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なぜ北野武は映画にNGテイクを使うのか――『アウトレイジ 最終章』から読み解く“映画と漫才”の共通点

謙虚を貫くことが映画監督として成功する絶対条件

スタッフ:
 今までのやくざ映画って、男たちが集まって一つの仕事を成し遂げるというヒロイックな部分に突っ走りがちだったところを、やっぱりどの世界でも大人の男たちが複数集まって同じ方向を見るとバカ集団になるというのが、たけしさんがやりたかったのかなと思う。

 それはたけし軍団という側に居る人たちの中心に彼はずっと居続けているわけだから、いろんな人たちの個性があって、その悲喜こもごもなところに面白みと温かみがあるなというのが、作品の全部にあると思うんだよね。やくざの人たちが主人公だけど、やっぱり同じ方向を男たちが向くと全くバラバラだし、間抜けに見えるし、個々にいろいろ考え方や生活があるんだけど、集団になるとバカになるというのが、たけしさんの人生観の一つなのかなと。

 そこがリアルなんだよね。だから拳銃を持つにしても、バカ集団が拳銃を持つという面白みがちゃんとあるんだよね。「たけし映画の抱える孤独の一因はそれなんじゃないか」というコメントがあったけれど、集団の中の孤独さってあるじゃないですか。それをたけしさんはずっと感じられている人なのかな。それをちゃんと映画にしているのがすごいなと思います。

ピエール中野: 
 大友もだんだん孤独になっていくという描写になっていますよね。

宇野:
 あと技術的なところで言うと、宇多丸さんのインタビューで「銃は専門家に任せている」と言っていましたね。だからすごく個人映画のようでいて、重要なところは専門家の監修がちゃんと入っている。当たり前のことをちゃんとやれるところが、たけしさんのすごいところ。

 やっぱりたけしさんって映画に対してめちゃくちゃ謙虚なんですよね。異業種監督が成功するための絶対条件です。僕、最近トム・フォード監督の『ノクターナル・アニマルズ』という映画を観て、めちゃくちゃいいんですけれども、トム・フォードなんてそれこそ「芸能界における北野武」ならぬファッション界の重鎮じゃないですか。

トム・フォードさん。画像はWikipediaより。

宇野:
 でも最近のドゥニ・ヴィルヌーヴとか新しい映画を本当に勉強している。ファッションデザイナーとか全然違う業界の人間が映画監督になるっていうのは、日本でも割とあるんだけどトム・フォードの映画を観て思ったのは学ぶ姿勢と言うか謙虚ですよね。

 大前提として教養があって、さらに謙虚なのは映画監督にとって絶対に必要なんだなというのが、たけしさんの映画について思うことですね。それは拳銃の使い方で専門家に監修に入ってもらうし、全部が我流でやっているようでいて、要所でわからない部分はちゃんと聞くという姿勢が貫かれている。

 『アウトレイジ ビヨンド』を観て、こんなにかっちりした娯楽作品が作れるんだと思って。やろうと思えばできるんだというところから、今回は引き算をしていった感じですよね。

ピエール中野:
 小日向文世さんのボクシングのシーンもちゃんと専門家がついて指導しているらしいです。期間もちゃんと取ってやって、すごく丁寧にしっかり作り込んでいる。

 『アウトレイジ ビヨンド』自体も準備期間を置いて、最初の車が釣り上がるシーンも監督自身が走り回っていろいろな角度から「どの角度がいいかな」というのを丁寧にやっているのが、反映されているからこれだけ魅力ある作品になっているのかなと思います。

宇野:
 手間をかけるところとかけないところの緩急がすごくしっかりしてますよね。

テレビの生放送の欠席と大友の決断シーンが重なる

ピエール中野:
 ファーストテイクで終わらせる緊張感をまとっているのが続いていくのも、手法の一つだなと思っているんです。ちょっと棒読み感があったり、役がまだ整っていない感じが北野映画の大きい特徴の一つかなと思っています。僕も曲を作っているのでわかる部分があるんです。

 何回かやれば、だんだん曲に馴染んでいくんだけど結局ファーストテイクが一番いいよねって。もちろん何回かやるのもいいのですが、たけしさんはその両方を上手く調理できる人ですね。

宇野:
 音楽プロデューサーでも「結局ファーストテイクが一番良かった」ってよく言いますもんね。あれって一体何なんでしょうね。

スタッフ:
 インタビューの中で漫才と結びつけて、「一番最初が一番面白いんだ」と言っているけれど、本来は漫才は何度もやって完成されて商品として作り上げて、それをいろいろなところでやるというのが本来の姿。そこもよくたけしさんはわかっているんだけど、その上で「漫才は最初が一番面白いんだ」と言えるのがすごさかな。
 
宇野:
 あとは監督でありながら観客の立場になれるんでしょうね。でも映画の現場って全然楽しくないですからね。同じシーンを3時間も4時間もやるのをずっと見てるわけですよ。冬の屋外だったら拷問ですからね(笑)。監督としては飽きる人は飽きますよね。

スタッフ:
 たぶん完成されると退屈の中の世界の主人公になっちゃう。テレビとかも段取りとか台本があるじゃないですか。だからテレビが失速していったのは、そういう予定調和。

 たぶんたけしさんもそういう中の住人で、たけしさんの映画に出てくる孤独な冷えた風景の外側で起こっている殺戮を、すごく客観視して見ているのはやっぱりテレビ人として生きてきたたけしさんの人生とすごく重なる。だから独特の世界をやれるんじゃないのかな。やっぱりビートたけしがあっての北野武だからね。

ピエール中野:
 だからテレビ東京の朝の番組を一回すっぽかしたんですか(笑)。【※】

※すっぽかしたんですか
10月4日に5日間限定で北野武氏がMCを務めるテレビ東京の生番組「おはよう、たけしですみません。」の出演を欠席した。

スタッフ:
 予定調和が嫌だって(笑)。

ピエール中野:
 一番盛り上がっちゃいましたけどね。

スタッフ:
 予想でしかないけど、今やっているたけしさんの番組ではできないラフなハプニング性があるものをやろうとしたんじゃないかな。番組は一流のスタッフがやっているから、予定調和になる。そこで「休んでしまいたい」って(笑)。その感情はすごくわかる。だから大友が無茶な決断をするシーンと重なるんですよ。

北野監督作品は何度見ても印象が変わる「アート」である

ピエール中野:
 僕、一貫して北野映画は居心地がいいんですよ。やっぱり定期的に観たくなる。あと観るたびに印象が変わる。

 自分の状況と重なるときもあれば、違うときもあったりして、自分の見る角度がどんどん広がっていって、北野監督はそういう視点を持っている人だから、そういうのを映画に入れ込んでいて、『アウトレイジ』ももちろんそういう描写があるので、だから僕は好きなんです。何回も観れるし、印象も変わる。

笹木:
 いい小説みたいですね。

ピエール中野:
 すごく深みのある作品を作ってくれていて、カット割りや音楽の入れ込み方がすごく観やすくて、何回観ても飽きないし何度でも観られる作りになっているのが好きな理由です。
 
スタッフ:
 確かにそうだよね。何度も観られるというのはやっぱりアートですよね。

笹木:
 そういうファンを作れる求心力と言うか、それこそ0か100かで、いいときも悪いときも愛せるのがファンじゃないですか。そういうファンをちゃんと作れるというのがすごいですよね。


スタッフ:
 コメントで「次回の作品に何を期待しますか」って質問が来ていますがどうですか。

ピエール中野:
 僕は配役ですね。今回はピエール瀧さんがめちゃくちゃ良かったじゃないですか。だから北野映画にどんな役者が絡んでいくのかというのが楽しみです。

笹木:
 北野監督作品でまだやっていないジャンルってどんなのですか。

スタッフ:
 SFはないね。出演はしているけれど、おそらく本人は好きじゃない。

宇野:
 何の作品?

スタッフ:
 『JM』ですね。あと『攻殻機動隊』。

宇野:
 たけしさん現場のことをボロクソに言ってたよね(笑)。ハリウッドとは合わないという話ですけれどね。一人だけ日本語を喋ってた。それが条件だったみたいですけどね。でもたけしさんってすごいですよね、それがハリウッドで通っちゃうんですから。

 僕がたけしさんに望むのは、もう賞は狙わなくていいんじゃないかと思っています。『アウトレイジ』でカンヌ映画祭のコンペに出たんだけど、やっぱりカンヌではエンターテイメントすぎるっていうのがあったのかもしれない。勲章ももらったしカンヌとか取っていない賞もありますが、もういいんじゃないかな(笑)。

 そこに寄せていく映画を撮る必要がないですもん。

笹木:
 そこに寄せないとどういう映画になりますか。

宇野:
 今回の『アウトレイジ 最終章』とか寄せてないんじゃないですか。それこそクリント・イーストウッドやデビット・リンチはもはや結果的に賞を取ることはあっても、そこを狙いにいっているわけじゃないですから。

 たけしさんも今後カンヌで評価されることはあるかもしれないけれど、日本的な要素を必要以上にアピールしたりとか「キタノブルー」とか意識したものは撮らなくてもいいと思います。

スタッフ:
 コメントで「ホラーは?」って書いてるけど、ちょっと観てみたいな。

ピエール中野:
 『アウトレイジ』の一作目は「ぼったくりバーに行ったらどうなるか」っていう実質的なホラーですからね(笑)。

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