ボカロ好き高校生×ボカロおじさんによる新旧ボカロ座談会──「ボカロとどうやって出会ったの?」「初音ミクってどんな存在?」世代を超えて好き放題語ってもらった
2007年に初音ミクが誕生したことをきっかけに到来したボカロブーム。
「メルト」や「千本桜」をはじめとする数々のボカロ曲が生み出され、ボカロPは一躍アーティストとして注目を集めた。その人気は、オリジナル楽曲に限らず、歌ってみたやMMD、イラストなどにも波及。数えきれないほど多くのファンの心を掴んだ。
そんなボカロブームから約10年、今、若者たちの間でボカロが盛り上がりを見せていることをご存じだろうか。
かつての熱狂を知る30、40代以上の世代でボカロがというジャンルが人気なのはわかるが、なぜ若者たちの間でボカロが流行っているのか。
いったい彼らはどのような経緯でボカロを知り、どんな風にボカロを楽しんでいるのだろうか。そんな疑問に迫るべく、ボカロ好きの現役高校生をお呼びし、実際に話を聞いてみることに。
また、かつてのボカロブームを体験し、10年以上ボカロ界隈を見てきたボカロ大好きボカロおじさんたちも招集。黎明期からこれまで、ボカロ文化がどのような歴史を辿ってきたのか、その知見を語ってもらった。
本来であれば交わることはないであろう、現役高校生とボカロおじさんによる邂逅は、どのような化学変化を引き起こすのだろう。本記事では、そんな世代を超えたボカロトークがくり広げられた座談会の模様をお届けしていこう。
座談会参加メンバー
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■現役高校生サイド(右)
リョウマくん(N高生)
ミハルさん(N高生)
シュウくん(N高生)
■ボカロおじさんサイド(左)
仁平淳宏氏(一般社団法人 日本ネットクリエイター協会(JNCA))
菱山豊史氏(クリプトン・フューチャー・メディア)
佐藤悠介氏(元・ビクターエンタテインメント)
木村義一氏(元・ヤマハ)
取材・文/竹中プレジデント
若者の間でボカロって流行ってるの?
──まずは若者世代にズバリお聞きしたいんですが、実際に今の10代の若者たちの間でボカロって流行っているんですか?
リョウマ【高校生】:
小学校のころに「ボカロすごいよ」と友だちに言っても、いまいちな反応だったんですが、最近は「神曲じゃん」や「この歌声好き」って言ってくれる人が増えている気がします。
──小学生から高校生になるこの数年でボカロ人気は高まっていると。
リョウマ【高校生】:
はい。友だちのなかには、やはり機械的な音が苦手っていう人もいるんですが、普通の楽曲として聞いている人も多いです。自分がボカロ好きって知っている人からは、ラインで「この曲最近リピートしてるんだよね」って連絡があることもありますね。
ミハル【高校生】:
私も中学校ときには、全体としてそこまで流行っている雰囲気はなかったと思います。中学校の給食のときの放送で、じんさんの「夜咄ディセイブ」が流れたことがあったんですが、そのときもボカロ好きな友だち2、3人で話すくらいでした。
でも高校くらいからは話す機会が増えたように思います。昨日もちょうど、Kanariaさんの「KING」という曲があって、その曲を誰が歌ったのがいい、という話をしたばかりなんです。
歌い手さんやVtuberの方も歌うようになって、誰がどの曲を歌ったここがいい、みたいに人によっての好みの幅が広くなったと思います。そういうのを語るのが楽しいんです。
シュウ【高校生】:
自分の場合は中学校で聞いている人はわりといた印象です。ただ、今ミハルさんが言ったように、誰が歌ったこの曲がいいという話は最近増えている気がします。
──オリジナル曲だけでなく派生作品の話題も盛んなのはボカロ文化らしさでしょうか。今のお話を聞く限り、若い世代でもボカロ人気は広がっている感じはしますね。
菱山【ボカロおじさん】:
2013年からマジカルミライというイベントを開催させていただいているのですが、そこでひとつの変化が見受けられたんです。
それまでの初音ミクのイベントでは、比較的年齢層の高い方が来場者シェアの多くを占めていたんですが、マジカルミライでは親御さんとお子さんがいっしょにいらっしゃったり、小学生たちが連れ立って来場されたりしている光景を見かけました。
そのころから年齢層の広がりというのは感じています。今参加されているN高生の方々と同じ年代の人たちでしょうか。
──ちなみに若者世代の3人はいつくらいにボカロを知ったんです?
リョウマ【高校生】:
自分は7年くらい前、小学校4、5年生くらいのときです。
シュウ【高校生】:
自分も同じくらいですね。
ミハル【高校生】:
私は2009年くらいです。小学校に入ったくらいでしょうか。
──えっ、小学校のときからというがまず驚きなんですが、5、6年前の小学生ってネットをしているのが普通なんですか?
シュウ【高校生】:
自分の周りではニンテンドー3DSでネットに繋げている人はいましたね。
菱山【ボカロおじさん】:
それで言うと、ニコニコ動画に投稿された動画をニンテンドー3DSで見られる機能の影響もあったんじゃないでしょうか。
──ああ、なるほど。
ボカロの流行りってどこでチェックしているのか
木村【ボカロおじさん】:
昔って、日刊ぼからんや週刊ぼからんなど、ボカロのキュレーションメディアがたくさんあったんですよ。
それとニコ動のランキングだったりで、どのボカロPがきているか、どの動画がきているかなど、今、何が流行っているかを知ることができた。今の若い子たちってどこで流行りを見ているんだろうってのは気になりました。
リョウマ【高校生】:
最近だと、YouTubeの関連動画でしたり、YouTube Musicに関しては自動でつぎの曲を選曲してくれるので、そこでボカロの新曲を知ることが多いです。
ミハル【高校生】:
私も、YouTubeはよく見ます。あとはTwitterも多いです。トレンドもチェックするようにしていて、話題を集めているものがあればとくに調べるようにしています。
──やはりTwitterとYouTubeが多い感じですね。
シュウ【高校生】:
自分もそのふたつで情報を得ることが多いです。ほかには、TikTokでしたり、Spotifyを聞いているときにおすすめで出てくることもあります。
──ボカロ好き同士での交流だったり情報交換はやっぱりSNSが中心なんですか?
ミハル【高校生】:
LINEのグループやTwitterでの会話が多いです。
シュウ【高校生】:
あとはインスタ(Instagram)とかも。自分は好きなボカロ曲を載せたりしてボカロ好きということをアピールしています。
リョウマ【高校生】:
僕は基本的にボカロをひとりで楽しむ勢なところがあるんですが、よく使うのはYouTubeやニコ動のコメント欄、あとやはりTwitterでしょうか。
──なるほどなるほど。ボカロ黎明期のころってどうだったんでしょう。
木村【ボカロおじさん】:
それはもうさまざまなコミュニティがいろんなところにありました。今はサービス終了してしまっているんですが、「ボーカロイドにゃっぽん」というボカロファン専用のSNSがあったんですよ。
──けっこう活発だったんですか?
木村【ボカロおじさん】:
ボカロPさんたちはけっこう使っていました。
佐藤【ボカロおじさん】:
あのころは、ランキングにあがってる曲以外にも、再生数じたいは少なくてもおもしろいものを探して、「これすごい」「おもしろい」って紹介するのがひとつの動きとしてあった記憶があります。
仁平【ボカロおじさん】:
ランキングだけだとどうしても新しい方は埋もれてしまって発見しにくいんですよね。そういう背景もあって、情報交換や交流ができるコミュニティというのは大事な存在だったと思います。
音源やイラストから派生していくn次創作の流れがあるボカロ文化
仁平【ボカロおじさん】:
多分、今のボカロ楽曲というと、映像やイラストなどの動画と曲がいっしょになっているイメージがあると思うんです。でも昔はじつはそうじゃなかったんですよ。
──確かにボカロ曲と聞くと、動画と曲がセットでひとつの作品みたいな印象があります。どのような歴史を経て変化していったのでしょう。
仁平【ボカロおじさん】:
最初に「すごい動画をつけて楽曲をアップ」された方はとくPさんだったですね。そして、楽曲のクオリティー、特にミキシングやマスタリングのクオリティーも、やはりとくPさん、そして小林オニキスさんや古川本舗さんたちの登場によって格段に上がってきたと思います。彼らは元々プロとして活躍されていた方々でしたからねぇ。
つぎに大きな変化があったと思うのが、黒うさPさんの「千本桜」。一斗まるさんが絵を描き、三重の人が動画を作ったわけですが、「千本桜」における楽曲および映像の衝撃はすごかったですよね。
そして、wowakaさん。人間が歌おうと思うとなかなか難しいんですが、それが余計に“歌い手さんたちのチャレンジ精神”に火をつけたんでしょうね。自分だってwowakaさんの曲が歌えるぞと。
佐藤【ボカロおじさん】:
絵を描いている人が、楽曲にあわせた絵を描いてSNSにあげていたのを、いっしょに動画をやろうよとボカロPと組む。そこに動画絵師さんが加わって、いつの間にかチームになっている。
それぞれが反応しあってどんどんおもしろいものを作りあっていく。組み合わせがどんどん発展していく文化があったのかなと思います。
菱山【ボカロおじさん】:
今、仁平さんがお話されたことに加えて、Supercellのryoさんについては触れないといけないかなと僕は思うんです。
仁平【ボカロおじさん】:
確かにそうですね。
菱山【ボカロおじさん】:
さきほどのお話で、音源が先にあったというお話がありましたが、それとは発生源が異なる「ブラック★ロックシューター」という曲があります。
これはイラストレーターのhukeさんが描かれたブラック★ロックシューターというオリジナルのキャラクターがあって、それにryoさんが曲をつけて、そこからさらに発展していって、アニメーションにもなったという経緯があります。
仁平【ボカロおじさん】:
イラストから派生した二次創作ですよね。
菱山【ボカロおじさん】:
そう。1枚のイラストからどんどん世界が広がっていった。最初はオリジナルのキャラクターがいた。そこに曲がはいって、大きな流れになっていった。
木村【ボカロおじさん】:
n次創作って言っていましたよね。二次が三次、四次になっていくよっていう。歌ってみただけでなく、踊ってみたや演奏してみたなど、曲を中心に多面的になる。どこから入るのかは人それぞれだし、どこで刺さるかもわからない、どこから入ってもおもしろい。
ただ今って、その入り口が歌ってみたくらいなのかなとも感じています。入口が狭いのかなって。
佐藤【ボカロおじさん】:
それはあると思います。あと、今ってYouTubeを中心に、数多くの動画が投稿されていて、触れる機会じたいは増えている。一方でボカロ曲かどうか知らないで聞いている場合も少なくないのではないかと。
仁平【ボカロおじさん】:
確かに。曲としては知っているけれど、それがボカロ曲かどうかは薄れているという。それはそれでn次創作の動きとして、おもしろいところかもしれないですね。
初音ミクってどんな存在?
──おじさん世代にとって、ボカロの歴史を切り開いていった初音ミクの存在は言わずもがな大きいと思うのですが、今の若い世代にとって初音ミクってどんな存在なんでしょう。
リョウマ【高校生】:
うまく言葉にできない部分はあるんですが、ただひとつ言えるのは新しい時代を作ったアーティストだと思います。
──今って数多くのボカロがいるじゃないですか。そのなかで初音ミクってどんなポジションなイメージなんですか?
リョウマ【高校生】:
ボカロのなかの王者って感じがします。
──なるほど。ミハルさんはどうです?
ミハル【高校生】:
いちばん自分の熱中させてくれる存在です。初音ミクに出会うまで、趣味らしい趣味がなかったんですが、そんなときにミクさんと出会って、自分がハマっている、推せると自信を持って言えるものが見つかったんです。
──シュウくんは?
シュウ【高校生】:
初音ミクの誕生によってボカロというジャンルができていると思うので、ボカロというジャンルを確立させた存在なのかなって印象ですね。
──みなさん初音ミクをソフトというツールではなく、ひとりのキャラクター的に捉えているのはちょっとおもしろいですね。
ミハル【高校生】:
自分のなかでは、前はツールという印象が強かったですが、Vtuberの方が出てきたことで、より親近感を持つようになってきました。自分のパーソナルに近い部分で発信できる、ツールというよりも代弁者に近い立ち位置になっている感じがします。
リョウマ【高校生】:
僕は相棒というイメージが強いです。作者がいて、ボカロがいて、僕が作曲するから歌ってほしい。そんな仲のいい相棒。
木村【ボカロおじさん】:
ボカロPさんと初音ミクとの関係でおもしろいと思ったのが、その関係性なんですよね。黎明期においては、初音ミクが上位にいて、曲を提供する、歌っていただく、みたいな雰囲気があったんです。
仁平【ボカロおじさん】:
最初は僕もツールだと思っていたんですが、ボカロPさんとお話をしていくと、みんな「ミクさん」と呼んでいて、ミクさんという人が本当にいるように感じるようになっていきました。
でも、実際にボカロを扱うときにはツールとして扱っているわけで、どう表現しようか自分でもわからなかったんですが、相棒という言葉を聞いてすごくしっくりきました。相棒、いい言葉ですね。
クリプトンという立場から見た初音ミク
──初音ミクに関してお話がありましたが、実際に初音ミクを販売、展開しているクリプトンの菱山さんの目からだとどのように彼女の存在が見えているんでしょうか。
菱山【ボカロおじさん】:
ツールでもあり、相棒的存在でもあったからこそ、これまで多くの方に使っていただけて、今を迎えられているのはあると思います。
あと、ひとつ思うこととしては、声にしてもイラストにしても、ちょっとシンプルにしたおかけで、みなさんに手を加えていただける余白があったことで、創作のシンボルとして受け入れられていった気もします。
仁平【ボカロおじさん】:
余白を残して、その余白に手を加えていいんだよっておっしゃってくれているわけじゃないですか。その余白であなたが初音ミクを飾っていいんだと。
菱山【ボカロおじさん】:
初音ミクが登場した当初、イラストをお借りして、もしくは無断で使用するかたちで動画が作られていました。さらに最初期になりますと、公式が提供していた数枚の画像しか世に出ていなくて、動画でもその画像を背景として使う、そういう流れがあったんです。
仁平【ボカロおじさん】:
そこで作られたのが、「投稿した作品は他の方が使っていいですよ」と意思表示をしたうえでイラストや楽曲を投稿する“piapro(ピアプロ)”というサイトでしたよね。N高生のみなさん、“piapro(ピアプロ)”って知っていますか?
N高生一同:
(うなずきながら)知ってます。
菱山【ボカロおじさん】:
ありがとうございます。うれしいです。初音ミクが発売されたのが2007年8月31日、“piapro(ピアプロ)”のリリースが2007年11月と、じつは我々としてもかなり急いで展開したサイトだったんです。
──その間わずか3ヵ月。ここまで急いで展開したのには何か理由があったんですか?
菱山【ボカロおじさん】:
安心してイラストを使える。安心して楽曲を使える環境を用意するのが、初音ミクを生み出したものとしての責任だということで、急いで立ち上げました。
初音ミクというキャラクターだけでなく、二次創作であるイラストや楽曲も、仲よく、正しく、許可を取って使ってもらえるシステムを整えたかったんです。このシステムが、初音ミクが発展していくうえで、とても大切なことだったと、今でも私は思っています。
仁平【ボカロおじさん】:
初音ミク NTも出て、本当にこれ1台買えば誰でも簡単に曲を作れるようになりますよね。
菱山【ボカロおじさん】:
そうですね。このソフトも、初音ミクの生みの親である佐々木渉が、どういう機能を搭載すれば初音ミクの歌声制作をより豊かなものにできるか、ということを考えて作っていったものです。
怒り声やガラガラ声、デスボイスを表現可能にしつつ、初音ミクらしさを失わせない、初音ミクらしい表現力の拡張というコンセプトがあります。