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【名企画20選】月刊『ムー』40年の歴史を三上編集長らベテランスタッフが振り返る――FBI超能力捜査官が邪馬台国を透視、予言者ノストラダムスの正体を探りにフランスへ

インドで発見 現在・過去・未来すべてが見える「アガスティアの葉」

雛形:
 続きましてこちら。宍戸副編集長。1995年8月号 アガスティアの葉と7大聖者の予言。

宍戸:
 知っている人は知っていると思うんですけれども、1995年ぐらいにアガスティアとかインドの予言の葉っぱを青山圭秀【※】さんという方が日本で紹介してくれて話題になったんですね。そのときに「せっかくだから行っちゃおうか」という話になって、それでインドに行ってみましたということなんですよ。そのときにこういう感じで出ていますけれども、実際に僕も葉っぱを探してもらって。

※青山圭秀
作家、インド医学研究者。書籍『アガスティアの葉』がベストセラーに。

 これは「Yes」、「No」で答えるんですよ。いろいろな質問があって、たとえば「あなたの母親は“あ”からはじまる人ですか」とかそのようなこと言ってくるんですけれども、それを「Yesです」と言ったら、Yesのほうに続いていくんです。バンドルという葉っぱで、20枚ぐらい連なっているんですけれども、間違うとすぐに次のやつにいくんですね。

 質問が10個とか20個ぐらいきて、それが全部合っていると「これがあなたの葉っぱですよ」となるんですよ。僕は結局、バンドルが5個か6個ぐらいで全然出なくて、出ないかな~と思っていたんです。

 裏話的になるんですけれども、「お前の生年月日とお父さんの名前を教えてくれ」と言われたんですよ。それで教えたら何枚目かのあとにそれが出てきたんです。なので占星術的なことも入っているのかなと思ったんですけれども。それで僕の葉っぱが出てきて、僕のこれまでとか、これからというのが書かれている。

雛形:
 その葉っぱに?

宍戸:
 はい。そういうことがあって、僕ははじめて海外取材に行ったんですけれども、そのはじめてがインドだったということで非常にカルチャーショックを持てました。

 このあと、実は同じインドでサイ・ババのアシュランといって実際の修行場みたいなところに行って取材もさせてもらったんです。僕とカメラマンとライターさんと3人で行ったんですけれども、サイ・ババが講演するところに入るときに、カメラマンとライターさんはすんなり入られたんですけれど、僕だけなぜか止められて「お前はだめだ」と言われたんです。

雛形:
 なんでですか。

宍戸:
 わからないんです(笑)。「あの人たちと一緒だから入れてくれよ」と言ったんですけれども全然入れてくれなくて。僕だけ後ろのほうの席で待っていて、前のふたりはサイ・ババの近くですごくいい思いをしたという自慢話をされました。すごい悔しかったなというのを覚えています。

三上:
 信心が足りないんだよね。きっと見抜かれているんだよね。ちなみに宍戸は実家がお寺ですからね。

雛形:
 なぜ通れなかったんでしょうね。

宍戸:
 だからインドだったからだめだったのかもしれませんね(笑)。

雛形:
 宗派の違いかもしれないですね(笑)。

総力特集でのちの秦氏ブームのきっかけに

雛形:
 続きまして三上編集長。1994年7月号 ユダヤ人「秦氏」とイエスの奥義。

三上:
 もう半分趣味ですね。渡来人の秦氏というのがいるんですね。正体は実はユダヤ人だったという話があるわけさ。これは面白いなというので取材で日本全国行ったんです。総力特集で結構なページ数で、一番多いんじゃないのかな。もう何でも秦氏。「秦」をたずねて三千里。通称“ハタニスト”と言われてますから。秦氏のことなら何でも。

 日本全国に行って、このあと単行本もいろいろ企画して。これがきっかけかどうかわからないですけれども、結構秦氏の本が世に出ています。ちゃんとした歴史の研究家とか学者の方が出していますね。この記事は日本における秦氏ブームを作ったということですかね。

 今なら普通にネットで秦氏とかユダヤ人の話とかがバンバン出てきますけれども、当時はなかなか出てこなかったですね。自慢話です。

雛形:
 ”ハタニスト”の三上編集長でした。ありがとうございます。

早朝の夫婦岩で禊、白装束のまま伊勢神宮へ

雛形:
 続きましてこちら。1999年11月号 20周年企画。こちらは何をやられたんでしょうか。

三上:
 1999年、つまり世紀末なんだよね。ノストラダムスの特集が8月号だったのでそのあとだよね。

 周年だったから、また白装束を松竹さんから借りて、このときは伊勢神宮に行ってきました。伊勢神宮の二見ヶ浦。夫婦岩があって、しめ縄があって、そこから御来光が見えたりするんだけれど、その海で早朝全員禊です。ちゃんと海に入って。前日の3時ぐらいまで飲んでいたんだけどね。それなのに数時間の睡眠だけで。

 全部清めたあとに白装束のまま伊勢神宮に。外国人から一緒にツーショット写真とか、いろいろ触られるみたいなね。

雛形:
 思い出深い。みなさんもいらっしゃって。

中村:
 さらっと言っていますけれども、7の月を超えて平気でこういうことをやっていますから。

宍戸:
 取材に行ったが8月ぐらいで、本当にもう8月号を超えてすぐですね。次、周年企画やらなきゃ! という感じで。

雛形:
 切り替えが大事ですよね。

三上:
 毎月ですからね。

雛形:
 次の号のことを考えないといけない。

三上:
 次の次の次をね。

雛形:
 滅亡している場合じゃない! ということで(笑)。ありがとうございます。

「お岩さん」を扱う記事で当時の編集長の妻の右目に異変が

雛形:
 続きまして、2001年6月号 幽霊の正体を探る。

細江:
 記事の内容はほぼ覚えておりません(笑)。四谷怪談を扱うというので、そういうときって舞台関係の方も必ず於岩稲荷さんとかお岩さんのお墓にきちんと手を合わせて行かれるんですけれども、『ムー』編集部も結構そういうところはきちんとやっていて。

 毎年節分には明治神宮に全員で参拝に行くし、編集部に神棚があって新刊が出ると必ずお供えしているというところがあるんですけれども、このときもお岩さんを扱うからきちっとご挨拶はしないといけないということで、記事の関係者に全員で於岩稲荷神社とお岩さんのお墓がある両方にお参りに行きましょうということになりました。

 先代編集長が仕切っていたんですけれども、行く前日か前々日に先代編集長の奥様の右目が腫れちゃったんですね。これはまずいということで、「奥さんがいる人は奥さんを連れてくるように」と言って大人数で行ったんです。

 「真面目にやりますから」ということを一生懸命でお参りして、じゃあこれで大丈夫かなと、帰りに巣鴨の美味しい餃子屋さんに入って。今ホワイト餃子って流行っていますけれども、当時は全然まだ流行っていなかったんですけれども、その走りみたいなお店で本当においしかったんですね。

 先代の編集長というのはものすごい食いしん坊で、どこに行っても絶対美味しいお店を知っているんです。お岩さんにお参りしたあとも、ちゃんとおいしいお店を探り当てるというか、すごいなって、実はそこがオチです(笑)。

雛形:
 先代の編集長がすごいグルメだったというオチ(笑)。ありがとうございます。

三上:
 決してディスっているわけではありません。

細江:
 ディスっていないです(笑)。尊敬しています。

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