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【名企画20選】月刊『ムー』40年の歴史を三上編集長らベテランスタッフが振り返る――FBI超能力捜査官が邪馬台国を透視、予言者ノストラダムスの正体を探りにフランスへ

入社後はじめて担当した心霊写真記事はタイトル付けに苦戦

雛形:
 続きまして、1992年9月号 読者投稿心霊写真。

宍戸:
 これは僕が入社した年なんですね。会社の研修が終わってすぐにムー編集部に配属になったんですけれども、はじめて担当した記事なんですよ。

 はじめて担当した記事が心霊写真の記事だったんですけれども、このときは心霊写真の鑑定は宜保愛子【※】さんにやっていただいていたんですね。宜保愛子さんの鑑定が終わっていて「こんな感じなんですよ」ともらっていて、三上は当時僕の指導係だったんですが、それで夜中12時過ぎくらいから心霊写真のタイトル付けをしはじめるんですよ。

※宜保愛子
1980年代、メディアで霊能者として取り上げられたことにより一躍注目を浴びた。

 ここに書いてあるように「ファインダーの向こうに見え隠れする亡者の姿」とか、こういう写真があるからそういうタイトルかなと全部の写真に付けるんですね。「水死者の霊が危険を警告する」タイトル付けして「こんなのはだめだ」と三上のだめ出しが出るんです。

 「もっと煽れ」とか「もっと怖がらせろ」というようなことを言われながら、結局白々と夜が明ける頃にやっと終わって入稿ボックスの所に原稿を入れて「飲みに行こうか」と言って帰ったんです。一番最初の記事ということで記憶に残っているんですね。

三上:
 これ覚えてるな。朝までかかったもんな。でもそんなにだめ出ししていないよ! 最初だからさ。コードネーム”M2”さん【※】という方が、新人の教育でタイトルひとつ決めるのに一昼夜かけていた。

 結局一番最初に出したやつで決まったっていう、単なるいじめ(笑)。今ならとんでもないことになるっていうね。そういう業界です。

※M2の「2」は下付き文字

雛形:
 考え抜いた結果「キャンプについてきた若くして死んだ身内の女性の霊」というタイトルに。

宍戸:
 短い中にそういう写真がわかるようなタイトルをつけないといけなかったんですよ。なので問題があって、似たようなことが絶対に出てきちゃうんですよ。「亡者」とか「ファインダー」とか必ず心霊写真には出てくるんですけれども、その言葉をどうやって組み合わせるかということを、このあとも心霊写真を何回もやりましたけれども、ここで学びましたね。

三上:
 軽い順列組み合わせですよ。

雛形:
 そうやって読者投稿写真ができているわけですね。

三上:
 今はデジカメですからね。フィルムがないですから。

雛形:
 今となってはそうですよね。

三上:
 フィルムに焼き付くとかないですからね。

雛形:
 iPhoneに焼き付くみたいな感じになって。

三上:
 メディアに染み込んだみたいな。

宍戸:
 宜保さんが結構すごいんです。当時ダンボール一箱くらいで100通、200通くらい心霊写真の応募が来るんですね。まずは僕らが見て10とか20まで絞るんですよ。それで宜保さんに持って行って「これどうですか」と聞くわけですよ。
 そうするとパッと見て「これはそう、あれはそう」みたいな感じで仕分けていって、コメントをくださるんですけれども、そのときの宜保さんの目はすごく真剣な表情でしたし、すごく勉強になりましたね。

今でも続けられているのは手書き原稿で鍛えたおかげ

雛形:
 続きまして、1987年6月号 ソリッド・ステート生命体の陰謀。

中村:
 仰々しいタイトルですけれども、要はみなさんご存知のガイアの話です。地球生命体ガイアというのが1980年代に出てきて、今ではもう当たり前みたいになりましたけれども、当時地球が生きていると発想がすごく新鮮だったんですよ。

 結構いろんな記事をやっている中で、まだ20代なのに当時の編集長が「書いてみろ」と書かされたんですよね。今思うと、無茶をするなと(笑)。先ほどのS介さんの話ではないですけれども、20代で30ページぐらい書かされると何が起こるかわかりますよね。

雛形:
 もう何日も……。

中村:
 何日どころの話ではなくて(笑)。当時はワープロの出はじめですよ。パソコンなんて使えない。ワープロを覚えはじめたころで、半分以上手書き。

雛形:
 手書きなんですか⁉

中村:
 そうです。それで鍛えられるわけですよ。それが今でも続けられている理由になったんじゃないかなと。

 あのころって名前は出しませんけれどもムーの遅筆三大筆者というのがいらっしゃいまして、締め切りの日の朝は当たり前。僕なんか家まで取りに行くと書いていらっしゃるわけですよ。それが終われば「できた」とくれるわけなんですけれども3倍ぐらいのネームを書く方で「読んでみろ」と。読んで話をして縮める作業に入るわけですよ。

 それでまた第二稿、第三稿と。それで延々と毎日待って。今はみなさん昼間に働くんですけれども、明け方に印刷所に渡すと夜に出るわけです。僕らは夜に行って朝までに見るわけです。

 それでみんなで飲みに行ったり、明け方にうなぎを取って食べたり。バブル前なので本当に無茶苦茶な時代で。

三上:
 たぶんこのころってワープロもないんじゃないの?

中村:
 ワープロが出はじめて。

三上:
 一行とか数行だけ?

中村:
 安いやつは10行ぐらい。まだ富士通が今みたいなJISじゃなくて親指シフトっていうのがあったころで。そういう時代。メモリーも400字詰で20枚とか50枚とかしか記憶できませんよというのがワープロの時代。たぶん20代の人とかは知らないと思う。

三上:
 7、80枚ぐらい書いたよ。

中村:
 あのころ、富士通が親指シフトというのを官公庁とか学研とかでやっていて、みんな最初はそれで覚えるんですよ。今はどこにでもないでしょう。途中からみんな覚え直しさせられて。

三上:
 モニターの画面が縦なんだよ。

中村:
 だからまだワープロで書く人が少なかった時代。みんな手書き。もうちょっと言ってしまうと、悪筆な人もいて。

雛形:
 悪筆?

中村:
 読めない。

三上:
 字が汚い。

中村:
 慣れないと読めない。そういう時代でしたね。戻りますが、今のガイア走りはこの辺からです。

三上:
 当時は「ニュー・サイエンス」なんて言葉が。今はもう死語かな。

ノストラダムスの正体を探りにフランス・プロバンスへ渡る

雛形:
 続きまして、1995年1月号 ノストラダムスの正体。

三上:
 20世紀ですからね。世紀末という言葉も生きていた。

雛形:
 95年ですからね。

三上:
 『北斗の拳』だって世紀末ですよ、救世主伝説ですからね! だからちょうどいい。あと4年後が99年。このときは「おフランスに取材にさせろ」と。予算はあったからカメラマンとふたりで、とりあえず写真を撮りに行こうといって行ったわけ。ノストラダムスはどこの方だとお思いでしょうか。

雛形:
 そうですね……。

三上:
 フランスも広いですからね。南のほうなんだよね。プロヴァンス。当時は『南仏プロヴァンスの12か月』【※】とか、そんな本が流行ったりしていましたからね。料理がうまいんだ。

※南仏プロヴァンスの12か月
ピーター・メイル著プロヴァンスでの至福の体験を綴った珠玉のエッセイでベストセラーとなった。

 サロン=ド=プロヴァンスとかサン=レミ=ド=プロヴァンスにノストラダムスが住んでいて、実際に住んでいた家というのが現在もあるわけです。人が住んでる。

雛形:
 普通に人が住んでいらっしゃる。

三上:
 ひとつは博物館にもなっているんだけれども当時のまま。

雛形:
 残っているんですね。

三上:
 ノストラダムスは16世紀なのでレオナルド・ダ・ヴィンチと同じころなんですよね。地震が少ないからとそういう理由もあるんだけれども、そっくりそのまま残っていてる。

 当時は黒死病といってペストがすごい流行ったんだよね。お医者さんなのでそれを助けたというか。当時はまじないチックで、血を出せば治るんだとかさ。結構荒い治療をやっていたんだけれども、それに対してノストラダムスがちゃんと布団とか着るものを全部洗濯しろとか、ネズミを全部捕まえて殺してしまえとかね。

 ペスト感染の予防というのをちゃんと現代医学的な視点でやっていた。だからすごい尊敬されているんですよね。銅像とか石像とかになっていまる。ちなみにノストラダムスというのはラテン語なんですけれども「貴婦人」という意味。

 これがフランス語ノートルダムになる。この間、ノートルダム寺院が焼けたでしょう。あれは貴婦人の教会。つまりカトリックで貴婦人というと、聖母マリアのこと。
 ノートルダムというのが姓で、彼だけはラテン語に直している。名前のほうはミシェル。ミシェル・ド・ノートルダムなんだけれど、ノストラダムスと。もっと言うとミカエルなんだけどね。

雛形:
 ノストラダムスの正体は……。

三上:
 ここなんだよ。ポイントは「ノストラダムスの予言」じゃないんだよ。予言は散々やってるしね。あまり知られていないんですけれども、ノストラダムスはカトリックの信者ではあるんだけれども、ユダヤ人。父方も母方もユダヤ人。

 特におじいさんがお医者さんであったりとか、学者だったりとかで、彼だけが兄弟の中でそこに預けられる。英才教育を受けてくるわけなんです。なぜ彼だけがと。そこなんですよ。ただの遺伝子じゃないんだよと。

雛形:
 この記事を読んでもらえればわかるということですね。

三上:
 これはね……食事がうまかったね。

宍戸:
 確かにこのころ、ノストラダムスは毎年だいたい予想をやっていたんですよ。あれじゃないか、これじゃないか、滅亡の予言はこのことを言っているんじゃないのかというのをやっていて。じゃあノストラダムスとは何者なの? というところがあまり知られていないところにフランス行きの話が舞い込んできて、三上が「行きたい」と言うもんですから、行っていい思いしてきたっていう話なんですけれどもね。

三上:
 自ら手を挙げて「行ってきます」と。

雛形:
 正体を暴きに行くと。

三上:
 任せろと。フランス語も「ボンジュール」「メルシー」このふたつだけでいいから。

雛形:
 満喫されたということで(笑)。ありがとうございます。気になる方は当時の記事を読んでいただいて。

“奇跡のリンゴ”木村秋則氏のUFO不思議体験

雛形:
 続きまして、2007年7月号 木村秋則のUFO不思議体験。

細江:
 木村秋則さんという無農薬自然栽培で奇跡のリンゴを11年がかりで作られた方なんですけれども、この方はそっちのほうに最初はクローズアップされていたんですけど、実は宇宙人遭遇とかUFO遭遇体験をお持ちで、「ムーだからそっちのほうにフォーカスして」と三上編集長が考えてこの記事が実現したんです。

 木村さんって、お部屋にいたときにいきなりエイリアンに踏み込まれて、UFOに拉致られているんですね。拉致られたUFOの中で自分以外にも連れて来られた人がふたりいて、ひとりがフランス人っぽい金髪の女の人で、もうひとりがガタイのいいアメリカの海兵隊っぽい男の人を見て帰ってきて、ある日UFO特番を木村さんが見ていたら、そのUFOの内部で見たフランス人女性がテレビに出て「私はUFOに拉致られて、内部でメガネをかけた東洋人の男性を見た」と。

 それは木村さんのことなんですよ。木村さんが「ほらやっぱり、自分が見たことは幻覚でもなんでもなくて、本当のことなんだ」というようなことをおっしゃって。その番組を作った方というのは、その当時はわからなかったですけれど、高野誠鮮さんといって羽咋市で”スーパー公務員”と言われた人で、ローマ法王にお米を献上したり、UFO博物館を羽咋市に作ったりという方です。

 その方はテレビ制作にかつて携わっていらっしゃって、実はそのフランス人女性を突き止めた番組というのは高野さんが作ってらっしゃったみたいなことも分かって、高野さんは木村さんと一緒に自然のものを広めていらっしゃるんですけれども、すごい不思議なご縁でつながって……というような話が。実は三上のほうが詳しいです(笑)。

三上:
 「木村」は養子なのよ。婿養子で入って、だから木村なんだけれども旧姓は三上だからね。たぶん7代くらいさかのぼったら親戚だと思うんだよね。このUFOの中の話もすごくてさ。木村さんがテレビに出ていた金髪の女性がUFOの中の女性だというだけじゃ、向こうはどう思ってるのかと。この話を聞いて日本の超有名な業界トップの商社が全世界の支社に檄文を出して「この女性を探し出せ」と。

 番組も宇宙人に拉致された被害者の会じゃないけれども、体験を語ろうという、そこにたまたま集まってきたアメリカに住んでる方なんだけれども。名前だってちゃんとわからないんだよ。ポッと出でテレビに出ていただけ。

 何月何日にアメリカのどこどこで収録しましたみたいな、それしか手がかりがないのに、。それだけで某商社は探し出した。しかもアメリカじゃなくてフランスにいたんだよね。

 某商社の人が木村さんに写真を持って、「あなたがUFOの中で会った人はこの人ですか」と見せたら「あ、この人だ!」と。何年も経っているんだよ。取材した女性の写真も木村さんに見せて「この人だ」って。

 UFOの中で未来のカレンダーを見せられるわけ。何年にこういうことが起こるというのが全部書いてある畳一枚ぐらいのカレンダーがあって、それを見せられるわけ。それを見せられたら、あるところで止まっちゃうというか、なくなっちゃっていた。この先地球は? 世界は? あれ? と。「それは言っちゃいけないよ」と言われた。意外に少なかったらしいよ。

雛形:
 少ない? 少ないってどのくらいですか。

三上:
 どうなんだろうね。それも青森で取材した時に、木村さんも酒が好きだからさ。駅前の居酒屋に行ってしこたま飲んで、2時ぐらいまで飲んで、そこでいろいろと……。具体的な数字は言えないということで聞いてないですけれども、知っているんだよね。

 木村さんは自然栽培をやっているわけ。農薬無、無肥料。オーガニックじゃないよ。有機じゃないよ。逆に下手な有機は身体に危ないっていうくらいなのを言っている人なわけ。言ってみれば最近だと遺伝子組み換えとかさ。どことは言わないけれども多国籍企業とかあるわけでしょう。そういった人たちから見ると自然栽培はやってもらっちゃ困るんだよね。ある時、アメリカ本社にある某多国籍企業に拉致られそうになってる。

雛形:
 え?

三上:
 講演会が終わったら、サングラスかけたスーツ着たやつが木村さんのところに来て、両脇をガッと囲われた。講演会の主催者が危ないと思って「木村さん大丈夫ですか!」って言ったら、この瞬間にふたりのエージェントが離した。

 「木村さん大丈夫ですか、あいつら某商社のアレですよ」と。主催者も商社でそことは取引がある。やばい、狙われてるわけ。そうしたら後日、木村さんのところに多国籍企業のメッセージ、招待状が来た。「何月何日に日本の支店に来てください」と。

雛形:
 行ったんですか。

三上:
 行くほうも行くほうだけれども。そこの最上階のVIPルームに行ったら……。でかい広い社長室みたいなところに外国人がいて、通訳と黒人のでかいボディーガードがいて、通訳を通して木村さんが座ってと言うわけ。「先日はちょっと手荒な真似をして申し訳ない」と。

 「ただひとつ、自然栽培というのをちょっと……。木村さんがやるのはいいけれども、広めるのはちょっとやめてくれないかな。もちろんわかっています、ただとは言いません」。それで小切手を差し出した。額面はどのくらいだと思う?

雛形:
 300万円とかですか?

三上:
 おいおい、100万、200万だ? 1000万、2000万じゃないぞ。1億、2億でもないからな。10億、20億でもないからな。100億、200億でもないからな。わかる? 単位が違うんだぜ。

雛形:
 どういうこと? 安いということですか?

三上:
 小切手を前に木村さんがたった一言「お金はいらね」。かっこいい。悪魔に勝ったんだよ。そこに黒人のボディーガードがいるんですよ。「お金はいらね」と言った瞬間に「You are crazy」と言った。悪魔の多国籍企業の陰謀に勝ちました。そりゃ宇宙人も来るよ。

雛形:
 来ちゃいますよ。本当にここでしか聞けない貴重なお話でした。ありがとうございます。

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