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『ハウルの動く城』は宮崎駿なりの「家庭論」だった!? お約束満載の“乙女のロマンス”の裏に描かれた”中年男の現実”を評論家が指摘

💡ここがポイント

●ジブリ映画『ハウルの動く城』について特集。
●『ハウル』は“賛否両論”な作品であると提起。
●その理由について岡田斗司夫氏は「徹底した女性向けのロマンス映画であることを理解しなければ面白くない」とコメントした。

 毎週日曜日、夜8時から生放送中の『岡田斗司夫ゼミ』。8月12日の放送では、スタジオジブリ製作の長編アニメーション『ハウルの動く城』の特集が行われました。

 その中で、パーソナリティの岡田斗司夫氏は「この作品はご都合主義と言われる事が多いが、実は極めて論理的な話であり、物語展開が飛躍しているように感じるのは、ソフィーという主人公の視点だけで描かれているからだ」と解説しました。

『ハウルの動く城』
(画像はハウルの動く城 [DVD] ┃ Amazonより)

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『ハウルの動く城』は“賛否両論”の作品だった

岡田斗司夫氏

岡田:
 最初に話をしておかなきゃいけないのは『ハウルの動く城』というのは、ジブリ初と言ってもいいくらい“賛否両論の映画”だったということなんです。つまり、これを見て感動する人はめちゃくちゃ感動するんだけど、文句を言う人はいっぱい文句を言うんですよ。

 ちなみに、宮崎さん自身は、この『ハウル』を作った頃から、「子供には楽しくて未来に希望の持てるようなアニメを見せなきゃいけない。そこだけは譲れない。アニメは子供のものだ。でも、それを一緒に見に来る大人にとっては、ほろ苦いんだけど、でも、人生ってこういうものだよなと思えるような、ちょっとした癒しになる作品を作りたい」と言っていました。

 こういった、1つの映画の中に、子供にとっては「ハッピーエンドのすごく楽しい物語だった」と思えるような要素と、大人にとって「ああ、ちょっと切ないな」と思える要素の2つを取り入れる二重構造というのは、宮崎作品としては後半に入って初めて使われるようになったものなんです。

対立構造から二重構造に変わっていった宮崎作品

 『風の谷のナウシカ』から『もののけ姫』までは二重構造ではなく“対立構造”なんですよ。

 それまでは、宮崎駿も2つのそれぞれ相反する立場の人間が、お互いの信念をぶつけ合うという、高畑勲が大好きな共産革命の思想のような、「テーゼ → アンチテーゼ → ジンテーゼ」という構造で作っていたんです。

 例えば、『もののけ姫』では、「“もののけ”たちの自然の世界と、鉄を作って自然を破壊する人間たちの世界の共存というのは、本来はありえない」という対立構造があります。

 しかし、『ハウル』や『千と千尋の神隠し』、『崖の上のポニョ』の辺りから二重構造に変わったんですよ。なぜかというと「対立構造で物語を作ろうとすると、どうやっても“楽しくて明るいハッピーエンド”をラストに持って来にくくなってしまうから」ですね。

 だから、宮崎さんは、テクニックとしてはなかなか難しい二重構造で作品を作るようになりました。

 例えば、『千と千尋』では「最後にお父さんとお母さんが帰ってきてよかったね」というハッピーエンドを見せながら、「でも、なぜ千尋は“死の世界”に行き、そこから帰って来たのか?」という含みも持たせて、二重構造としての物語を描いています。

 ちなみに、今のところ最後の作品である『風立ちぬ』では、宮崎駿は対立も二重構造もかなぐり捨てて、言いたいことをどんどん繋げて物語を描くという、“狂乱期”に入っていて、僕はそれをすごく面白く思ったんですけども(笑)。まあ、『ハウル』はそういった二重構造期の作品です。

描かれているのは“ロマンス”と“男の現実”

 この『ハウルの動く城』というのは二重構造になっていますから、表面の層としては、徹底した女性向けのロマンス映画として作っています。いわゆる恋愛、それも、女の人向けの恋愛モノの“お約束”のすべてを満たした上で、ラストは「ソフィーは夢のマイホームを手に入れる」という、ものすごいハッピーエンドになっているわけですね。

 まあ、このハッピーエンドへの持って行き方というのが、見る人にとっては「なんでそんな都合のいい展開になるの?」って、引っかかっちゃうこともあるんですけど、これは表面層。一見するとお約束満載の乙女チックなロマンス話に見えるんです。しかし、もう一段深い層には中年から老境に差し掛かる男の現実という話を描いているんです。

 男の夢とか男のロマンというのを全て否定しながら語る、宮崎駿なりの“家庭論”というのが入っていて、やっぱりこれも面白いんですよ。ロマンスという層について「表面」という言い方は悪かったかもしれませんね。「右と左」と言った方が正しいのかもわからない。

 このロマンスも、実は割とわかりにくいんですよ。だから、それが伝わる人、ロマンチックな恋愛モノをよく見ている人にとっては「あるある! すごい黄金パターン! 鉄板だ!」って喜べるんですけど、見慣れない人にとっては「え? ハウルやソフィーの行動原理、さっぱりわかんない」となってしまって、恋愛映画としても楽しめない。だからといって、もう1つのほろ苦い感じはもっとわかりにくい。

 なので、これらを読みきれないと「『ハウルの動く城』は、つまらないよな」と思っちゃうんですよね。だけど、この両方が見えると、すごく面白い作品なんですよ。

難解な理由は主人公の主観だけで語られているから

 男性の中には「やっぱりストーリーがイマイチ」とか、「ラストの展開、特にカカシの正体が隣国の王子だったという辺りの展開が、ご都合主義っぽく見えて、乗り切れない」と言う人も多いんです。

 だけど、実はこの『ハウルの動く城』という作品は、構造自体はレゴのようにものすごく綿密に作ってあるんです。

 ちょっと信じられないと思いますけど、ご都合主義とか無茶な展開は、この物語の中に1つもないんですよね。それくらい計算されて構築してあるんです。

 では、なぜそれが分かりにくいのか? それはこの作品では、ほぼ全編に渡ってソフィーという主役の女の子の視点のみで語っているからなんです。

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