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「貧乏はただの状態だけど、それで本人の心の中が地獄になれば貧困」岡田斗司夫が語る貧困問題の正しい捉え方

 NHKで報道された貧困女子高生は、なぜ炎上してしまったのか?その背景には「貧乏」と「貧困」が意味するものの違いがあるという。

 「日本人のほとんどは貧困ではないが貧乏である」と語る岡田斗司夫氏が、「貧乏」と「貧困」の違いについて、自身の見解を9月25日の放送「シン・ニコ生岡田斗司夫ゼミ」で語った。


貧乏は状態、貧困は解釈。貧しく乏しいのか、貧しくて困っているのか。

 僕は「貧困」という概念そのものがアメリカから輸入されたものだと思っているんです。日本には貧乏というものはあったけれども、実は「貧困」というのは戦後民主主義と一緒に日本に持ってこられた概念ではないかなという風に思います。

 貧乏というのは「状態」なんです。一方、貧困というのは「解釈」だと思います。お金がない、これは貧乏ですね、状態ですから。でもお金がなくても平気だっていうこともできるんです。ところが、お金がなくても平気だという人が、自分の子供が「我が家は貧乏だ」という理由で友達にイジメられていると言うことを知ってしまった瞬間に、貧困になるんです。

 つまり、状態は変わらないんです。それを気にしなければ貧乏のままだから問題は発生しないんですけれども、我が子がそれでイジメられていてそれに対して何とも出来なかったりする時、貧乏が故に打てる手が何も思いつけなかったり、視野狭窄になって困ってしまったり心が病んでしまう状態が貧困なんです。貧乏は貧しく乏しいと書くのですけれど、貧困は貧しくて困る状態なんです。困らない限り貧乏は別に悪くはないというのが僕の考えなんです。

 貧困というのはその意味では解釈の問題ですから、セクハラとかイジメと凄く似ているんです。セクハラというのは「コレはセクハラですよ!」と言うと、必ず「そんなもんセクハラじゃねぇよ!馬鹿!」と言うおじさんは必ず現れるんですよね。「これは絶対セクハラだ」というガイドラインを作るのも事実上不可能なんです。

 イジメも「イジメの事実は無かった」とよく学校側が報道したりするんですけれど、これも本人の解釈の問題で、顔や態度にイジメられているというのが出ないのは、当たり前のことなんです。そうじゃなくて毎日明るいようにしている。家族も気が付かなかった。でも、本人の心の中は地獄だった。これがイジメなんですよ。貧困も同じで貧乏というのはただの状態だけれども、それによって本人の心の中が地獄になっていれば、これが貧困です。貧乏は状態で貧困は解釈なんです。

 何を持っているから貧困ではないんです。だからNHKで報じられている女の子が、別にコピックを持っていようが、アニメグッズを持っているから貧困じゃないと言うことは本来言えないんです。それによって本人の心の中がどうであったかがポイントであって、貧乏と貧困の差というのは何を持っているかとかこれを買っているから貧困だ貧乏だという話じゃないと思います。

僕も含めて今の日本人の95%はたぶん貧乏

 もう一つ難しいのが、日本は都市社会なんです。貧しくても豊かな暮らしができるという社会なんです。アメリカにはお金がないと最低の生活になってしまう貧困、公共サービスがないような貧困がいっぱいある。お金がないと本当に生きていけない。それでアメリカ人の決まり文句に「お前がそんなに賢いなら、なぜお前は金持ちじゃないんだ?」というものがあるんです。どういう意味かというと「頭が良いんだったらお金を儲けているはずだ、成功しているはずだ」、お金が無いイコール貧乏ではなくて、お金が無いイコール可哀想な貧困だというのが、アメリカ人の考えであって、それを僕らは輸入概念として、得てしまっているものだから現在の貧困問題があると思います。

 今の日本には金はなくてもサービスや物はある程度あるんです。豊かだけど貧乏だというは今現在の日本の実相だと思うのですけれど、貧乏だけどオタクグッズ買えるし、コピックを全色揃えることはできる、そういう貧乏人が山のようにいるんです。フェラーリ貧乏という言葉があって、フェラーリ持っているだけで2万円のアパートに住んでますって貧乏人がTVに出ていますけど、そういうのも当たり前なんです。

 これは僕の解釈なんですけれど、実は今の日本人の95%が貧乏だと思うんです。それは昭和の終わりから平成の頭ぐらいにかけて、日本人に中流意識というものができて、その中流がそこそこ豊かであったんですけれど、この30年間でそれが崩れてですね、で、まだ自分は普通だとか思っている人も多いと思うんですけれど、僕も含めてたぶん日本人の95%は既に貧乏なんです。ただ、貧乏なんですけど豊かだから気がついていないだけです。

大勢の貧乏人に向かって「これが貧乏です」と見せたらイジメが発生するのは当たり前

 みんな貧乏という社会ではどういうことが起こるのかというと、『ハッカーと画家』というアメリカ人のハッカーが書いた名著があるんですけれど、翻訳した中身が全文無料で読めるようになっているので、皆さんも探して読んでみてください。その「ハッカーと画家」の中で、イジメが無くならない理由というのを書いているんです。その理由というのが、閉じ込められていて逃げ場がない環境。アメリカのいわゆる中学校とか高校みたいなところでは必ずイジメが起こると。

 何でかというと、中の人間にあまり差異が見られなかった場合、閉じ込められた人間というのは必ず最下層の人間を見てイジメるようになる。これは日本だけじゃなく、世界中同じなんだなということがよく分かることが書いてあるんです。

 NHKで「この女子高生は貧困です」というふうに取り上げると、NHKの視聴者の95%も貧乏なんですよ。なので、あの番組はどんなことになってしまったのかというと、貧乏人に向かって「ハイ、これこそ貧乏です!」というのを放送してしまったわけです。そうすると周りの貧乏人は一斉にコレのどこが貧乏なんだ!というに決まっているんですよ。

 NHKの人は皆年収が1000万円以上の、もう日本では数少ないエリート層になってしまったので、貧乏人に向かってこれこそが貧乏ですって見せちゃったら、それはイジメも起ころうというものです。「ハッカーと画家」に書いてあるように、差異の無いサークルの中に、違うものを見つけたり目立たせたりしたら、そこにイジメが発生するのは当たり前であって、僕らは全員貧乏で、豊かな貧乏人なんだと言う認識からスタートしないとしょうがないと思うんです。NHKの人は未だに日本には、普通の人が居て、豊かな人がいて、そして貧困という層がいると思っているんですけど、たぶんそうじゃないんです。

僕らはみんな貧乏で困ってない、だから貧困じゃ無い

 本当に困っている困窮している人というのはいるとは思いますけど、でもそうじゃなくて貧乏というのは全員当たり前で、その貧乏さをどういうふうに乗り越えるのかというのは、住んでる都市部とか、もしくは友達関係によってその貧乏さの生活レベルが変わってきてしまう。具体的に言うと、友達の中でステップバンを持っていて車が自由に使えるやつがいたら、あっという間にショッピングモールとかバンバン行けて、お金をぜんぜん稼がずにそれなりに楽しい生活を送れる。

 だけど、友達がいなくて、その友達もほとんど車なんか持っていなかったら、全て歩ける範囲で田舎で暮らしていかなければならないから、これは本当に貧しい生活になってしまうんです。豊かではない生活になってしまう。豊かさとお金というのが必ずしも関係していないところ、おまけにほぼ日本人の95%が貧乏だという前提を共有して無いところから、あの番組の不幸なすれ違いというのが起こったんじゃないかな。豊かで普通な私たちに比べて貧乏で困っている人がいるよという取り上げ方自体がトンチンカンなんですね。

 僕らはみんな貧乏で困ってない、だから貧困じゃ無いんですよ。僕らも困る時があって困った時に逃げ道が見つからない時は、それが貧困なわけですね。それがニッチもサッチもいかなくてサラ金どころか闇金まで手を出しちゃうと、困窮という状態になるわけですね。貧乏→貧困→困窮ですね。貧乏は単なる状態、僕らは全員が貧乏だからあんまり気にしないで良いんです。それが時によって貧困という気持ちになっちゃうんですね、それが困窮という状態になったらそれは本当に救いがなくなってきちゃうんですね。貧乏でも平気だったらあまり気にしなくても良いんじゃ無いかと思います。

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