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「民主主義の対義語は沈黙である」地下鉄サリン事件後のオウム真理教ドキュメンタリーを、マスメディアの同調圧力に抗った堀潤が語る

 北朝鮮の最高指導者・金正恩の素顔を描いたドキュメンタリー『金正恩 ~禁断のライフヒストリー(The Last Red Prince)』や週刊文春のスクープの裏側を描いた『直撃せよ! ~2016年文春砲の裏側~』など、テレビでは放送できないような衝撃作や問題作も含め、見たことのないドキュメンタリーを厳選してお届けする「ニコニコドキュメンタリー」。

 そんなニコニコドキュメンタリーの新たな企画として、著名人がお勧めのドキュメンタリー作品を紹介する企画を開始。第二弾は、市民記者が最新情報を投稿するニュースサイト「8bitnews」を運営する堀潤氏。同氏が紹介するのは、サリン事件後のオウム信者や教祖の家族の日常を追ったドキュメンタリー映画『A』『A2 完全版』。同作品を通じて、監督・森達也氏はいったい何を伝えようとしたのだろうか。


民主主義を成熟させるには、一人一人の発言・議論が必要

 「民主主義の対義語は独裁か」。いや、私は沈黙だと思っている。おかしいことをおかしいと言えず躊躇し、黙ってやり過ごしたり、そうした声を未然に刈り取ってしまうために無言の圧力をかけたりと、沈黙の空気は多様性ある闊達な議論を阻害する最大の有効手段でもある。

 独裁の実態は沈黙だ。自戒の念を込めて告白するが、薄々気がついていながら日々の平穏を優先させ、無関心を装いたくなることが私にも時々ある。無知であることは恥ずべきことだとは思わないが、他者の困惑や自分の疑問に対して無視を貫くことは、劣化した心の醸成を招く愚かな行為だと情けなく思うことがある。

 未完と言われる民主主義を成熟させるためには、参加者である我々が目をそらさずに発言し、時にぶつかり議論を続けることを怠ってはならないとも肝に命じているが、沈黙を欲するもう一人の自分は常に私の隣に立っている。

 対立を避けるために言葉を飲み込み、無言のうちに互いの欲求を察し、緩やかに決定し実行に移していく。これは「慮りだ」と自分を正当化してみたりもするが、本音はただの保身。うまくいけば美談だが、問題が起きるとそれは責任の押し付け合いとなり醜聞に発展する。忖度という言葉で括ってしまっては、語りつくせぬほどのどろどろとした業を抱えて生きていることを常に警戒している。 

堀潤氏が代表理事を務めるNPO法人「8bitnews」(画像は 公式サイト より引用)

 NHKに在籍しながら自らの組織の報道姿勢を時に批判的に発信し、上司とぶつかり退職の道を選んだのは、そうした警戒心が絶頂に達したことが原因だ。原発事故後に一時局内を覆ったことなかれの空気は、まさに沈黙を求めるもう一人の自分からの誘惑そのもののように感じたからだ。

 再稼働を急ぐ政府や経済団体を慮ってか、一住民が抱える不安を伝えるのにも、随分と手続きが必要になった。ここでは詳述しないが、企画が突如ボツになったり、「政治家からのクレームがついたから」という理由で発信内容を捻じ曲げさせられたりしたこともある。

オウム真理教事件の隠れた一面をあぶりだした森達也

 作家で映画監督の森達也は今年の春、月刊「創」での連載をまとめた「同調圧力メディア」を上梓している。森は前述したような業を無警戒に受け入れ、本分を忘れたふりをしてやり過ごす日本のマスメディアの現状を、1995年に発生した『オウム地下鉄サリン事件』以降の国家や大衆社会の変質を意識しながら、一人称の語りで解き明かす作品だ。

『オウム地下鉄サリン事件』の現場となった霞ケ関駅。画像はWikipediaより

 森はサリン事件後のオウム信者や教祖の家族の日常を追ったドキュメンタリー映画『A』『A2 完全版』で、国内外の映画祭で高い評価を受けた。

『A』画像はAmazonより

 精神を病んだ松本智津夫死刑囚への治療を施すことなく、法廷での事件の真相解明を怠る国家の姿勢もあぶりだした。

 オウム真理教を断罪し排除することでしか事実を受け入れられない社会に対して一石を投じたが、テレビは森を「使いづらくなった」と評価した。森は犯罪集団だとして社会から断罪される信者達の姿を、常に背中側から撮っている。「ドキュメンタリーは主観的でなくては撮れない」と語る森の姿は極めて現実的で、かえってそれが大衆社会を俯瞰して見せてくれる。

 森は常に我々に問うている。原発事故、安保法制、共謀罪など、公益や公の秩序を大義に法制度の強化や情報統制を強める国家権力の有様に警鐘を鳴らし、「社会的に容認された存在にしか光を当てないメディアなど必要ない」と、易き市場原理に身を委ね迎合するメディアへの苛立ちを隠さない。

 森が見据えるのはその先、我々一人一人の日常だ。「人は普段着のままで買い物帰りに取り返しのつかない残虐な間違いを犯す生き物だ」と語る。沈黙ではいけない。私とあなたの隣にいるもう一人の私たちの姿に無警戒ではいけないのだ。『A』『A2 完全版』がそう気がつかせてくれる。大いに困惑しながら、自分の心を見つめる日本のドキュメンタリー史に残る作品だ。

寄稿:堀潤

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