が有名だが、何を隠そう宝満宮竈門神社はその太宰府天満宮が建立されるより以前に、大宰府を鎮護する目的で建立された歴史を持っており、天満宮とも非常にゆかりの深い神社なのだ。
そうした長い歴史と由緒を持つ宝満宮竈門神社が、いまの『鬼滅の刃』ブームをどのように受け止めているのか? そもそも宝満宮竈門神社とはどのような場所なのか? 本取材はそうした疑問を解き明かす目的でおこなわれたものだ。取材には、宝満宮竈門神社の権禰宜(ごんねぎ)である、馬場宣行さんが応じてくださった。
取材では、ブームによって増えたという『鬼滅の刃』の絵馬にまつわる話や、『鬼滅の刃』ファンから聖地として見られるようになった理由、1350年という歴史のなかで様々な信仰を集めるに至った歴史的経緯についても話を聞くことが出来た。
その内容を、宝満宮竈門神社の美しい境内の写真とともに、あますことなく本記事で伝えられたらと思う。
取材/トロピカルボーイ・腹八分目太郎
写真/金澤正平
サムネイルデザイン/犀川
■1350年の歴史を持つ宝満宮竈門神社
――本日はよろしくお願いします。竈門神社の様子を写真でもお伝えしたいと思っていたので、天気が晴れてホッとしています。
馬場:
それは良かったです。今年は、寒がちょっと遅かったので、紅葉の見頃も少し遅くなりました(※取材時は12月初旬)。先日、雨が降ったりしたので終わりかけかな? と思ったら、また赤くなってきてくれました。
毎年見てくださっている地元の方からは、「今年は赤みが増したね」と言っていただいております。
――こちらの鳥居は、竈門神社の建立時からあったものなのでしょうか?
馬場:
いま、皆さまにお越しいただいている宝満宮竈門神社の歴史としては1350年ほどございまして、その頃はまだ鳥居や石段はございませんでした。建立のそもそもの経緯は、そのころ国の出先機関であった大宰府政庁の鬼門を封じるために、北東の方角にあたる、この奥の宝満山の山頂に真榊を立て、八百万の神をお祀りしたのがはじまりです。
――今も竈門神社では八百万の神をお祀りしているのでしょうか?
馬場:
神社の伝承によりますと、天武天皇の御代、開山心蓮上人が山中で修行中、今の主祭神であります玉依姫命(たまよりひめのみこと)が現われ、「ここで国と民を守る」というような言葉を残された後に金剛神へと姿を変えて龍馬に乗って天を飛行されました。これを受けた朝廷の命によって上宮が建立され、今の主祭神である玉依姫命が祀られることになりました。
上宮ができたあと、今の境内がある中宮、最後にいま私達がおります下宮ができた流れになります。このような石段も勿論はじめはなく「お詣りしやすいように石段作りましょう」とか、「参道を作っていきましょう」とか、皆さんの信仰に合わせて今の神社の形が出来上がってまいりました。
――九州には「竈門神社」という名前の神社が3つありますが、それらには関連はあるのでしょうか?
馬場:
九州には他にも「竈門」や「宝満」の名の付く神社が多くあるのですが、竈門信仰の始まりは当社になります。それらはすべて「分け御霊(わけみたま)」と言いまして、お神様の魂のようなものをご神体となるものにお遷しして、それぞれ各地の神社としてお祀りされております。同じく今話題になっております溝口竈門神社さんもそうであり、八幡竈門神社さんもそうなるかと思います。
■境内の紅葉も石段も「信仰が形になったもの」
――紅葉がすごく綺麗ですね!
馬場:
敷地には300本ほどの楓の木がございます。他にも桜の木は200本ほどございますね。実はこちらの紅葉はすべてが自然に生えたものではありません。
――「自然に生えたものではない」、それはどういうことなのでしょうか?
馬場:
太宰府のなかで続いている「紅葉上げ」という行事が関わっていまして、地域の方の人生の節目……41歳の初老の時と60歳の還暦の時に皆で集まって、街中を練り歩いて天満宮には梅の木を、その翌年に竈門神社には楓の木を奉納するのです。
――ちょっと待ってください、さきほど「300本ほどの紅葉がある」とおっしゃいましたが、ということはその儀式は300年も続いているということでしょうか?
馬場:
「紅葉上げ」自体は120年ほどの歴史です。しかし、「紅葉上げ」はそれ以前からあった信仰を形にしていこうというものなので、そうした風習はそれ以前からあったのではないかと思います。
――先程から「綺麗だな」と何気なく見ていた竈門神社の風景は、地域の方の信仰が形になったものだったのですね。
馬場:
たしかに、今皆さんが見ていただいている紅葉や石段、それらは信仰が形になったものですね。そうしてきたものを見た方々がまた信仰の心を持っていただければ嬉しく思います。
■神仏習合――竈門神社と共にあった最澄の流れを汲む修験者たち
馬場:
いま、まさに『鬼滅の刃』という作品のファンの方たちにこちらの神社を注目していただいているわけですが……。確かにファンの皆さんがおっしゃるところを見ると、いくつか作品との共通点はあります。
たとえば、まず「竈門神社」の名前が主人公の竈門炭治郎と同じであるということがまずひとつ。そして、神社が建立された理由が鬼門封じであること。今も修験会の方々によって行われている護摩焚きの時にお召しになる衣装が市松模様であるなどがあります。
もうひとつ、物語に「刀鍛冶」の方が登場するのですが、実はこの地域には金剛兵衛(こんごうひょうえ)という有名な刀鍛冶の方がいらっしゃいました。当神社にはその刀鍛冶の方のお墓がございます。こちらです。
――へぇー! 刀鍛冶の方のお墓があるのですね。
馬場:
この地方では刀を打つのに適した砂鉄と水が豊富に採れたようですね。金剛兵衛さんはだいたい鎌倉時代に活躍しておられた方でした。
――いま、さらっと聞き流しそうになりましたが良い箱(1185年)作ろうの鎌倉時代より以前から続いている竈門神社の歴史のスケールの大きさに驚いています。
馬場:
たしかに、ずいぶん昔のことに思えますね。それに、宝満山では炭治郎くんが生業としていた炭づくりが昔行われていて炭窯の跡も残っています。そういった諸々の歴史的な経緯が作品のファンの方たちの間で話題を呼んでいるようですね。私共としましては竈門(かまど)という漢字を読める人が増えただけでもありがたいことだと思っております。
長い歴史を持つ神社ですので、敷地内には主祭神以外の信仰の対象もお祀りされています。たとえばこちらにはお稲荷さんがございますね。
昔の神社やお寺では神仏習合の時代の歴史を持つものも多くあります。
当神社でも平安時代のはじめに僧であった最澄が遣唐使として唐にのぼられる前に、こちらの宝満山に籠もられた歴史がございます。そして最澄を慕う方々がやはり山に籠もられて修験として修行をなさる歴史的経緯がございまして、昔は敷地内に「竈門山寺」というお寺が栄えておりました。
しかし明治に入って廃仏毀釈が政府によって唱えられ、神道国教化が進められると竈門寺は廃寺になってしまいました。その頃の修験者の方も一度途絶えてしまったのですが、昭和57年にその子孫の方たちによって修験会が復活しました。
神道の考え方でもあるのですが、「神であっても仏であっても皆様が祈りを捧げる場は大切にしていこう」ということで、そういった経緯がありつつ、修験会の方々も竈門神社の場所で修行を続けておられます。
――1350年の歴史のなかで、静かな境内からは想像できないほどのたくさんの出来事があったのですね。
馬場:
まさにそうです。では、境内へ参りましょう。
■いよいよ竈門神社のお社へ
馬場:
いま登っている石段は全部で109段ございます。まさにこの石段も地域の方の信仰が形になったものですね。
――こちらの竈門神社の象徴としては、紅葉……楓の木なのでしょうか?
馬場:
当神社は桜がご神紋であり、桜の木を神社のある種象徴として大切にしております。いまは冬なので花はついていませんが、春にはとても綺麗に咲きます。
紅葉に関して言えば11月の中旬から下旬まで夜はライトアップもしていまして、照明には桜の御神紋をあしらっております。
――きっと、春も綺麗な景色が広がるのでしょうね。
馬場:
ここが今からお参りいただく竈門神社のお社です。
――「竈門神社」って書いてある! それにしても本当に立派な建物ですね……。厳かな気持ちになります。
馬場:
いまは手水場もコロナ対策ということでこのような形をとらせていただいています。
当初は仮の手水場を作っていましたが、新型コロナが収束したとしてもこれからの時代に対応していかねばらないということで、思い切ってこのような形にしました。
大きく変わっているように見えても、石は奉納していただいたものを残しつつそれを活用するようにいたしました。
お社自体は昭和2年に今の形で建てられました。こちらの奥が御本殿になりまして真ん中が幣殿、手前が拝殿。拝殿というのが皆様がお参りいただく場所であるということですね。
それより以前は瓦葺のお屋根のお社でした。それを今のような形に建て直したわけです。正面から見える扉は、元々格子ではありませんでした。しかし、1350年の記念の時ここも同じように洗いをかけて綺麗にし、中が見えるすがすがしい形にしようということでガラス戸を入れさせていただいています。
礎石の上にある木の部分は、跳ね返った雨水があたるのでだいぶ腐っていたんですね。ですからジャッキアップをしてちょっと宙に浮かせて、新しい木を継ぎ足して入れたんです。
――本当だ! 柱に木材を継ぎ足した跡がありますね。まさに竈門神社の歴史が感じられていいですね。
馬場:
基本的には御神紋の桜を随所にあしらっております。この季節だけ、本殿の門帳を紅葉にしているのは来ていただく方にできるだけ季節感を味わっていただきたいという思いからそのようにしております。
■恋占いの岩、再会の木…竈門神社に伝わる“縁結び”の伝説
馬場:
お神様のことをご説明させていただきますと、玉依姫命というのはその字のごとく玉(ぎょく)という字を書き、さらにそれを依りあわせる。そこで、お互いの魂を引き寄せ合うことから縁結びの神として信仰されております。
それにちなんだ恋占いの「愛敬の岩」というものが境内にございます。目をつぶっていただいてまず、この岩に手をついていただきます。そして向こうにある岩まで無事にたどり着いたら恋も無事に叶うといものです。
早くたどり着ければ早く成就する。迷いながら、ご友人の方に「右よ左よ」と言っていただきながらたどり着く場合は、ご自身の恋も人のアドバイスを得て叶っていくことになりますね。
――では、ここから向こうに着く過程がそのまま恋に反映されるということですね。なんともロマンティックでキュンとしてしまいました。地元の若者がたくさんお参りするのではないですか?
馬場:
そうですね。多くの方がここでご自身の恋を占っておられますよ。
あとは恋愛に限ったものではありませんが「再会(サイカチ)の木」というものがございます。サイカチというマメ科の植物になるんですけども、宝満山の山頂で神功皇后(じんぐうこうごう)様がサイカチの木を植えられたことに由来します。
「この地に皆で無事に帰って来て再会しましょう」という思いを込めて植えた伝承が元になっておりまして、まだ見ぬ方やまた出会いたい方に会えるよう、祈りを捧げてお詣りをしていただくような木になります。
――こちらの木、小銭が枝についていますね。ずいぶんアクロバティックなお賽銭の方法ですが……。
馬場:
枝を傷つけてしまうかもしれないので、当神社として推奨しているものではないのですが……。これもお賽銭をされた方の気持ちが形になったものですので、むやみに外せないと思いまして、あえてそのままにさせていただいております。やはり、皆さん祈りがあってやられることでございますので。
――お社の裏手に「杖道発祥の地」と石碑があったのですが、あれはどのような由来のものなのでしょうか?
馬場:
ここは夢想権之助という武芸者をお祀りしています。神道夢想流杖儀という杖を使って戦う武道を作った方なのですが、一度宮本武蔵に敗れてからこの宝満山に籠もって修行をしたところ、もう一度宮本武蔵と戦って今度は勝つことができたという話が残っております。
いまでも、毎月第二土曜日に杖道を修行されている皆さまが奉納をされる習わしが続いております。
――長い歴史のなかで、宝満山は幅広い方々の信仰の対象になってきたわけですね。
■授与所のご紹介――現代風のデザインに込められた想い
――こちらの現代的な建物はどういう施設なのでしょうか?
馬場:
こちらは当神社の絵馬やお守りをお渡しする授与所です。
授与所のデザインは銀座ユニクロのデザインなどを手がけられた㈱ワンダーウォールの片山正通さんという方にご縁あって依頼しました。コンセプトとしては当神社は縁結びの神様なので、「縁結びと桜とかまど」をベースにしたデザインとなっております。
――えっ!? 銀座ユニクロのデザイナーさんが竈門神社の建物を手がけられたのですか? こう言っては失礼ですがそのような経歴の方が神社に関わるお仕事をするのは意外に感じました。
馬場:
確かに片山さんにプレゼンをしていただいた時の模型を見たときに宮司も一瞬悩んだんです。しかし、すぐに「これでお願いします」と言いました。
宮司が言うには「1350年という歴史がある伝統を守る場所が、このような授与所を作ることに対して、色んな方々から賛否があるかもしれない。しかし、これからの時代の神社には50年、100年先のことを見据えた神社作りが必要であるから100年後のスタンダードだと思って作ってみよう」という事で最終的にお願いする形になりました。
――竈門神社としても、少しチャレンジ的な意味合いもあったデザインだったのですね。
馬場:
授与所に入ってまず目に入るのはピンク色の縦の石が短冊状に並んでますよね?この凸凹した壁は十人十色、人々のそれぞれの願いを表しています。
天井にあしらった桜はあえてピンクではなく白にしておりまして、そこに竈門神社の四季の風景……新緑や桜、紅葉や雪が映り込むようになっております。
――なるほど! あえてピンクにせず白にしているのには、そういった考え方があるわけですね。
馬場:
そして、かまどというと皆で輪になって囲むイメージから、お守りや絵馬を置く場所は円卓の形をイメージしております。
こちらの絵馬を書くための机も参拝される方からは大変好評を頂いています。ペンも黒一色ではなく「十人十色の願い」ということでたくさんの色を揃える形になっております。
――絵馬を書く机がガラス張りになっているなんて! すごく綺麗だと思います。
馬場:
授与所の裏手には、展望台があります。この舞台にあるベンチと椅子はジャスパー・モリソンさんというイギリスのプロダクトデザイナーの方に手掛けていただきました。
ジャスパーさんは大変日本がお好きな方でして、この神社が縁結びの神様をお祀りしていることを話をしましたら、実際こちらにもお越し頂き、俗に言うラブベンチをデザインしていただきました。
座っているところに工業用のベアリングが入っておりまして回転するようになっております。
なぜこのようなデザインになっているかと言いますと、通常のラブベンチでは腰掛けているペアがくっつくようなデザインのものが多いのですが、ジャスパーさんの考える人の関係性はそうではない、と。
お付き合いしていたり、結婚していたとしてもその時ごとに思いは違うから、あるときはお互いが向き合って、ときに喧嘩をしているときは外側に向くこともできる……日本人ならではの距離感を大切にする気持ちを表したものがこのベンチなんですね。
――なるほど、そのような深い意味があったのですね。竈門神社がお守りしているというこの景色を見ながら、参拝しに来た人たちがここに腰掛けて語り合う。素晴らしいです。
■『鬼滅の刃』絵馬に託された参拝者たちの願い
――こちらで配られている絵馬はどのように奉納されているのでしょうか?
馬場:
絵馬はこちらで見ることができますよ。今は『鬼滅の刃』の影響でたくさんの方が絵馬にキャラクターの絵を描かれています。
――すごい数ですね! なかにはとても上手にキャラクターが描かれたものもありますね。
馬場:
私どもが「絵馬を描いてください」とお願いしたことはないのですが、絵馬は参拝される方同士のコミュニケーションの一つになっているのかもしれませんね。
昨年の11月頃からこうした絵を描かれる方が増えてきたのですが、最近では絵馬の願い事に合格祈願や恋愛成就といった自分の願いではなく「コロナが収まりますように」「コロナ滅」といった、社会や他の人々の幸せを祈られる方が増えております。
やはり、純粋に祈りの場として皆様にご参拝していただいているのを感じる次第ですね。
■神社を運営することは、バトンを受け継いでいくこと
――竈門神社がどのような神社なのか、色々と教えていただくなかで、やはり地域の方たちの信仰の場として長い間大切にされてきた場所なのだなと強く感じました。
馬場:
当神社の宮司は、よくリレーのバトンにたとえて話しております。つまり神社を運営するとういことは、バトンを受け継いでいくことだ、と。
そのバトンを次に繋げるために100点であろうとしたら無理をしてしまう。そうではなく、50点で預かったものを51点で次の人に渡す、そうしていけば次に受け取った誰かは色んな事をやりたくなると思う、そうした営みを代々やってきた、というふうに聞いております。
――なるほど、そうした気持ちで大切な信仰の場を代々受け継いで来られたわけですね。
馬場:
宮司はよく、喜んでもらう人がいることが一番大切だと言っております。そうして喜んでいただければまた帰ってきてくださる。神社の運営はその繰り返しだ、と。
――『鬼滅の刃』をきっかけとした参拝も今後多くなるのではないかと思うのですが、竈門神社のことを新たに知った方へのメッセージなどはありますでしょうか?
馬場:
これだけ長く続いている神社であっても、行事は昔からまったく変わっていないんですよ。しめ縄も地元の方々に当番制で作っていただいておりますし、子供たちの奉納相撲の季節がくれば、相撲の後に習わしとして境内で一緒にお酒を飲んで……そうした営みはお参りする方が増えても昔からまったく変わっておりません。
やはり、どれだけ歴史や由緒のある神社であったとしても、そこに信仰や祈る気持ちがなければすぐに途絶えてしまうのではないでしょうか。その時代ごとにここを大切に思う方々がいらっしゃったのだと思います。
そうしたこの神社を大切に思ってくださる方と、対話を続けながら一緒にここを守っていただいている、そんな感覚で運営をしております。
竈門神社に限らず、日本にはたくさんのお社があります。それぞれのお社が日々の四季の移り変わりの中でいろいろな顔を見せてくれていると思うんですね。そうしたたくさんのお社のなかで、竈門神社を選んでお詣りいただいた方には元気になって帰っていただけるような信仰の場所づくりをこれからも続けていきたいです。
今はこのような世情ですがぜひ、折を見てお越しいただければと思っております。
[了]
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