知れば知るほど深い『もののけ姫』の秘密――「モロが人間を嫌いなはずがない」宮崎駿がセリフ以外で描いたアシタカとモロの関係を評論家が解説
モロが人間を憎んでいるはずがない
岡田:
今でも、人々から忘れられた神殿に住んでいてくれるくらいなんだから、そんなモロが人間を嫌いなはずがないんですよ。だから、赤ん坊のサンを育てたんです。捨てられていた人間の赤ん坊を、わざわざ自分の娘として育てるくらいなんだから、むしろ、人間が好きなはずなんです。彼女は“人間の行為”が憎いだけなんですよ。サンを捨てたエボシが許せないだけなんですね。
だけど、普通の解説書とか、ジブリの公式本とかを見ても、全部「モロは人間を憎んでいる」って書いてあるんですよ(笑)。
もう、この『もののけ姫』という作品に関しては、劇中の台詞を信じないようにしてください。そこに映し出される“絵”だけを信じてくれれば大丈夫です。というか、むしろ、絵を信じた方が、どんな話なのか、わかりやすいと思うんですよね。
こういった「かつては神殿と呼ばれていたはずの場所に、お祈りする人が誰も来なくなった」というのが、「森が死んだ」という理由なんです。かつての森の神様を誰も信じなくなって、森を“単なる天然資源”としか見なくなったから、彼ら森の神様は、段々と身体が小さくなっていったわけです。
物語の舞台は室町時代。この時点でモロは300歳で、乙事主は500歳。なので、彼らが産まれた時代というのは、中国から日本に稲作や鉄が伝えられ、人々が「森には神様がいる」だなどと信じなくなった時代でもあるんです。
だから、おそらくは、乙事主もモロも、人々が自分たちを「神様だ」と崇めていた時代のことを、正確には知らないはずなんです。たぶん、自分たちの親とか一族から「昔はそうだった」と言い伝えられて来たんでしょう。
なので、乙事主達イノシシの神様は、もう人間のことを信じられなくなったんです。その結果、自分たちだけで、まだ森の神々を信じている巨石文明がかろうじて残っている青森の方まで行こうとしていたんですね。
それに対して、モロは「もう二度と人間が自分たちを信じることはないだろう」なんて口では言いながら、自分でも半分くらいはそんなふうに思っていながら、それでもやっぱり、かつて人間たちが自分たちに作ってくれた巨石神殿に住み続けている。そういう泣ける話なんだなって思ったんですよね。
重要な設定をわかりやすく書いてくれない宮崎駿
アシタカが、ねぐらの中で傷にうなされて寝ている時、屋根の上に、ずっとモロがいたわけですよね。モロは、アシタカが起きて来た時に「お前が一言でも唸り声を上げようものなら、噛み殺してやろうと思ったぞ」とか言うんですけど。
この台詞がどういう意味かというと、アシタカは右腕が呪われているんですけど、モロもモロで、エボシの鉄の銃弾にやられて、死に掛けているんですよ。両者共、全く同じ状況だったんですね。両者共、自分がタタリ神になりそうなのを抑えているから、余計に苦しいんです。この痛みを他者への恨みに変えれば、2人共、簡単にタタリ神になれて、楽になるんですよ。
でも、アシタカは、うなされつつも、それを恨みに変えずに必死に耐えていた。そんなアシタカを見て、モロも「こいつと同じく、この痛みをタタリ神にせずに、ここで一人死んで逝こう」と考えていたんだと思います。……まあ、「エボシの頭だけは噛み砕いてから死ぬ!」とは言ってるんですけど(笑)。
つまり、モロは、自分自身の負の感情に負けずに、苦しみに耐えるアシタカを見て可愛い娘を任せられる男だと見たんでしょう。
でも、宮崎駿は相変わらず、そういうことをアニメの中では全く書いてくれないんですよね(笑)。
そうではなくて、モロに怖い台詞ばっかり言わせるから、すごく怖いだけのバアサンみたいに見えちゃうんです。だけど、本当のモロというのは、いろんな人を冷静に観察しているような重要な役になっているんです。
だから、モロの声優を務めた美輪明宏さんは、宮崎駿から色々と設定を聞いた後、ものすごく喜んだそうです。美輪明宏さんから「うわあ、そういう役なんですね。……でも、ちっともそれを書かないんですね」と言われた宮崎駿が「そう。書かないんですよ」と、嬉しそうに返すというやりとりが、『「もののけ姫」はこうして生まれた。』というドキュメンタリーの中にも収録されています。
▼記事化の箇所は26:36からご視聴できます▼
『#254表 岡田斗司夫ゼミ「新発見『もののけ姫』サンとエボシ御前は親子だった?!シシ神の正体は?」(4.64)』
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