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「かつてNHKの司会の席を芸人が奪ったように、これからの文壇はお笑いが席巻する」――ビートたけしが文芸の未来を語る

 都内某所、とある対談にて、ビートたけしはこう語った――。

 「かつてNHKのメインMCを、萩本欽一さんや、島田紳助、さんまが引きずり下ろしたように、これからの文壇はお笑い芸人が席巻すると思ってる」

 上記の言葉が語られた“とある対談”とは、ビートたけしが書き下ろした、純愛をテーマにした恋愛小説、『アナログ』の発売を記念して組まれたものだ。
 対談の相手には芥川賞作家であり、お笑い芸人である又吉直樹が招かれ、「芸人かつ文筆家」という側面を持つ2人が顔を突き合わせた対談は、ニコニコ生放送で配信され、番組は大いに盛り上がった。

 俳優・映画監督・漫才師・画家……様々な側面を持つエンターティナーの巨人が、この時代に“恋愛小説”を投下した経緯とは。そして、物語はどのようにして創られたのか。

 本記事の前半部分では、司会の中井美穂氏と、又吉氏の質問を通して語られた、ビートたけし氏の心情やクリエイター論を掲載。
 そして後半では、「これからの文壇はお笑い芸人が席巻すると思ってる」という発言の真意が明らかに。

 お笑い芸人であり文筆家でもある、2人のスペシャルな対談を楽しんで頂きたい。


オープニングトーク

中井:
 先日、たけしさんの「最近、文学を忘れていた」という発言がありました。『火花』で又吉さんが芥川賞を受賞したニュースをご覧になって、「自分も小説を書いてきたのに、賞に引っかかってこないぞ!」 と頭に来て真剣に書いたという話もありましたが……。

たけし:
 いや、頭に来たってことはない。俺は前から、漫才師は自分たちでネタを作って、簡潔に言葉を選んで、少ない時間でお笑いに持って行く能力があるんだから、ある程度の本にさせてくれれば、漫才よりも装飾ができるんだから文学のチカラはもちろんあるはずって言ってたんだよ。自分で書いて失敗したけど、お笑い界から成功者が出て良かったよね。

又吉:
 とんでもないです。

中井:
 成功者の又吉さん。

又吉:
 いえ、成功者じゃないですけど。

中井:
 いや、でもそうでしょう! 芥川賞をとったのに成功者じゃないって。

たけし:
 『侏儒の言葉』とか『或阿呆の一生』とか、俺が途中で投げ出した作品をみんな読んでいるし。

中井:
 すごいですよ。

たけし:
 俺は『走れメロス』すら、いい加減にしろと思ったんだから。なんだ、こいつは? と思って。

中井:
 太宰治は興味ない?

たけし:
 いや、そんなことないけど、芥川龍之介の方がね。

中井:
 芥川龍之介は好き?

たけし:
 芥川龍之介でひとつ好きなのがあって、「数学が出来ない者は文学ができない」というのがあるのよ。

中井&又吉:
 へえ。

たけし:
 あらゆる文学活動においても数学的発想がなければいけない、と。それで、自分は工学部だから。

中井:
 そうですよね。

たけし:
 そりゃそうだと。自分も映画における因数分解とか書いたこともあるし。だから、芥川龍之介はやっぱりすごいなと思った。

中井:
 又吉さんは、ご自分の中に数学的要素はあると思いますか?

又吉:
 数学は正直言って苦手だったことを隠すかどうか、今まさに迷っているんですけど(笑)。

たけし:
 小説というのは、数学者に言わせると明らかに因数分解になっていると。

中井:
 なってるんですか?

たけし:
 Aという主人公がいてX+Y+Zという現象があるとすると、AX+AY+AZには絶対なっていて、A(X+Y+Z)という形に小説はなっていると。

中井:
 なっているの?

又吉:
 うーん。むちゃくちゃ難しい(笑)。

たけし:
 理屈っぽく言えばそうなる。Aというのが二乗になったり、階数になったりするんだけど。あと、自分が発見したのは数学と俳句の凄さ。五・七・五でしょ? 素数なんだよね。5は5と1以外で割れないし、7もそうなんだよね。

 足すと17でこれも素数なんだよ。だから、ぴったり語数を合わさなきゃ完成しないという。五・七・五・七・七も31文字でそれも素数なんだ。

中井:
 何か秘密があるんだ。やっぱり。

たけし:
 だから、絶対に数学的な言葉の割り振りがある。素数の中に言葉を入れて、他の語数では絶対に合わないような完璧な五・七・五とか、五・七・五・七・七というスタイルであると、声をデカくして言っているんだけどね。誰も言うことを聞いてくれない。

文学的表現と言葉の取捨選択

中井:
 文章にするときって、自分の感じたことを言葉で書くんですけどそのまま書くわけじゃないじゃないですか。 日本語の取捨選択ってどうやってるんですか?

たけし:
 先人たちはいろいろ苦労してるんじゃないの? 擬人化したり。

中井:
 苦労していますよね。

たけし:
 落語だって、犬がケツを噛んだと言うからね。「あっちいな。この犬、今ケツ噛みやがった」と言って。感じはわかるんだよね。

中井:
 そうじゃないと伝わらない感覚ですよね、それ。

たけし:
 「蝉が嫌がらせのように俺に噛み付いてミンミンジージー。喧嘩売ってるのか、この野郎!」と思わず言ってしまうみたいな。夏の暑い日に蝉がただ鳴くだけなんだけど、それをどう文学的に表現するか。

中井:
 その風景をどう自分の気持ちで読み解けるか? 同じ風景でも自分の気持ちを、というところに苦心するのが文学なのかな?

又吉:
 そうですね。昔の人がきれいな喩えとかいっぱい作っちゃっていて、そのまま使うのはよくないのかなと思って。そこからずらそうとすると、すごくトリッキーなことをやろうとしてると思われたり。「自然だけど自分の言葉」というのを探すのは、かなり難しいですね。

中井:
 それはどうやっているんですか? 浮かんだときにノートに書くとか、誰かの作品を読んだときにインプットするとか、そういうインスピレーションというか、発想とか刺激って、何から得てますか?

又吉:
 なんでしょうね。ふと思いつく時もありますし、考え抜くとやっぱり変なことになってたり……翌日になったらこれ違うなって思うことも多いですね。

たけし:
 まあ作らなきゃいけないんだけど、太陽がジリジリ暑い状況をどう表現するか。太陽がまた俺をいじめていると言うのか、ストーカーのように太陽の光が俺を追い回すと言うのか。やっと逃げ切ったと思ったら裏道に出た瞬間にまだ太陽が待っていた、なんていう表現もあるじゃない? すると、あざとくなってきてさ。

たけし:
 表現のための表現というか、それは文学のための表現であって、実際には何も言ってないというところがあるじゃない。ただ、太陽は暑いよと。また太陽が出てやがる、でもいいわけで。それがきれいな言葉と考えさせる、と。文学はそういうところだと思うんだけど。

中井:
 ずっと文学作品を読んできて、そういうふうに思いますか?

又吉:
 文学の表現に固執して、それにがんじがらめになっている主人公だったらいいと思うんですよね。創作に固執しすぎてうまく行っていないキャラ設定だったらそういう言葉遣いでいいと思いますし、そういうことを考えない登場人物だったらむちゃくちゃシンプルに書いた方が違和感なく読めると思いますね。

「純愛」とは、2人の恋愛観と女性感

中井:
 今日は恋愛の話を聞きますよ。

たけし:
 恋愛したのはソープランドくらいなもんで。毎日恋愛しているというか(笑)。

中井:
 愛人は多い方がいいですからね(笑)。

たけし:
 会ってその日に恋愛だというタイプだから。

中井:
 えっ? 会った瞬間に恋愛に落ちるタイプですか?

たけし:
 いや、俺はね。男と女というのは会った瞬間が一番いいと思っているわけ。

中井:
 へえー。

たけし:
 あ、いいな。と思った時が一番その子を好きな状態で、そのあとだんだん好きになってくるのは妥協でしかないと思ってるわけ。

中井:
 そこがマックスなんですか? 一番。

たけし:
 その場で押し倒したいんだけど、それだと今の法律とか人間社会に悪影響がある。だから、いろいろご馳走したりしてその罪を薄くしているだけというか。だから1回で押し倒したら暴行になるけど、10日もつき合ったら合意の上になって、1か月したら恋愛になると思っているの。

中井:
 でも、それだとその時の、相手に対する押し倒してやるというテンションは、段々と我慢していくうちに……。

たけし:
 それをどう最初の出会いのように補っていくかが問題で、もっといいところを見せようとか。でも、最初のテンションにはかなわないだろうと。

又吉:
 へえ。

中井:
 2人ともそうなんですけど、女性側から見た視点とか場面が出てきませんよね。例えば『劇場』に出てくる沙希が本当はどう思ってるのかとか、彼女目線の話が出てこないじゃないですか?

又吉:
 そうですね。あくまでも主人公から見た沙希だったりするので。本当にどういったことを考えているかは分からないですよね。

中井:
 でも、分からないですよね。付き合っても結婚しても、相手が本当に何を考えているのかなんて、そんなに分からないじゃないですか。

たけし:
 あと、ベッドシーンとか、セックスシーンとか、ないじゃない?

中井:
 ない。見事にない。2人とも。

たけし:
 手も握ってないし。胸の中で泣いただけだもん、俺のなんか。

中井:
 だから最後の方で、やっと手を触れるということが意味を持ってくる。又吉さんにいたっては、手を握るのがイヤという設定になっている。

又吉:
 そうですね。主人公の方がちょっとシャイな部分があって。

中井:
 あれ、一緒に住んでいますけど、その描写を避けているのはなぜなんですか?

又吉:
 あの2人の場合は色々あるんでしょうけど、永田が語ってる物語なので。永田はたぶん、人にそんなこと言わないだろうなって。あれが例えば、沙希からの視点だったりしたら、そういう話は出てくる気はするんですけどね。

たけし:
 彼女に男がいてアパートに主人公が行ったら、すごい話になるんじゃない。

中井&又吉:
 そうですね。

たけし:
 だから、誰の視点かというのは、その範囲を逸脱しないようにしてる。あいつにはこう見えているんだろうなという想像は書けるけど、そいつの視点からは書けないんだから。で、今回の主人公の感じだと、頭の中にそういうシーンはないんだよね。

中井:
 やっぱりないんだ。特にそこ以上に自分の心を占めているもの、感情の方が多い。

たけし:
 男同士3人で酔っぱらったところで「あの女と何かしたのか?」という会話はあるけど、実際2人きりになると全然関係ないことになっちゃうよね。性的なことが絡んでくると、そこに入り込めないというか、入り込んじゃうと妙な話になってくるというか。具体的な肉体関係みたいな感じが文として現れると、ちょっと違うなというか。

中井:
 2人とも、女性に対してすごく母親の存在を重ねてみたり、本当に好きな人に対してはあがっていたりすると思うんですよ。あがっているという言い方はあれかもしれないですけど。

たけし:
 オスはだいたいみんなそうだよ。生き物すべて、メスからオスが生まれるわけだからね。男の子なんて特に母親像というのがあって。彼女に対しても、ある瞬間、何か何処かに母親を求めちゃう時があるんだよね。

中井:
 絶対ありますよね。又吉さんもあります?

又吉:
 そうですね。

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