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いまさら聞けない音楽ジャンル「フュージョン」って何? 歴史を基礎から徹底解説――それはマイルス・デイビスの挑戦から始まった

 エンターテインメントを楽しむための深掘りトークプログラム『WOWOWぷらすと』。MCは西寺郷太さん、ぷらすとガールズの福永マリカさん。ゲストに音楽評論家の吉岡正晴さんをお招きしてフュージョンについて基礎から語ります。

 70年代から80年代にかけて一時代を築いたフュージョンというジャンルは何だったのか。当時から音楽ライターとして活躍されていた吉岡さんの解説と共に、西寺さん、福永さん、それぞれの世代の視点から見る、フュージョンを語ります。


左から福永マリカさん、吉岡正晴さん、西寺郷太さん。

古典的なジャズから徐々に確立されてゆくフュージョン

福永:
 本日のテーマは「フュージョン入門編」ですね。

吉岡:
 フュージョンというのは、昔ながらのジャズ、ロック、ラテン音楽、アフリカの音楽、サルサ、ファンク、R&B等色んな音楽要素をひとつにまとめてジャズっぽく演奏している。それがフュージョンです。

福永:
 ジャズっぽく、という所は大事なんですか。

吉岡:
 大事です。ベースはジャズですから、ジャズの中に様々な音楽の要素が混ざり合っているということです。曖昧なんですが、それがフュージョンのざっくりとした定義です。

西寺:
 今、視聴者からのコメントで「マイルス【※1】はフュージョンじゃなくてジャズ」とか「ジャコパス【※2】は、また別だ」とかね(笑)。フュージョンはメチャクチャややこしいんですよ(笑)。それぞれの考えがあるので。今日はとりあえず入門編ということで。

※1マイルス・デイビス
(1926―1991年)ジャズトランペット奏者。「ジャズの帝王」と呼ばれる。代表作にアルバム『カインド・オブ・ブルー』『ビッチェズ・ブリュー』など。

※2ジャコ・パストリアス
(1951―1987年)70、80年代に活躍したエレクトリック・ベースプレイヤー及び作編曲家。代表曲にアルバム『ジャコ・パストリアスの肖像』など。

吉岡:
 言葉の原点の話をすると、マイルス・デイビスが1968年に制作した『マイルス・イン・ザ・スカイ』というアルバムでアコースティックではなくエレキピアノ、エレキベースを使用しました。この時エレキ、つまり電子的な楽器とジャズを融合した、という意味で動詞的にフュージョンという言葉が使われたんです。そして翌年に制作したアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』や同じ時期にゲイリー・バートンやラリー・コリエルも同じような音楽をしていて、既存のジャズ、ビバップ【※】では無い音楽が徐々に形になってきて、マイルスが傑作『ビッチェズ・ブリュー』を発表した頃には一つの形として確立します。ただあくまでジャズ界の中の動きだったので、一般化はされていませんでした。

※ビバップ
1940年代初期に成立したとされる、ジャズの一形態。最初に決まったテーマ部分を演奏した後、コード進行に沿った形でありながらも、自由な即興演奏(アドリブ)を順番に行う形式が主となる。基本的には、コード構成音や音階に忠実にアドリブ演奏しながらも、テーマのメロディーの原型をとどめないくらいデフォルメされた演奏となっていった。

マイルス・デイビス『マイルス・イン・ザ・スカイ』Amazonより。

吉岡:
 その後、70年代にメンバー全員が優秀なスタジオミュージシャンで構成された「スタッフ」というグループが活動を始めます。彼らのインストゥルメンタルの作品が、わりとキャッチーで売れ出したんです。彼らの音楽は従来のジャズっぽい音楽とR&Bやファンクが上手く混ざっていて、ジャズ・フュージョンという形で受け入れられるようになりました。その辺りから日本にも輸入されて広まって来ました。

福永:
 なるほど。

西寺:
 60、70年代には電子楽器をジャズに上手に取り入れたのですが、「そんなのジャズじゃねえ」という人もいて(笑)。そういう意味では歌モノポップスへのカウンターとして、手練のミュージシャンが演奏だけで究極を突き詰めて、全力を出せる場所だったと思うんです。

吉岡:
 そういう側面はありますね。

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