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トルコ風呂、おスペ、バイオレンスetc…現代性風俗の前身となった“性的サービス”発展の歴史【性風俗シリーズ第3弾】

戦後、生きるためにうまれた「パンパン」たち

中田:
 売春地域として認められたエリアが赤線、それ以外は青線と呼ばれたんですよね。そして、私娼の方々は当時「パンパン」と呼ばれていたんですね。

 これは戦後の東京の写真ですね。

ニポポ:
 焼野原ですね。

中田:
 米軍の空襲により、焦土と化した東京です。これは両国の上空あたりですね。右が墨田川ですからね。

ニポポ:
 そうですね。

中田:
 で、戦後、3、4年戦後くらいに、有楽町に夜の女たちが立ち始めるんですね。パンパンの発祥は、有楽町と呼ばれているんですけど。

ニポポ:
 あの、華やかなイメージのある有楽町が。

 有楽町のパンパンです。その多くは、戦争未亡人。白い化粧をして、やつれた顔でうつむいて、声をかけてくる。

 これが「星の流れに」という、夜の女の悲しみを歌った歌なんですよね。パンパンを歌った歌なんですけど、「こんな女に誰がした」という一節が流行語になった。

ニポポ:
 すごい。深いですね。

中田:
 赤線の女たちとパンパンの女たちというのは、いわゆる公娼の女と私娼の女なんですけど、相容れなかった。公娼と私娼は仲が悪かったんです。

ニポポ:
 やっぱり、管理されているのと、野良の人たちとの差があって。

中田:
 公娼の女たちは、いい給料で、おしゃれに着飾って。そして、パンパンの人たちのことを「野良猫」とか、「野良犬」、「赤線のかごの鳥」などと呼んだ。なので、すごく仲が悪かったんです。

 次の写真が「洋パン」ですね。RAAがダメになってからも、結局個人で外国人相手のパンパンがあった。これを洋パンと呼んだんですね。
 
ニポポ:
 ちょっとおしゃれで悔しい。

中田:
 白人専門の白パン、黒人専門を黒パンとか、ブラパンとか、というような言い方を。だから、基地周辺に、米兵相手に客を取るパンパンが激増したわけですね。

ニポポ:
 ですよね。彼女たちは、独学で英語を一生懸命勉強したと。

中田:
 だから、タフな女たちですよ。まあ、ある意味解放された女たちとも言える。

 やっぱり、ひとりで生きていこうと決めた女たちですから、たくましさというか、筋金が入っているわけですよ。ですから、彼女たちの、生き様というのは、いっぱい映画になっているし、いっぱいドラマにもなっているし、いっぱい小説にも書かれているわけです。次の映画がそうですね。

 『肉体の門』ですね。これは、鉄の掟を持つパンパングループの姿を描いた、戦後初のベストセラー小説ですね。これ、実に5回も映画化されていますから、パンパンというのは非常に人気のテーマなんですね。

ニポポ:
 みなさんもアマゾンプライムにありますから。見てくださいね。

中田:
 次がですね。これは、鳩の町の娼婦。鳩の町は赤線だったので、ちょっとおしゃれですよね。

ニポポ:
 本当ですね。

伝説の売春婦「メリーさん」と「阿部定」

中田:
 次が有名人の、横浜のメリーさんです。

 これは、もう、生涯売春婦として生きた、伝説の女のひとりですけれども。彼女は売春婦としてやれるときに、富を蓄えていた。

ニポポ:
 なるほど。しっかり将来のことを考えていた。

中田:
 晩年は、もちろんそれほどニーズはなかったと思いますけれども、やっぱり若い時に現金で稼いでいた。しかも、納税していたかどうかはわからない。

 つまり、売春はキャッシュで行われるということですね。

ニポポ:
 すべてがキャッシュオンサービス。

中田:
 ですから、もしかしたらを税金払っていないかもしれない。となると、やっぱりお金は溜まりますよね。

 ある意味私娼に生きた女たちというのは、法の抜け目を生きてきた女たちでもあって。だから、そういう意味では、ひと財産作れただろうなという女性が、次の写真がですね。

 この方は「阿部定」です。彼女も生涯を売春婦として生きたひとりですね。

 彼女は、東京の荒川区の待合で、愛人の性器を、情交の果てに切り落としてしまう、という事件を起こしてしまうわけですけど、彼女は、刑務所にいた期間はそんなに長くなかったんですよね。出所したあとは、ずっと売春婦として生きた。

 これは、荒川区尾久三業地旧産業地ですね。ここがいわゆる阿部定事件の現場だったんです。今はもう、普通の家が建っちゃってますね。

ニポポ:
 そうですね。あの跡地なんだ、と言われちゃいますけど。

中田:
 彼女は、売春婦として日本全国を転々とするんです。

 次の写真は、兵庫県丹波篠山の大正楼(たいしょうろう)です。ここでも阿部定が働いていたんですね。阿部定は、最後は熱海にいたという話なんですけれども、その後の消息はわからない。

 阿部定もメリーさんもそうなんですけれども、やっぱり、生涯を売春婦で生きたという人というのは、当時は少なくなかったですね。


 「ニポポのニコ論壇時評6月号」では、「遊郭」「RAA」「近代風俗」の歴史について振り返りました。

 それぞれの記事は下記リンクよりご覧ください。

―性風俗シリーズ―

【第1弾】
「性風俗」を語りませんか? 遊郭、ちょんの間etc..「花街の歴史」を貴重な写真とともに振り返る【性風俗シリーズ第1弾】

【第2弾】
“肉の防波堤”とは? 米兵から日本の女性を守る国策──学校では教わらない敗戦&売春の真実に迫る【性風俗シリーズ第2弾】

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