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ロシア文学は時々爆発する――声優・池澤春菜とロシア文学者による「みんなが知らないロシア文学」

ロシア文学者が挙げる「これから訳したい作品・今紹介したい作家」

運営:
 ユーザーからの質問を代読したいと思います。
 【ロシア文学の未訳の作家で日本に紹介したい作家っていますか?(20代男性・愛媛県)】

松下:
 それはもう、いっぱいいるんですよね。ひとつ、僕がすごく今翻訳したいっていうか紹介したい作家で、ユーリー・マムレーエフっていう人がいました。まさにさっき言っていた、アンダーグラウンド文化、ちょうど60年代位にすごく活躍した人です。ソローキンとかが師と仰いでいるような感じの人で、当時のモスクワのアングラ文化ですごく影響を持った人なんですよ。

 ソローキンはなんていうかいろいろぶっ飛んだことをやっているけど、あくまでアートとしてやっている感じがするんです。でもマムレーエフという人はかなり神秘主義に傾倒している人で、本当にちょっとなんか怪物が出てくるような感じです。

沼野:
 ちょっと気持ち悪いですね。

松下:
 そう、気持ち悪い系なんです。どんな作品があるかっていうと、短編にわかりやすい、結構良いのがあるんですけど……。例えば急に登場人物の顔が尻の穴、尻になって……。

池澤:
 いやちょっと待って待って(笑)!

松下:
 尻の穴からなんか言葉が出てくるみたいな。

池澤:
 シュールだなあ。

松下:
 そう、ものすごくシュールな感じ。……まあ下品なんですけど。でもそこに神秘主義みたいな力が結びついているんで。

池澤:
 神秘だかなんなんだか、その光景だけだと全然わかんないんですけど……。

沼野:
 見方によってはすごく滑稽な感じになりがちなんだけど、彼の場合、ちょっと不気味な感じで一貫しているんですよね。

松下:
 ただ、そういう不気味な中にユーモアがあります。

池澤:
 ちょっと漫画的ですよね。

松下:
 たしかにちょっと漫画っぽいですね。まだ日本では紹介されてないので、ぜひやりたいです。

沼野:
 訳されてないものは本当いっぱいあるんですけど、私はもう、自分で翻訳するよりも……翻訳も嫌いじゃないんですけど、やるべきこともあって、だからそれよりも、今、現代作家の名前が何人か挙がりましたけど、「今すでに訳されているけど、おそらくみなさんがまだあまり読んでないんじゃないかな」と思う作家を紹介します。

 去年、ノーベル文学賞を受賞したアレクシエービッチさんっていう女性作家というか、ジャーナリストがいるんです。この人はベラルーシの方なんですけどロシア語で書いているので、広い意味ではロシア文学の人ですね。彼女はロシアの戦争とかチェルノブイリ原発とか、そういう現実に基づいたドキュメンタリーを書いています。

 あと、今のロシアならウリツカヤという女性作家も人気があるし、アクーニンっていう歴史推理小説のジャンルの方もいいですね。最近ではロシアの歴史を古代から語りながらそれに合わせて小説を書いているんで、もうすごい巨大なプロジェクトになっています。これは全然訳されてないですけどね。

 それから最近、なんか家族の宣伝になっちゃいますけど、もう一人、沼野っていう名前の人がいまして……(笑)。

一同:
 (笑)

沼野:
 沼野恭子という人が最近訳した本で、アンナ・スタロビネツというロシアの若い女性作家の方の作品が。

松下:
 短編集ですよね。

沼野:
 邦訳のタイトルは『むずかしい年ごろ』。これはロシアでは珍しい、ホラー小説なんです。

松下:
 ホラー作家。今、結構人気あるんですよね。

沼野:
 これ、頭の中に蟻が住み着いて、それに食われて死んじゃうっていう話なんです。これだけ話すとユーモア小説かっていう気もするんですけど、これは結構怖いですよ。

松下:
 今、すごくロシアで人気がある作家です。

沼野:
 自分が訳したいかっていうのは置いといて、そういういろんな面白い作家が実はどんどん出てきているということで、私自身は、実はナボコフで全く日本語に訳されてない戯曲があるので、これはちょっと紹介してみたいなと思っています。

運営:
 では、続いての質問です。
 【今、お話に出たナボコフですが、ナボコフはロシア文学という位置づけでよろしいのでしょうか?(30代男性・東京都)】

沼野:
 ナボコフは、ロシア生まれで子供の頃から英語も良くできたので、英語・ロシア語のバイリンガル作家と言われていますが、1940年にヨーロッパからアメリカに移住しているんです。その前は主にロシア語で書いていて、その後は英語で書くようになるんですね。だけど、自分のロシア語で書いた作品を英訳するのを自分も加わったり、逆に『ロリータ』って一番有名な作品は英語で書いているんですが、それを自分でロシア語に訳し戻したりとかもしていて、一生に渡ってロシア語と英語両方を使い続けた人だから、どっちの人って言い難いけど、生まれとか育ちで言うとロシアの貴族です。そっちを見たら、やっぱりロシアの作家って言った方が私は良いと思うんですが、日本では長いことロシア出身のアメリカの作家っていう位置づけで、どちらかというと英米文学者の縄張りだったんです。

池澤:
 でも、ナボコフの一番芯になる部分は、ロシアの影響が凄く大きいということですよね。

沼野:
 それはやっぱり、そう思いますよ。

池澤:
 じゃあそこは、あまり逆にハッキリさせずに。ロシア文学と思いたい人はロシア文学と思えばいいし、英米と思いたい人は英米と思えばいいし。

沼野:
 そういう越境的な文学のあり方は20世紀に強くなってきて、その代表的な人だと思います。

運営:
 続いてのご質問はこちら。
 【松下さんに伺いたいのですが、現代のロシア作家で翻訳されているもので「これは!」という作家を教えていただければと思います。ソローキンを訳されているという形なので、申し訳ないのですけどもソローキン以外の作家でよろしくお願いします。(20代女性・東京都)】

池澤:
 ソローキンを封じられた松下さん。

松下:
 そうですね……ペレーヴィンは面白いと思います。何冊か翻訳が出ているんですけど、あんまり長くなくて軽く読めて面白いというのでひとつ挙げると、『オモン・ラー』(『宇宙飛行士オモン・ラー』)という小説があって。多分90年代の作品だと思うんですけど、ソ連時代が舞台で、主人公は宇宙飛行士になりたくて、訓練をして月に行くっていう話なんですけど、それが読み進めていくと、いろいろドンデン返しがあって……。

 結構、ロシア文学って話ばっかりで、プロットや筋があまりない感じなんですけど、ペレーヴィンのその作品は筋もあって最後まで面白いし、最後には驚きもあるっていう。

池澤:
 私達が普段楽しんでいるロシアの小説の形とそんなに違うんですか。

松下:
 それはかなり。あまりロシア文学って意識しなくても読めるような感じです。

池澤:
 それは読みやすいかもしれませんね。

松下:
 これは群像社から出ていて、非常にポケットサイズで。面白いと思います。

池澤:
 これ良いですね。

沼野:
 松下さん、エリザーロフはどうですか?

松下:
 エリザーロフもそうですね。じゃあ、もう1つ。先程のマムレーエフはソローキンより上の世代なんですけど、このエリザーロフはポスト・ソローキンみたいな感じの世代の人で、ペレーヴィンとかソローキンとかマムレーエフから影響を受けている若い作家なんです。彼はすごいロン毛な感じで、家に武器コレクションみたいなのを置いているちょっと危ない感じの人で、またなぜか歌を歌っているという(笑)。

沼野:
 翻訳はなんでしたっけ?

松下:
 『図書館大戦争』という作品があります。元題は、図書館員って言う地味なタイトルなんですけど、内容はどう説明したらいいんでしょう。不思議なチカラを持った本というのが何冊かあるんです。例えば「力の本」とかそういうのがあるんですけど、それを読むとものすごい超人的な力が得られるみたいな感じです。

池澤:
 ジャンプの新作ですか(笑)?

松下:
 ちょっとそんな感じのやつなんですけど(笑)。それで各地に図書館があって、その図書館の図書館員同士が本を巡って血みどろの抗争を繰り広げるみたいな、つまり本当に戦争です。

池澤:
 わかりやすいですね。それも日本人にとって、とっつきやすく読みやすそうですね。

松下:
 面白いですね。新世代の作家なのでおすすめです。

あえて言おう、ロシアはそんなに恐ろしくないと!!

運営:
 では、続いての質問。
 【お二方に質問です。もし、ロシアで暮らしたことがあるのであれば、ロシアで出会った「おそロシア」エピソードなどお聞かせいただければと思います。】

池澤:
 暮らしたことがないとしても、行かれたりしたときに目撃した「おそロシア」エピソード。

松下:
 山のようにあって、「何を話せばいいのか?」ってレベルなんですけれども……。

池澤:
 そんなに!?

松下:
 面白いエピソードと言えば、向こうってあんまり小銭が店にないんですよね。日本だったら1万円札を出しても普通に小銭が返ってきますけど、向こうはあんまり小銭がないので、常にこっちが小銭を用意しておかなきゃいけないんです。

 そして、あるときロシアのサーティーワンアイスクリームにアイスを食べに行ってお金を払ったら……。説明すると、ロシアにはルーブルの下にコペイカといってさらに小さい単位があるんですが、ルーブル貨幣がなかったんで、思い切りコペイカが詰め込まれた袋を渡されて、呆然としたことがありましたね(笑)。

池澤:
 片手にサーティーワンアイスを持って、片手には小銭がジャリジャリ入っているビニール袋を(笑)。

松下:
 「これ何ルーブル」って渡されたんで、ちょっとあまりにも呆然として。結局そのあと別の商品を買って返しました。

池澤:
 そういう策略なんじゃないんですか? ビニール袋の小銭を持ち歩きたくないがために、お客さんがさらに何か買ってしまうみたいな?

松下:
 いやそこまで考えていないと思うんですけど(笑)。でも向こうはこういうよくわからないエピソードがいっぱいありますね。他にも知り合いの寮の部屋で壁紙が爆発して、中から紫色の液体が出てきたとか。

沼野:
 それはソローキンの世界ですよね。

池澤:
 『紫の脂』!?

松下:
 怖い。なんの液体かはわからないですけど、多分、配管とかが腐っていて、(紫色の液体が)出てきたんでしょうね。

沼野:
 僕はあえて言いたいんですけど、ロシアはそんなに恐ろしくないですよ。

池澤:
 え~、今のエピソード聞いても?

沼野:
 ロシア人って素晴らしい、良い人達です。政治はちょっとわからないけどね。

 例えばモスクワで暮らしているとき、ちょっと他の外国に行くんでタクシーに乗って空港前に行ったんですよ。そうしたら、タクシーの運転手が話しかけてきて、話してみると文学好きで、「お前は何をやっているんだ?」って聞くから「ロシア文学だ」って答えたら、「そうか、お前ペレーヴィンって作家が面白いんだけど、知っている?」とか言うんです。だから「ペレーヴィンなら昨日うちのパーティーに来ていたんだよ」って言ったら、目を見開いて「本当か? 嘘じゃないだろうな」って返すんです。そのあとも「アクーニンって作家も面白いぞ」って言うから、僕は「アクーニンは昔から友達なんだけど」って言ったら、益々ビックリして、その結果、「この日本人はロシアの有名な作家と知り合いだって口からでまかせばかり言っているとんでもないやつだ」と思ったらしく(笑)。話し込んだらものすごくよく文学を読んでいて、結局意気投合したんですけどね。

 ロシアってこういう人がいっぱいいるんですよ。例えば日本でタクシーの運転手と村上春樹ならわからないけど、大江健三郎の話で盛り上がるなんてことは、あまりないですからね。

池澤:
 だから「おそロシア」は多分、「おもロシア」でもあると思っていただけると!

一同:
 (笑)

池澤:
 愛情と驚嘆と、ちょっとのビビりも込めて「おそロシア」って言っているような感じですね。それだけ日本人が親しみを覚えている、ということのような気がします。

「ロシア」総力特集スペシャルサイト
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