「マンガ作品の第一話として、100点満点の出来」評論家が『空手バカ一代』第一話を大絶賛する理由って?
11月19日に放送された『岡田斗司夫ゼミ』にて、漫画作品の解説を行なう「ひとりマンガ夜話」が放送されました。
今回は、原作梶原一騎、作画つのだじろうによる昭和のアクション漫画『空手バカ一代』を取り上げ、岡田斗司夫氏は「漫画作品の第一話として、100点満点の出来だ」と絶賛したうえで、どのような技法が凝らされているのかを詳細に解説しました。
※本記事には『空手バカ一代』のネタバレが一部含まれます。ご了承のうえで御覧ください。
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『空手バカ一代』の第1話は100点満点の出来
岡田:
僕は、『空手バカ一代』の第1話を100点満点の第1話だと思っているんです。では、どんな第1話なのかパネルにしてみましたので、連続して見てみましょう。
これがマガジン連載時の1ページ目なんですが、まず「事実を事実のまま完全に再現することは、いかにおもしろおかしい架空の物語を生みだすよりも、はるかに困難である――(アーネスト・ヘミングウェイ)」という引用から始まります。
僕、この原文をかれこれ30年間探しているんだけども、いまだに見つからないんです(笑)。まさか嘘をついているとは思えないので、どこかで本当にそんなことを言っていたんだろうけども、一体どこでの発言なのか。 スペイン戦争に行ったころの文章かなと思うんですけど、いまだに見つかっていません。
この画は、つのだじろうという作者が描いているんですけども、それまでは『ドラえもん』に近い児童漫画っぽい画風だったんです。そこから180度変えて劇画的な絵を描いています。突然、藤子・F・不二雄から藤子不二雄Aに変わったくらいの変化を見せているんです。
そして、「これは事実談であり……この男は実在する!? この男の一代記を 読者につたえたい一念やみがたいのでアメリカのノーベル賞作家ヘミングウェイのいう「困難」にあえて挑戦するしかない……。わたしたちは真剣かつ冷静にこの男をみつめ……そしてその価値を読者に問いたい……!!(国際空手道連盟・極真会館空手三段 梶原一騎)」という宣言が見開きで来るんです。
『空手バカ一代』は、少年マガジン誌上で1971年の5月に連載を開始したんですけども、当時の梶原一騎はつい何か月か前に『巨人の星』の最終回を描き切って連載を終了したところで、おまけに別のペンネームで描いていた『あしたのジョー』は、力石が死んだちょっと後くらいのがんばらなければいけない時期にも関わらず新連載を開始した。
しかも、これまでの少年マガジンの作風とまったく違う絵柄の漫画を持ってきたんです。そしていきなり実話であると宣言、それも、いわゆる『巨人の星』とか『あしたのジョー』というのは架空のヒーローである。しかし、ついに本当のことを語るときがやってきたというような形です。
本当に考えて描かれている第1話
岡田:
そこから始まるのは、「男の……ふとい首には左右からピタリ……とジャック・ナイフがつきつけられていた。さらに……三つの拳銃の銃口がテーブルひとつをへだてて……(中略)1953年6月のある夜ふけ、ここは……ニューヨークの下町スパニッシュ・ハーレム街の一角、ある古びた地下室であった……」というナレーションとともに、薄暗い地下室が見開きいっぱいに描かれます。
このページ全体では、地下室全体の照明として、手前にろうそく奥に裸電球が描き込むことによって、薄暗い雰囲気を出しているんです。冒頭から3ページ連続で真っ黒に塗りつぶしたページから始まって、次のシーンでは、じょじょになにかが見えてくるようになる。
ようやくわずかな灯りだけで照らされた薄暗い地下室が描かれているんです。そこになにが見えるかというと、マフィアに脅されている男の描写です。ここでようやっと実在するという男。つまり、主人公が出てくるんです。
岡田:
そして、やっとキャラクターのセリフが出てきます。「マス・オーヤマ!! あんたはスーパーマンとか聞くがね……! しかしこうなっちゃ絶体絶命! 手も足も出まいよ」と、マフィアの親分のような男が言う。
このページの両側には、ページの破れ目の間からニューヨークの夜景みたいなものがのぞけるかのように描き込んでいます。これによって、この地下室の外にはきらびやかなニューヨークの夜景が広がっているというのを表現しているんです。
それまでのつのだじろうというのは、藤子・F・不二雄みたいなわかりやすい子供漫画を描く人だったので、こういったトリッキーなエフェクトをあまり使わない人だったんです。この第1話は、本当に考えて描いているのがわかります。
そして、マフィアからの「マス・オーヤマ」という呼びかけで、読者はやっと主人公の名前が判明します。この明らかに悪役然とした男に、この状況から脱出できるはずはないだろうというようなことを言わせることで、読者にここから先、主人公のマス・オーヤマが、この窮地をカッコよく脱出するはずだと期待させるようになっています。
このあと、ずっと迫力のあるページ見開き構成で見せていたところから、1ページ単位のコマ構成になります。マフィアのボスが怒って「テレビドラマじゃねえんだっ! 奇跡は絶対に起こらねえ!」と言います。これについては、庵野秀明作品を見ているみなさんはご存知の通りです。
だれかが奇跡は絶対に起こらないと言えば、その5秒後くらいに奇跡が起こるという、この業界のお約束の流れですね(笑)。そう言われたマス・オーヤマは、物怖じせずに「では……どうしてもトミーと女を話しあいではわたしてくれん……渡してくれんと言うんだな!」と返します。
トミーとその女は、端のコマに裸で剥かれています。彼らについては、このカットにしか出てこないキャラだから気にしなくてもいいでしょう。要するに、このマス・オーヤマという男はだれかを助けるために、単身ギャングの元に乗り込んでいったということがここで説明されています。
リアリティを演出する分解写真とは
岡田:
ここからマス・オーヤマの反撃です。「うわっ!」というマフィアのセリフとともに、ここで突然なにかが起こります。ここまでであれば、いわゆる普通のアクション漫画なんですけど、この『空手バカ一代』がほかの漫画と違い、1つの時代を作った理由というのが次のページにあるんです。
岡田:
ここでは、この瞬間になにが起きたのかというのを、当時の少年マガジンによく載っていた、ページ中央のみに絵があって左右両サイドは説明文章になっているという、図解記事風に解説しているんです。
まず、両側でナイフを突きつけていた二人のマフィアについては、「男は……イスごとまうしろにたおれながら、両サイドの男を狐拳でたおし(中略)空手でいう狐拳――すなわち手首の突起した骨による一撃である! (中略)人間は頭をやられれば後方にたおれ……腹を打たれれば前方にたおれうずくまるもの……!」と書かれています。
なんで大山がそんなことをしたのかという理由が、「狐拳を水月に見まわれたふたりは前にたおれ……完全に男のタテの役目をしていた」と左のページに書いてあるんですね。こうやってページのアクションの中で、実はこの瞬間なにがあったのかを詳細に説明している。
さらにページ中央のコマには、このときに大山が使った空手の腕の動きの分解写真みたいなものを載せています。このへんが『空手バカ一代』の第1話のリアリティをすごく上げているところなんです。
つまり、ここでマス・オーヤマが見せたスーパーヒーローの必殺技のように見える動きは、けっしてフィクションではなく、訓練によって会得した実際の人間にもできる技なんだというふうに、分解写真を見せることによってはっきり伝えようとしているんです。