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「将棋一本で生きてきた人生。これからの将棋界の発展に対する希望と責任は絶対に失わない」引退を間近に迎えた加藤一二三が語る将棋への想い

 将棋界の生ける伝説棋士、加藤一二三九段(77歳)。惜しまれながらの今期での現役引退が決まった加藤九段をゲストに迎えた特番が1月23日に行われました。2月14日には、先の特番の好評を受けて『チョコレートの日も一二三の日』と題した特番第二弾が放送されました。

 前回放送と同じく、アナウンサーの吉川精一さんと共に、加藤九段の将棋人生を語るに欠かせないと言われる、1982年の名人・中原誠との「第40期名人戦七番勝負」を振り返る中で、理屈では語れない将棋の奥深さや勝負の怖さを語りました。最年長現役棋士として長く活躍してきた加藤九段が、順位戦を引退することに対する胸の内とはいったい……?


相手は20連敗中の強敵。無心に銀に出た加藤。銀を軽視した中原。

加藤:
 中原名人には8年間、1回も勝ってませんでした。20連敗です。中原さんは、私にとっては大変な強敵だったんですけれど、不思議なことにこのまま終わるような感じはしてなかったんですね。そして、ついに中原さんに勝てるような時期が巡ってきまして。大変な大熱戦で、これだけの名人戦というのは空前絶後で、これからもこの記録を抜くことはできないと思います。

吉川:
 当時42歳の加藤一二三十段が当時34歳の中原誠名人を破り、悲願の名人を獲得したという、加藤先生の棋士人生を語るに欠かせない名局中の名局であります。

加藤:
 改めて考えると、この局面では私に勝ち目はなかったんですよ。ところが、将棋っていうのは理屈では捉えられないところがあって、本当に不思議ですけれど大名人が簡単な手を逃して負けるっていう事がある。だから勝負は怖い。私は無心に銀に出ました。これがツキを呼んだんですね。中原さんはこの銀を軽視していた。それでも私は勝つ手が見つからなかったので「進退窮す。出直しだ」と、同じ負けにしてもいい形で負けようと思っていた時に、なんと勝つ手が見つかって。「あ、そうか!」と叫んだ。3二銀成そして、2二金で行けば、突き歩詰めで詰み。桂馬を残しておいて、3二銀とすると詰むと。

当時の対局を再現。中原がここから5ニ金としたところで、加藤は詰みを発見した。

95%負けていた局面からの逆転勝利。人生にはそういうこともある

加藤:
 改めて思いますけれどこの将棋はどう考えても、私が神の計らいによって勝ったということです。95%負けている将棋を私は逆転勝ちしたんですから、はっきり言って幸運ということなんですね。もし人生の中で一局選べと言われたら、この勝負を選びます。これは、感動的、話題性、劇的というところで見ると、おそらく伝説になる局ですよね。名局か? と言われたら名局ではないですよ。私は6一角という良くない手を指しているし、中原さんも簡単な手を逃して負けているから、名局ではないけれども、劇的といえばこれはナンバーワンの一局ですね。改めて、将棋っていうのは怖い。

吉川:
 その後、この局は何回となく辿られた?

加藤:
 100局は。対局の前の日に眺めていると、気持ちが高揚してくるんですよ。大勝負の時の心構えというのが読み取れる。この局はよく研究しました。でも1年半くらい前に、「なんだ絶対この局、負けてた!」ということに気付いて、愕然としました。絶対に中原さんが必勝だったんですよ。でも、そういうことにはならなかった。人生にはそういうこともあると。

吉川:
 私どもの手元にある資料には(対局が終了した)3ー銀までしか書かれていないので、その先の展開が見えないんです。

加藤:
 幻の3二銀ですね(笑)。

棋士として歩んできた人生。これからは将棋界の証人として。

加藤:
 2、3日前に、私は将棋界の証人であるということを自分で悟ったんですよ。

吉川:
 将棋界の証人……。

加藤:
 私はありとあらゆることを、将棋の棋士として関わってきました。ある時は主役であったり、ある時は主要人物であったり当事者であったり。いろいろなことを見てきました。例えば木村(義雄)名人や土居(市太郎)先生などの大先輩達と将棋を指し、食事をし、升田 (幸三)、大山 (康晴)、中堅どころでは中原はもちろん、米長(邦雄)とか、内藤國雄とか、有吉(道夫)でしょ。いろんな世代の人と将棋を指して、一緒にビールも飲んだり、とにかくいろんな人と関わってきたから、まさしく証人ですよね 。

吉川:
 なるほど。

加藤:
 当たり前だけれど、これからの将棋の発展に責任をもっていますよ。今まで歩んできた人生は棋士として歩んできたんだから、この将棋界がこれから発展しなくてどうなるんですか? だから、その責任は痛感していますよ。

吉川:
 いずれ加藤一二三、将棋の証人という名著が出るかもしれませんね(笑)。

順位戦を戦えないことは、率直に言って寂しい

加藤:
 順位戦の成績が振るわずに引退という状態になったわけですが、改めて思いますが、やっぱり順位戦を戦えないというのは、率直に言って寂しいです。こんなに胸を張って戦えるっていうのは、公式戦なんですよ。公式戦がいずれ指せなくなる日がくるというのは、やっぱり寂しいですよ。残留して、もしかしたらカムバックくらいに思っていたんですけれど、本気でやってきて、それの結果。出た結果に対して、私も何も言いません。

吉川:
 順位戦からは引退という形になるのかもしれませんが、この将棋界の証人者として、まだまだこれからも将棋と、深く深く、愛おしく関わり続けていただけたらと、心から願っています。

加藤:
 将棋一本で生きてきた人生なので、これからの将棋界の発展に対する希望と責任は絶対に失わないつもりです。

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