日本アニメが世界ヒットしても何故クリエイターにお金が届かなかったのか? エヴァでヨーロッパにアニメ再ブームを起こしたイタリア人の戦い
コルピさんが見た「クールジャパン」とは?
吉川:
その後にアジアを中心にCGアニメーション制作のビジネスを始められたお話は、もうひとつ別の機会で聞かせてください。
そうした日本とヨーロッパを長年アニメでつないできて、日本アニメのブームとビジネスの崩壊を見てきたコルピさんにはいまの日本はどう映りますか?
例えば日本政府は「クールジャパン」と言って、近年、アニメや漫画を積極的に海外に発信しようとしています。私はこれが何か迷走していると認識をしているんですけども。色々なことをやろうとしていますが、問題点もあってなかなか上手くいってない。
コルピ:
1990年代から日本アニメを海外のテレビ局に販売していましたが、その時に感じていたのは、日本は業界の組織が弱いということです。
例えばアメリカは映画協会やレコード協会があって、ものすごく強いのです。政治的にも、外国に対して強く意見が言えている。日本のアニメ業界はこんなに大きいのに何で振るわないのかという疑問がありました。また、日本のアニメ会社は長い間、下手な契約にサインしてしまったことがすごく多かったんです。
吉川:
それに理由はあったんですか?
コルピ:
当時の日本には著作権に詳しい弁護士がいませんでした。いたとしても相手がアメリカとかヨーロッパだと、現地で弁護士を雇わなければならない。それが1時間1,000ユーロとか5,000ユーロとか、すごいお金が掛かって、どう考えても当時は大手でも出せない金額です。どんなことをやられても泣き寝入りしなければならなかった。
日本政府がバックアップして、海外進出の際には専門的な弁護士を立てて、アニメ業界に対して無料で提供するとか、法律の相談などがないのか? という疑問は当時からありました。
ですからクールジャパンはそれをやってくれるだろうと、すごく期待していたんです。けれども、本当にアニメ業界が必要としていることをやっているか、なかなか見えてこなくて……。
吉川:
コルピさん自身がクールジャパンに意見をしたことはあるのですか?
コルピ:
97年に外務省傘下の国際交流基金【※】で、日本の文化を海外に発信するのにどうすれば良いのか検討するための委員会が作られ、そこに参加していました。
狂言師の野村萬斎さん、柔道家の山下泰裕さん、ファァッション業界で太田伸之さんらがいて、アニメから私が呼ばれたんです。その時、太田さんの言ったことがとても進んでいたんですよ。すごく賛同しました。
当時の外務省などは、「日本のエンターテインメントはトップだとか、中国とか韓国は日本と同じレベルにはなれない」などすごく自慢をしていましたが、その時にイッセイミヤケの社長だった太田さんは「僕は仕事でパリやミラノ、ニューヨークに行きますが、4~5年前まではホテルに行くと東芝のテレビがあって、Panasonicの電話があった。でも今行くとSAMSUNGのテレビがある、LGのテレビがある。日本の物はもう見かけない」「我々は日本がトップに立っていると思い込んでいるんだけれども、本当は海外からはそのように見られていないよ」と話しました。「それに気づいていないのが一番危ない」と。その太田さんがクールジャパンのトップになると聞いて、これでやっと変わると確信しただけど、結局今まで何も変わらない。
※国際交流基金
独立行政法人のひとつ。日本文化の国際文化交流事業を世界において実施する。
(画像はクールジャパン機構ウェブサイトより)
数土:
クールジャパンも色々な組織や、人が多く、ちゃんとした考えもなかなか伝わっていかないですよね。
コルピ:
ポイントが大きくズレている気がします。例えば助成金でも、海外でファッションショーをやりましたとか、伝統文化の展示会をやったとあります。そのようなプロモーションは要らないんです。ネットの時代だから、そうしたイベントのファッションアイテムや伝統文化を、主催者側であるクールジャパンの人たちよりも詳しく知り尽くしている海外のファンが多くいて、彼らはYouTubeやInstagramなどで既に効果的にプロモーションしてくれています。「クールジャパンのお金でプロモーションをしなければ、海外では知ってもらえない」ような商品は、もう存在しません。面白ければ、プロモーションをしなくても海外でもすぐ話題になります。話題になっていないものは、プロモーションが足りないのではなく、元から話題性がないので受けないのです。だから、クールジャパンのお金の使い方は他にあるんじゃないかなと思ってしまいます。
本当はアメリカの映画協会とかレコード協会と同じようなものが必要だと思うんです。去年ちょっと怒ったのが、あるセミナーでクールジャパンの方が1年間の実績を報告したのですが、一番強調したのはパリのイベントでブースを出して「ゆるキャラ」を登場させました、と。「え、何億円も何十億円も予算を持っているのに、過去1年間の最大の実績はそれなのか?」と思いました。聞いていてちょっと腹が立って……。
しかも、セミナーに参加しているみんなはそれをわかっているけど相手が国だから言いづらい。そのことは問題じゃないかなと。その辺は吉川さんがご経験上もっと知っておられますよね。
吉川:
僕が日本の映画に怒っているのは、アメリカのハリウッドがテレビの登場に対して強烈なロビー活動を行ったのに対して、日本ではそれがなかったことです。
アメリカでは1970年代にフィンシン・ルール【※1】とプライムタイム・アクセス・ルール【※2】という2つの法規制を作りました。これらは後に廃止されましたが、こうした政治活動によってテレビ番組の供給のために、ハリウッドの制作スタジオがコンテンツを作って、その世界配給の権利を持つということを可能にしているのです。
一方、日本の映画業界はテレビのことをとても侮っていたんです。それがいつの間にテレビに抜かれてしまって。そこにアニメーションが興隆してきた。それを助けるためのクールジャパンができて、僕もちょっと期待していたんです。今元気があるアニメーション産業の代弁者となって、ある種のロビー活動で、世界的になりつつあるアニメーションを戦略的に売り出せるじゃないかなと思っているんです。
※1 フィンシン・ルール(Fin-Syn Rule)
米国内で、3大ネットワーク(ABC、 CBS、NBC)による外部制作番組へ出資と所有権の取得の禁止と、番組販売の禁止された。
※2 プライムタイム・アクセス・ルール(Prime Time Access Rule : PTAR)
プライムタイムの番組の一定数は、テレビ局以外で制作することを義務付けた。ハリウッドのテレビ番組制作進出のきっかけになった。
コルピ:
ただアメリカのようなロビー活動はアメリカ以外の国では、もう賄賂としか言えないじゃないんでしょうか。
吉川:
そうなんですよね。
コルピ:
でも、政治活動が良いかどうか別としてアメリカでは制作会社が力を持って世界にコンテンツを供給するシステムができあがっています。
(画像はWikipediaより)